大学院の品格

2008年6月15日夕方,韓国に入国.最初の道路横断であやうく 車に轢かれそうになる.すんでのところで, いきなり海外旅行保険のお世話になりかけた. この国の車は,いつだってどこだって紙一重の ところを攻める.相手が車であっても, 人であっても.しかし,実際にはなかなか接触はない ようだ.これを,大胆にしてクレバー,と表現するのは かいかぶりすぎだろうか.

運転者の行儀の悪い国は,アジアにも欧州にも沢山あるが,ほかの国々と比べて異なるのは, 歩行者がやや謙虚なところだ. そのため,運転者の横暴が増長し,車優先社会が 出来上がっているような印象を受ける.

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今回の宿泊地,海雲台グランドホテルについてみると, 眼前に白浜のビーチが広がり, 背後にはラブホテルがひしめくという,日本で言えば 江ノ島と葉山を足したような環境にあった. 現地でも有数のリゾートホテルなので, 貧乏学生の僕は同期の友人と部屋をシェアした. 比較的混雑の少ない時期らしく,18Fのエグゼクティブ フロアにランクアップしてもらえた. 部屋の窓はラブホテル側を向いていたが, エレベータから毎日見る海辺の景色は格別だ. しかも,一人でビジネスホテルに泊まるよりも安い.

写真:ホテルからの眺望.

Beach

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毎度のことであるが,海外に来ると 食べすぎの日々が続く. プルコギ,サムギョプサル,冷麺,ピビン冷麺, キムチ,スンドゥブチゲ,...毎晩,腹が破裂しそうだった.

写真:プルコギ.ぐつぐつ.

Purukogi

 

写真:焼肉.葉で巻くのと,おかずがたくさん付くのが特徴.

dinner

韓国は料理に辛いものばかりが出されるわりに,食後の デザートやお茶/コーヒーというものがない. 食後の甘いものが三度の飯と同じくらい好きな僕は,スターバックスにたびたび足を運んでラテやフラペチーノを注文することになる.

ここで気づくのが,店員の笑顔である. スターバックスでは,店員は一期一会の精神で 接客をするよう教育がなされているはずなのだが, 日本のようにきちんと実践している国は他に見かけた事がなかった.しかし,である.韓国では,日本のそれに 匹敵する,屈託のない笑顔を見ることが出来た.

ちょっと話が飛ぶようだが... 580円の会計の際に,財布にちょうどよいお金がなくて 1100円を出したくなる事は,日本人ならよくあること だと思う. ところが,欧州をはじめとする多くの国では, こういう支払い方は受け入れられない. たいてい,1100のうち100は受け取ってもらえずに 押し返され,その後でお釣りとして改めて420が返される. このような,財布の重さと厚さを増やす迷惑な文化を ここでは仮に小銭文化と名づけるが, 彼らが小銭文化を尊んでそのような行動にでるのか, それとも単に算数ができないだけなのかは不明である.

スターバックスに話を戻そう. 5800ウォンのフラペチーノに11000ウォン支払ったときのこと, 店員の女の子は例によって1000ウォンを最初に返してきた.ところが,である.おつりの4200ウォンをレジから取り出したその女の子は,こちらの意図にハタと気づいたのである. 最初の1000ウォンをもらっておけば1000x5ではなく5000x1で おつりを渡せたのだ,と. そしてその女の子の素晴らしい所は,そこで恥じらいの笑顔を見せながら, 先ほど返した1000ウォンをもう一度受け取ると申し出た事である. 欧米で,こんな経験をした事は,ない.

写真:キャラメルフラペチーノ.この色合いは木星大気に見えない事もない.

Jupiter

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海外の知り合いが増えると,研究者といえど徴兵経験のある同年代の人が少なくない事に気づく.僕の場合,台湾人とイタリア人の知人が 義務で徴兵され,女人禁制の禁欲生活と物分りの悪い軍曹殿に いびられる日々を強いられる事となった. そして,韓国にも,徴兵制度がある.

青春時代の一部をそのような忍耐の日々で埋める事は, 大変な苦労であると同時に,人間形成に大きな影響を 及ぼすのであろう. このような徴兵について,戦後生まれの日本人が考えを 巡らす機会はなかなかない. 米兵の駐日にかかる費用の高さが問題になったりする今日この頃, 米兵の代わりに自分が銃を担いで基地に駐在させられる事を 想像した人がどれほどいるだろうか.

ところで,韓国のスポーツ選手達は,試合でよい結果を出せば, 徴兵免除の資格を得る事ができるという. 徴兵免除を目指して死に物狂いで試合に臨む韓国選手を 相手に,飽食の時代の日本人男子がフットボールで勝てないのも うなずける.

韓国に比べると,日本の男子はぬるま湯の中にいるような気がしてならない. 大学院などはその最たる例だろう. 年中夏休みのような生活である.大体半年に一回, 夏休みの宿題提出があって,その直前に みな一斉にあせりだす. ここで,夏休み生活を批判するつもりは毛頭ない. 自分や自分の大事な人が具合の悪いとき等に 比較的自由に時間を工面できるこの生活は,効率的でよいと,個人的には気に入っている. また,夏休みを利用して山寺で修行するような生活を送るストイックな人間がいるのも事実である.

しかし,夏休みをいいことにぬるま湯につかり,そのぬるさに気づかないまま卒業していきそうな学生をみるのは残念なことである. そういう事を普段から考えていると, 祝日のない月に海外旅行に出かけてしまうような院生は(いるとすれば,だが), きっとお盆も正月も返上でよい論文を書いてくれるのであろうと淡い期待を寄せてしまうのである.

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最後になってしまったが,今回の出張の目的が何だったかというと,AOGSという国際学会への参加である. 月曜から金曜までの5日の日程のうち, 僕は火曜にアストロバイオロジー教室の報告を,金曜には磁気圏で見られる周期的な嵐に関する研究報告をした.

AOGSはまだ開催5回目という新しい学会であり, 2年前の第3回に出席したときは惨憺たるものだった (ポスター会場はせまい,口頭発表の聴衆は 少ない,発表の無断欠席もしばしば,など...) が,今回は比べものにならないほどに 質が向上していて驚いた.セッションによっては かなりムラもあったが...

こうやってえらそうに外から批評をするのは簡単な事だが, セッションのコンビーナを始めとする関係者各位の 尽力は大変なものであったのだろうと推測する. 学会運営のように,「みんなのために働く」 という行為の尊さを,徴兵制度のない国・日本は学校で教育していかなければならない. 大学院もそのような教育機関として含まれるべきだが, 人間教育をする資格のある人間が 教える側に少ないの(だとしたら,それ)は問題である.

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