木星インストゥルメント研究集会   笠原慧

 

アメリカンコーヒーという飲み物がある.
薄く淹れた(薄めた)ドリップコーヒーの総称だ.
日本ではよく聞く名前なんだけど,
本格喫茶や大手コーヒーショップでは見かけないし,
普段,注文しようと思うこともない.だから今回のアメリカ出張でも,
現地に着くまではアメリカンコーヒーのことなんか考えもしなかった.

* * * * *

今回の出張先はアメリカ,メリーランド州にある
Applied Physics Laboratory (APL).
敷地内に独自の銀行を持つほどの豪華孤立施設だ.
野球をしたくなるような広大な芝生もあって,圧倒されてしまう.

(写真:施設内の銀行.)
bank

(写真:施設内の芝生.)
grass

そして,それくらいの会議場ともなると,
会議の合間に用意されるコーヒーも普通の会議よりワンランク上をいっている.
インスタントやスーパーで買ったコーヒーを淹れたものではなく,
某大手コーヒーショップのケータリングなのである.
コーヒーサーバには日本でもよく見かける緑色の会社ロゴと
"We proudly brew"の文字.

ところが,このコーヒーがやたらと薄い.
どういうことだ??Wikipedia(2009年7月)によれば,
「現在のアメリカでは(中略)シアトル系コーヒーの台頭などにより、
昔日のような薄く軽い味わいのコーヒーを供する店は
減少しつつある」はずなのに...
もしかして,退屈な会議の途中にコーヒーを飲みすぎても
体調を壊さないように,という親切心から薄めてくれているのだろうか?
それとももしかして,日本で食品偽装問題が相次いでいるのと同様に,
アメリカでもコーヒーを薄めて利益を増やそうとしているのか?

* * * * *

組織の継続的な繁栄のために利益の追求は不可欠である

これは,その某大手コーヒーショップ社訓の一つ
(少なくとも5年くらい前はそうだったはず).
で,ここで考えたいのはそのコーヒー会社が利益のために
コーヒーを薄くしたかどうか,というようなことではない.
企業という,収益に伴って発展していくコミュニティがある一方で,
文科省管轄下にある研究所のような,
利益追求型でないコミュニティが成長していく
(あるいは生き残っていく)ためには,何が必要だろうか?
ということである.

これはちょうど,廃れゆく大学運動部の存続問題と似ているなぁと思う.
中学高校と違い,大学の,特にマイナースポーツとなると,
慢性的な部員不足とそれに伴って逼迫する財政状況に悩む運動部が
ほとんどなのである.私自身,学部生時代にそういう部に4年間所属し,
かなり苦しんだ.その経験から,大事なことを3つ挙げるとすると:

(1)組織の人間が批判しあい,認め合い,進むべき道を見つけること(内部活動)
(2)OBの援助(外部活動)
(3)インパクトのある結果を世に出すこと(対外活動)

ではないかと思う.

(1)は,組織自体の活力を維持するために必要である.
例えば,ポスドクなどの若手研究者は上司に対して批判的であるべきだ.
もしも上司の言うことをすべて受け入れ黙ってついていくような若手ばかりだと,
前にならえの舵取りしかできない人が育ち,
世代交代とともに組織の発展力が失われてしまう.
新しいミッションも生まれない.
そもそも上司,先輩というものは,手本というより
反面教師にするべき側面の方が多いものだし.
また,お互いを批判してばかりの人間関係でも無論だめである.
能力のなさを露骨に批判されれば人間は誰でもモチベーションを失い,
そういう人が増えれば組織が腐る.
人間には様々な種類の能力があるのだから,その長所を
認め合って適材適所の人員配置を施すことが必要である.

一方,組織内部が活気にあふれていても,
外部の政治状況次第であっけなく組織がお取り壊しになる事例もある.
そういった外部の圧力に対しては,若手を中心とする
現役研究者はほとんど無力である.
そこで,(2)のような「長老たち」の外からの援助が重要となる.
実績ある年長科学者が,現役を退いたのちに外部で有識者として
存在感を発揮し,組織(あるいは分野)の重要性を語ることが,
継続的発展を外から支える力となる.
もちろん,すべての研究者が政治家になる必要はないが,
組織の一部でそのようなキャリアパスを確立することが重要である.

ただし,いくら「長老たち」が外部から援助しようとしても,
現場で顕著な成果が出ていなければ,これもまた発展がおぼつかなくなる.
現役研究者がよい研究をして,
さらにそれを世に出す努力をすることが必要である.
特に,昨今の情勢を鑑みると,自己満足の研究が許される時代は
終焉を迎えつつあるようで,
「難しくて退屈」な研究内容は外部の評価を得られなくなっていくかも知れない.
それが善いことが悪いことかは別にして,
とにかく,「すごい」を共有してもらえる研究分野でないと
生き残れない世界になってきていることはほぼ間違いない.
したがって,現役研究者は自分の研究を進めつつ,
その結果を社会にインパクトのある形でアピールしていくことが重要である.
ただし,必ずしも「やさしくてわかりやすい」研究である必要はないのかも知れない.
「自分にはわからないけど,なんだかすごい,それが楽しい」
という声を,わりといろいろなところで聞く.

* * * * *

魅力が伝わりやすいテーマが重要であるという観点からは,
木星系探査というのが格好の研究課題として浮かび上がる.
木星系では,惑星本体と衛星が多様な相互作用を織りなし,
しかもその衛星には生命居住可能性がある. NASA/ESAはすでに10年後の打上げを想定して
木星系ミッションの検討を進めている.
これは日本にとっても木星探査計画を進めるうえでチャンスである.
といっても,彼らに仲良くついていくのではなく,
彼らの守備範囲外で,彼らの見えないものを見ることが必要で,
それによってお互いのデータを高めあうことができる.

今回の出張の目的は,日本の木星探査計画の参考にするため,
NASA/ESAの開催する木星ミッション研究会に参加して
技術的課題に関する情報を入手することであった.
研究会の議題は,放射線対策とプラネタリープロテクション(星を汚さないためのルール).
中身は一般的すぎるもので,アメリカンコーヒーのように薄かったが,
そのぶん初心者にはやさしくて助かった.
日本が今後,この木星系ミッションに参加していくうえで
考えなければいけないことの大枠を把握することができた.
また,ランチやブレイクを利用してコネクションを増やせたのも収穫である.

* * * * *

滞在中の食事について言うことは特にない.
ただ,会場でサーブされた分厚いドーナツだけには,たっぷりの幸福がつまっていた.

(写真:ディナーのサーモングリルBLTサンド.山盛りのポテトチップスは食文化の象徴.味のしないサーモンは創造主への冒涜.)
BLT

 

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