ようこそ宇宙プラズマグループへ!

宇宙空間を計算機に再現する

SHINOHARA, Iku 篠原育
JAXA・宇宙科学研究所(ISAS)
宇宙科学情報解析研究系・准教授

写真: 篠原准教授

観測事実をどのように理解するか

私たちの研究分野の大きな特色は,宇宙空間で発生する現象のまさに“その場”で何が起こっているかを詳細に計測できることにあります.しかし,広大な宇宙空間の中に1機,あるいは,ほんの数機の宇宙機が計測したデータのみから現象の全体像を想像することはとても難しいことです.詳細な観測データが得られたとしても,その現象の文脈が把握できなければ,「何が起こったのか」を本当に理解するには至りません.

宇宙プラズマ現象の場合,太陽コロナのような撮像観測は,地球磁気圏周辺では限られた領域しか実現できていません.ですから,従来は,沢山の観測データを積み上げることによって現象の全体像を把握する努力がなされてきました.この手法は,地球周辺空間については約40年にわたる観測データの膨大な蓄積によって,成功を収めてきました.しかしその一方で,データの山の中には観測機会は少ないけれども面白そうな観測データは沢山ありますから,“膨大なデータの積み重ね”を追い求めるのみでは自然現象からの貴重なサインを見逃すことにもなりかねません.

このような時,現象の文脈をガイドしたり,様々な状況証拠を統合して物理を導き出す役割は理論モデルが担ってきました.積み上げられたデータから導き出された現象の振る舞いは様々な理論モデルによって解釈が試みられながら,その物理が理解されてきました.しかし,観測精度が向上し,少ないながらも多点観測が実現した現在では,単純な理論モデルのみでの解釈が不可能な複雑な物理を含む現象が見えてきました.複雑な現象の理解には,数値計算による,より複雑な物理モデルを通すことが有効です.数値計算による物理モデルを構築することの重要性は将来のマルチ・スケール編隊衛星観測(SCOPE計画)の時代に向けて,ますます高まっていくことは間違いありません.

実験手段としての計算機

数値計算による理論モデルの構築のアプローチの仕方としては,極端に言えば2通りあります.1つは問題を単純化し,極力仮定を排することで,第一原理的な数値計算を実行することです.私たちのグループでは,スーパーコンピュータの性能を最大限に活かして,大規模な粒子シミュレーションによる計算を行っていますが,無衝突プラズマ中のプラズマ素過程の理解という点では,宇宙プラズマの仮想実験室として,理論の進展のみならず,観測事実の解釈に対しても大きな貢献をしています.観測・実験ともに得ることのできない詳細な計算結果から導き出される宇宙プラズマの振る舞いはとても巧妙で,私たちの想像を超えたものを見せてくれることがあります.計算空間内に新しい物理過程を発見することは,数値計算の醍醐味です.

しかし注意しなければならないことは,ここで発見される物理過程は,第一原理的といっても,極めて制限された理想的な環境下での結果に過ぎないということです.導かれた理論モデルは,実際に宇宙空間で起こっている現象の中でこそ検証されなければなりません.例えば,1980年代の無衝突衝撃波研究は,1990年代後半以降の磁気リコネクション研究にみられるように,宇宙プラズマ研究では,観測と数値計算がとてもうまく補いあって発展してきました.自然が垣間見せてくれる私たちの予想を超えるような事実を発見する驚きは,数値実験による理論モデル構築を強くドライブし続けています.数値計算には現実を離れていろいろな実験をすることができるという面白さもありますが,私たちは宇宙空間での実証可能性に強い魅力を感じながら研究を進めています.

シミュレータとしての計算機

もう1つの理論モデル構築のアプローチは,多くの地球科学的な構成要素を含み,より現実的な現象を計算機上に模擬(シミュレート)しようという試みです.先に述べた第一原理的な実験で全ての必要な要素を含めることができればよいですが,有限の計算機性能ではそんなことは不可能です.そこで,1つ1つの構成要素はできるだけ正確だけれども簡単なモデルにすることで,構成要素間の相互作用をすべて取り込んで,現象の総体をシミュレーションすることから理解を進めたいと考えたくなります.例えば,磁気嵐を総合的に理解するためには,太陽風・磁気圏・電離圏・大気圏の各領域で起こっている現象の相互の依存関係を知らなければなりません.これまでは,各領域の計算は独立に扱われ,他領域からの情報は単純な境界条件として,それぞれの領域に閉じた理解がなされてきました.しかし,現在ではそれぞれの領域を結ぶ領域間結合の物理が重要だと考えられるようになっており,各領域でのモデルを連成させる研究が広がっています.米国ではこのような研究が進んでいますが,国内でも米国とは独立に領域間結合による磁気嵐シミュレーションを行う試みが始まっています.この試みも,次の太陽活動極大期に計画されている内部磁気圏の国際共同観測(日本ではERG計画)では,とても重要な役割を果たすことになるでしょう.

計算機上に宇宙空間を再現する

スーパーコンピュータの計算能力の発展はとても速いとわれていて,5年で10倍になる,といいます.しかし,例えば3次元の格子点数を考えると,各軸の格子点数を10倍増やす為には,1000倍の計算機能力の向上が必要です.つまり,格子点数の桁があがることによってもたらされる飛躍はおよそ15年です.私たちが大規模粒子シミュレーションを実行できる計算規模は,2009年に導入されたJAXAのスーパーコンピュータではいよいよ500×500×500の規模が実行可能になり,本格的に(イオン・MHDスケールの)3次元の粒子計算が可能になる時代に突入しました.これまでも3次元粒子計算は行われていますが,3次元効果の取り込みは限られたものに過ぎませんでしたから,これまでの低次元計算からのブレークスルーが期待されるタイミングだと言えます.また,複雑で多様なモデルを結合させる技術も着実に進展しきており,シミュレータとしての実行環境も準備が整いつつあります.つまり,今後10年間程度は,第一原理計算にとっても,シミュレータ計算にとっても,これまで「計算機リソースの制約」と考えていたものが次々とはずれていく時代になります.“計算機上に宇宙空間を再現できた”と思えるようになるまで,あともう少しです.そして,そのタイミングで次世代の衛星観測計画が実現しようとしていることは,偶然ではありません.新しい宇宙プラズマの世界への扉が開きはじめました!

(執筆: 篠原育, 編集: 田中健太郎)