出張レポート

京都水星会議 2011  
藤本 正樹

 

9月3日の土曜の夕方は、オフィスで天気図を見ながらやきもきしていた。その日に米国からMESSENGERチームご一行がUA機で関西空港に到着する予定だったからである。台風が近畿地方に接近して、かつ、動かない。ネットで空港情報を見ると、朝の欧州からの到着便に欠航が目立つ。ベピ・コロンボの欧州勢の多くは明日到着のはずだが、一部はキャンセルのドタバタに巻き込まれてしまったのではないか。しかし、それ以上に、MESSENGERチームである。彼らが到着しないことには会議は成り立たない。

信じられないかもしれないが、どちらも水星探査計画であるMESSENGER(NASA)とベピ・コロンボ(JAXA/ESA)のチームは、敵対的なライヴァル関係ではなく友好的な協力関係にある。そして、両チームが共同で年一回開催しているワークショップを、2011年は日本が担当し、みなさんが大好きな京都で記憶に残る内容にしよう、と企画を立ち上げたのが2010年夏のブレーメン(COSPAR会場)であった。

それが、9月5、6日と京大において開催された水星探査会議である。2011年3月18日にMESSENGERは無事に水星周回軌道投入を果たし、以来、半年にわたって史上初の周回機による観測を実施してきている。1水星年は88日なので、半年と言えば、そろそろ、という感じだ。実際、9月末には雑誌Scienceに特集号が予定されていた。また、10月初めには欧州での惑星科学会議で特別セッションが予定されていた。ならば、ベピ・コロンボとの共同関係もあることだし、9月初旬に史上初の成果を披露するワールド・プレミアを日本で、と決めたのが震災以前であった。京都ということで、震災の影響がないことを早い段階で判断し、そのまま準備を続けてきたのである。ベピ・コロンボチームは、京都のあと、金沢にてサイエンス会合をもつ。京都・金沢を一週間で、という、海外勢にしてみれば、かなり魅力的な日程である。京大の小嶋さんや金沢大の笠原さんたちには、たいへんお世話になった。

UAは無事着陸した。「それほど、揺れなかった、ちょっと遅れたけど。今ホテルに着いたので、着替えてから軽く食事する」というショーン・ソロモン(MESSNEGR PI)からのメールが届き、やれやれ、である。

#熊野・十津川地方では、台風による大きな被害があった。藤本は、夏休みの酷道ドライブで何度か訪ねている。お見舞い申し上げたい。

心配ごとは、国内的にもあった。本当に盛り上がってくれるのだろうか、ということである。惑星探査でメシを食っている研究者は、日本に少ない。ベピ・コロンボへの日本からの参加は、主に磁気圏探査機MMOを通してである。また、水星は惑星科学の中では「はずれもの」という印象がある。「月と一緒やろ、何が面白いんや?」という根拠薄弱な非難は時々あった。そして、京都会議に参加した面々は、この非難がまさに根拠ゼロだったということを思い知るのだ。わはは。

 

 

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写真: 会議開始前に、MESSENGERチームの中枢と談笑。参加者は130名。

 

会議には、いわゆる惑星科学のひとたちが多く参加してくれ、かつ、議論に参加してくれた。多謝。そして、MESSENGERチームによる講演は、各45分という贅沢な割り付けをしていたこともあって、十分に期待に応えるものだった。そもそも、史上初のデータというワクワク感がある。そして、観測結果は、水星に関する従来の予想を裏切るもの連発だったのだ。

宇宙プラズマという側面では、(1)水星の固有磁場はダイポールが、中心から北に1/5惑星半径もシフトしたものでモデル化できること。であるならば、かなりの南北非対称性が磁気圏ダイナミクスにあるだろうこと。(2)惑星起源の重イオン(ナトリウムが代表的)が大量にあり、場合によってはプラズマ圧への貢献度において太陽風起源のプロトンを卓越すること。なので、磁気圏サイズが小さいことと相まって、重イオン効果を真面目に考えないといけないことがデータからはっきりしたこと。(3)磁気圏サイズが小さいので粒子加速は期待しにくい。実際、高エネルギーイオンはまったく検出されなかった。驚くべきは、200keVまで達する電子加速現象がかなりの頻度で起きていることが発見されたこと、というのがハイライトだろう。特に(3)は、全くの謎だと言えよう。

惑星の物質科学的な側面は、藤本が最も苦手とするところだが、それでも、「水星表面に硫黄がやたらと多い(火星、地球、金星と硫黄の存在度が下がってきて、水星で火星の値に跳ね上がる)」ということはわかり、かつ、「硫黄は揮発性に富む」程度の知識はある(えっへん!)ので、みなさんが、おおっ、という顔をしている理由は理解できた。この発見は、水星は巨大衝突で出来たという説(やたらに鉄のコアが大きいことを説明したいので、このように考える)や、惑星を構成する物質の相違はそれを形成した物質がゾーン構造をもって原始惑星系円盤に分布していたことを反映するという説を、揺るがす可能性がある。

そして、太陽系形成論である。「水星、金星、地球、火星と並んでいることが、太陽系の地球(岩石)型惑星の特徴」だと思っているのだと言われて、何のことか、おわかりだろうか。両端が小さいことが特徴だと言っている。そしてこれは、地球軌道あたりに惑星の原材料となる微惑星が集中的に形成したことを示しているのだ、と藤本らは考える。微惑星をどうやって作るかは惑星系形成論の最大の難問だが、それを考えてきた藤本らには、「ある時どこかで集中的に」という微惑星形成シナリオがもっともらしく思えるのだ。つまり、太陽系の地球たちは、地球軌道あたりである時にどどどっと出来た微惑星集団から生まれた、という仮説を立てている。水星探査から、このアイディアをサポートするデータが出てくるかもしれない。

 

 

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写真: 会議が無事終了。
左端がショーン・ソロモン、右端はMPOプロジェクト・サイエンティストのヨハネス。

 

金沢の会合では、ベピ・コロンボチームとして京都会議の内容をダイジェストする議論が展開された。MMOチーム側は、MESSENGER搭載観測機器との圧倒的な性能差からの余裕で、探査対象が面白いということが保証されて機嫌がよい、という雰囲気だった。一方、ESAが担当するMPO側は、先を越された感は否定できず複雑な感情のようだ。それでも、「水星こそ、様々な要素が結合することでその成り立ちが決まる世界である」という「宣言」が議論の中で飛び出すなど、この一週間がひとつのマイル・ストーンとなったという印象は強い。

いずれにしても、京都といい金沢といい、海外から会議に参加した惑星科学者に日本好きが増えたことは間違いない。少なくとも藤本は、ハリー(ESA)に教えてもらった居酒屋でたいへんに大きくて美味なノドグロの塩焼きをいただいて、金沢が大好きになった。京都では小嶋さんに、金沢では笠原さんに、いろいろと工夫を凝らしていただいたことも述べておきたい。また、京都会議での無茶振り気味な講演依頼を快く承諾していただき、実際に素晴らしい話をしてくれた、井田さん、高橋さん、関根さんに感謝したい。そして、日本の惑星科学界の若手に、探査好きが増えたことを願う。

ベピ・コロンボの水星到着は2020年である。

 

編集:浜田恵美子 2011/11/28