出張レポート

MOP 2011 ボストン  
木村 智樹

 

盛者必衰の無常観と対極だったのが、外惑星磁気圏学会"Magnetospheres of Outer Planets(MOP)2011"でした。 2011年の7月11日-15日に米国ボストン大で開かれたこの学会では、2004年の軌道投入以来活躍している土星探査機Cassiniが、 さらなる大躍進ともいえる多くの興味深い結果を示しました。

隔年で開催されるこの学会は、土星や木星等の外惑星磁気圏や、その衛星に特化した小規模なものです。 しかし、Voyager/Pioneer時代から君臨する大御所から、新進気鋭の若手までが一堂に会して最新成果を発表する機会でもあり、 外惑星磁気圏研究者(俗にMOPerと呼ぶ)にとっては最も重要な学会の1つです。

実はこの学会、前回の2009年ドイツ・ケルン開催時の参加者による「総選挙」で、2011年開催地は仙台・東北大に決定していました。 しかしながら今回の震災を受け、開催地を急遽変更せざるを得なくなりました。 そんな折り、招致合戦の対立候補であったボストン大学が、代替地として名乗りをあげてくださいました。 東北大卒業生として、あるいは日本の外惑星コミュニティの末席を汚すものとして、今回のホストの方々への感謝の意は筆舌に尽くしがたいものがあります(自分が英語で表現しきれないという意味も含め)。

 

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写真: ボストン大の校舎の1つ。ノーベル化学賞受賞者の下村脩先生がこの大学で教鞭を執っていらっしゃった事を、木村は帰国後に知りました。

 

及ばずながら、この学会には修士の1年から出席させていただいて4回目になります。 今年は特に、学会全体があるひとつの問題にフィーバーしていました。それは、土星磁気圏の自転周期変動現象という問題です。 この現象は、土星磁気圏の多くの現象(オーロラ、磁場、電波、粒子)が、自転周期に近い周期を持って全球的に変動しているというものです。 これらを駆動する過程は未解明です。近年の土星オーロラ電波観測を発端に急速に注目を集め、今回の学会ではCassiniの豊富な観測データに基づく沢山の成果が発表されました。 観測的制約が出揃いつつあるため、既に多くの物理モデルが提案され、乱立しています。 このため、専門のワークショップが開かれ、観測事実の整理と、物理モデルの整理が行われました。 実は、自分の本業である木星電波でも同様の特徴が発見されています。 回転磁気圏に普遍の物理を期待して、木星と土星の結果と比べつつ考えていこうかなと暢気に考えていた矢先のことでしたので、今回のCassiniの大躍進には、大きな驚きとともに悔しさも感じました。

一方で、今回の自分の発表はガニメデ磁気圏に関するものでした。 これは水星との対比も狙いつつ、小さな磁気圏を議論しようとするサイドワーク的試みで、惑星電波が本業の自分にとってはちょっとした新境地です。 大変新鮮で楽しい一方、不慣れな物理ばっかりなので進捗はいまいちでしたが、多少面白い結果が得られたので何とかまとめてポスター発表するに至りました。 惑星電波研究の開祖がいる某IUの方から、「あなた木星電波はもうやってないのか?」というツッコミを受けました。 ごめんなさい、今回ここでの発表が無いだけなんです。すぐ本業に戻りますから忘れないでください…。

エクスカーションは3つのコースがありましたが、ボストン美術館のコースを選びました。 ボストンの街並みと同様、ヨーロッパ建築をイメージさせる美術館には、各時代・各国の美術品が収蔵されていました。 日本茶器の特別展示を観ている最中、米国の同僚に、解説ボードに書かれた四字熟語「以心伝心」の意味を聞かれました。 「言葉を用いない、心と心の意思疎通とか、そんな感じ…?」と適当に話しましたが、正しい表現だったか疑問が残ります。

 

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写真: 近代的なダウンタウンのビルの谷間に建つ”Custom House Tower”。元は税関関連施設で、今はホテルになっているそうです。

 

また、(ボストンにあると初めて知った)モネの「睡蓮」シリーズや「ラ・ジャポネーズ」、 ルノワールの「ブージヴァルのダンス」などを観賞し、自分にとって重要なビジネスパートナーであるフランス人の感性の理解に努めました。 …結局簡単には理解できませんでした。しかし、以前の「フランスモノはなんか漠然とした感じ」という単純理解からは離れ、 背景にある筋書きやアクの強い主張を感じるようになってきた気がしました。 確かに同時代のラヴェル、ドビュッシー、プーランクなどの作曲家も、最初はふぅん…と思っていましたが、最近になってようやくその良さに気づいたつもりになっています。 それこそ根気良くつき合えば、フランスの画家や科学者とも、わかりあえるのかもしれません。 モネは和服を纏った妻を描いているし、フランスの若者はワンピースを熱心に読んでくれているくらいなので、きっと接点を見いだせるはずです。

一方、国際学会においていつにも増して痛感することは、サイエンスにおいては以心伝心はありえなく、言語でのコミュニケーションでしかわかりあえない、ということです(音楽歴>研究歴の自分としては時おり煩わしいんですが)。 その点でも自分はまだまだ未熟であると思います。わかりあえるまで対話を繰り返す、度胸と根気と、英語力。 また、その中で自分の筋書きと主張が漠然としていては、相手に納得してもらえないことも改めて感じました。 あと数年は吹きすさんでいるだろう土星Cassini旋風について、自分はそれに沿うのか、支流から関与するのか、木星に流し込むのか。 この学会のメンバーに納得していただけるような結果を得るために、筋書きと主張を改めて見直す必要がある、そう考えさせられた出張でした。

編集:浜田恵美子 2011/08/09