出張レポート

 

"リアルタイム" ノルウェー出張記(中)
  笠原 慧 (推敲:秘書一同) 

 

第一話
  第二話
  第三話
  第四話
  第五話
  第六話
  第七話
  第八話
  第九話
  第十話
  第十一話
  第十二話
  第十三話
  第十四話
  第十五話
  第十六話
  第十七話

 



北の国から2011 - 第一話
 

拝啓 はまださん、

僕はついに北極の地に足を踏み入れたわけで...

ここは遥けき僻地にして最果ての地、Ny-Alesundであり...

ノルウェイの観測ロケットICI-3が、齋藤先生の作った低エネルギー電子センサを 載せてこの島の射場からもうすぐ飛び立つと思われ...

ネットワーク接続もままならない辺境の地ですが、 ミッションコンプリートまで できるだけ近況を報告していきたいと思います。

敬具

 

picture

Today's best shot: ロッジの部屋について最初に見たものは...
ぼっぼくは、とんでもないところに来てしまったと思われ...

 

 



北の国から2011 - 第二話
 

昨晩から、Ny-Alesundは雪になった...

 

拝啓 はまださん、

雪です。

風が吹くと、さすがに外は寒いです。

しかし建物のなかではしっかりと暖房がきいており、

UNIQLOのヒートテックタイツ1290円を日本でケチって買わなかったのを

後悔する事もありません。

それでもみんな、上下をスキー服のようなもので固め、

靴も雪と闘えるがっちしりたものを履いているわけで。

つまり僕は、地球の最果ての地で最も薄着をしている人類であると思われ...

 

 

picture

Today's best shot: ペイロード部.
中心のスカスカの部分に低エネルギー電子分析器が入る.

 

ロケットは11/22以降の打上げに向け、ペイロード部もモータ部も順調に

進んでいるようです。

ペイロードはラングミュアプローブ(阿部先生、ノルウェイ)、

低エネルギー電子分析器(齋藤先生)、電磁場センサ(ノルウェイ、フランス)などです。

 

ペイロードを運ぶモータ部は

1段目がVS30(直径0.56mm,長さ3.7m)、

2段目が改良型orion(直径0.36m, 長さ2.7m)というものです。

 

以下は今後のおおまかなスケジュールです。

11/17(木)-19(土) ペイロード部組み上げ、機器チェック、射場へ移動(モータ側へ引渡し)

11/20(日)全体打合せ

11/21(月)リハーサル

11/22(火)- 地球と宇宙の天候条件(※)がそろい次第,打上げ

※最適打上げ条件:

1) Clear sky and a cusp auroral arc filament(s) placed over the nominal trajectory
   and/or a sequence of poleward moving auroral forms.

2) EISCAT Svalbard radar sees strong flow shear(s) across the nominal trajectory.

3) HF radar cusp backscatter (220 ms-1 Doppler spectral broadening) straddles over the nominal trajectory.

敬具

笠原慧

 

 



北の国から2011 - 第三話
 

その晩、Ny-Alesundには静かなオーロラが舞い降りた...

 

picture

Today's best shot: 心の清い人にしか見えませんがオーロラはオーロラです.
天空に向かって伸びる緑色の線はライダー観測のビームです.

 

拝啓 はまださん、

オーロラです!

だけどぼくは...
  あまりよい写真を撮る事ができませんでした。

30分ほど色々ためして、うまくオーロラの写真が撮れない理由もわかってきました。

1.月明かりが強いせいで空がなま明るい

→今は半月で、これから新月に向かうので条件は明日以降よくなっていきます。

2.よいカメラ設置スポットがない

→露光時間を長くするのでカメラを固定する必要がありますが、

ヨドバシカメラでケチってきちんとした三脚を買わず、おもちゃの小型三脚しか

持ってこなかった事が今になって、悔やまれ...

小型三脚を載せられるようなちょうどよい手すりは、ここにはなく...

それから、単にオーロラだけ見上げてファインダにおさめてもよい構図にはならず、

適度に自然の風景や建物をいれる必要があるのですが、

オーロラは思った場所に来てくれないので、どの角度で撮るか、

経験をつまないと瞬時の判断が難しいと思われ...

3.カメラの設定の感覚がない

→感度と露光時間をうまく設定する必要がありますが、

オーロラと周囲の明るさに合わせた適切な設定値を瞬時に判断するのは、素人の僕に

は大変むずかしく思われ...

 

今日は低エネルギー電子分析器をロケットフレームに載せた状態で

電気試験する事から始めます。

 

 



北の国から2011 - 第四話
 

拝啓 はまださん、

入島して5日目、そろそろ生活リズムが決まってきました。
  今日はこちらの生活をレポートしようと思います。

4:30  目覚ましに頼らず起床...
            しようかどうか迷い...二度寝に突入。

5:30  起床
      部屋でお茶をいれ、メール対応、たまった作業(ロケット以外)の処理。

    齋藤先生が作業場の窒素ガス流量をチェックしに外に出て行く音も聞こえます。

7:30  朝食
      ビュッフェスタイルなので注意しないとあっという間に肥満になるので
      やはり、自らを縛る戒律が必要と思われ...

   今回は、
      パン:二切れまで
      肉・魚:一切れまで
      野菜:各種二切れまで
      豆:各種10粒まで
      おかわりは禁止(デザート除く)
     ...という自分ルールをつくりました。
     だいたい守れています。

    なお、食事のクオリティは通常の海外出張時に比べて高いと思われます。


  8:30  ロケット作業開始
     今日は電子分析器をいったんロケットフレームから外し、ロケットに火薬をセット。
     待ち時間を使って、この日記を書きます。

12:00 昼食
     ほとばしる食欲と懸命に戦う僕を尻目に、齋藤先生は圧倒的な破壊力で
     食べ続けます。

13:00 ロケット作業再開

16:30 夕食、解散
      夕食の時間が早いのは肥満防止に役立ちます。
      おかげで今のところ腹囲に顕著な増加はありません。


      今日は週に2度しかない売店オープンの日なので、夕食後に買出しに行きます。
      オープン時間は17:15-18:15です... 風が吹いたらお休みです。

17:30 ロケット以外の作業とか休憩とか(オーロラ撮影その他)
      オーロラの撮り方はだいたいわかってきました。
      しかし、「大体わかった」ところから洗練させていけないのが
      昔から僕の欠点であり…

19:30 エクササイズ(ランニングマシーン,バスケットボール)
      夕食の時間が早いとはいえ摂取カロリーは日本に比べて1.5倍くらいになっている
      ので... つぐないの運動が必要です。

     外の道は氷で舗装されていてジョギングができないので、
     仕方なくランニングマシーンを使いますが、
      ベルトの上を走る自分はハムスターのようにみじめに感じられ…

    しかもランニングマシーンは体に電荷がたまるので、
     そのあとでバスケットボールをすると
     バスケットゴールのリングと
     指先の間で放電がおこる始末であり...


  21:00 たまった作業(ロケット以外)の処理
         寝不足のせいか、ときたま気絶します


  24:00-25:00 就寝
         本当はもっとたっぷり寝たいのですが、太陽が昇らないせいか
         普段は得意なはずの時差調整がなかなかうまくいきません。

 

ロケットは、問題がおきなければ
  今日・明日で、ペイロード部のフタを閉めてモータ側に引き渡されます。

敬具
  笠原 慧

 

picture

Today's shot: これが時刻12:00(noon)です.実際にはもっと暗く感じます.




北の国から2011 - 第五話
 

ロケット作業場から食堂までは歩いて3分くらいだ。
16時半、夕食の時間になると、
皆その3分間の移動のために1分かけてスキー服を装着し、
そうしてようやく外に出る。

もともとジーンズしか持ってこなかった僕は、
人生の貴重な1分間を無駄にせずに済んでよかった、
と無理矢理自分に言い聞かせながら、漆黒の夜道を
とぼとぼ歩くことになる。
ひとりで歩いていると、暗さと寒さに気持ちが滅入る事もある。

こないだの夜は、そんな僕が不憫に見えたのか、
食堂に向かう車が僕の隣でとまり運転席の子が手招きしてくれたんだ。

「寒かったでしょう」
 「あ...はい...ありがとうございます。助かりました。
 あの...ほんと...ありがとうございます」

「私、エリザベートっていうの。あなたは?」
  「あ...はい...僕...あの...純っていいます。よろしくお願いします」

「そう...純。よろしくね。ずっとこっちにいるの?」
  「あ、いえ...僕はロケット打ち上げの関係で今だけこちらにお邪魔しており...」

「そっかぁ。私は海洋関係の仕事で...」

食堂まで車で、30秒の会話だった。
  だけど僕は、会話をしながら、全然別の事を考えていたんだ。

この国に来て初めて、名前を聞かれた...

 

拝啓 はまださん、

僕は今日、この国に来て初めて自分の名前を尋ねられました。

3ヶ月前、この国に初めて来た時、
  僕は何か目に見えないしこりのようなものを
  自分の中にかかえ帰国しました。
  その正体が、今、わかった気がしました。
  この国の人たちは、僕の名前を呼びません。

用があると、「おい」、「なぁ」、「ねぇ」と、まるで熟年夫婦のような調子で
  声をかけてくるわけで...
  せいぜいが、「あんた」止まりと思われ...
  彼らとつきあいの長い齋藤先生ですら、"Saito"と呼ばれており
 (大抵の欧米諸国なら"Yoshifumi"とか"Yoshi"とか"Fumi"などと
  ファーストネームで呼ばれるわけで...)
  これは今まで僕が親しくなってきた欧米の人々とまるで違っており...

それが彼らの文化であり、気質なのだと思われ...
  それは北欧全体に通じるものかも、
  あるいはこの狭いコミュニティの中だけの話なのかも知れません。

しかしいずれにせよ、誰かから名前を呼んでもらえるというのは
  ヒトにとって大事な事のように感じられ..
  少なくともそう感じる僕に、ここの生活はあわないと思われ...
  やはり僕の体質には、東京があっていると思われるわけで...

 

ロケットはペイロード部もモータ部も予定通り作業が進み、
  金曜には射場の打ち上げ台にセットされました。
  JAXAの提供する低エネルギー電子分析器やラングミュアプローブも他の機器同様、
  問題なく機能テストをパスし、現在はロケット先端に収まって打上を待っています。
  土曜には一般公開(といってもこの島にいるのは科学者、技術者、事務員くらいです)が
  行われました。

 

picture

Today's shot: Launcherにセットされたロケットが公開された.
奥からVS30モータ(オレンジ,ブラジル製),改良型オリオンモータ(深緑,US製),
ICI-3ペイロード(銀色,ノルウェイ製)で,ペイロード部の先端(ノーズコーン内)に
電子分析器が内蔵されている.

日曜の完全なオフをはさんで、
  月曜にリハーサル、
  火曜から打上ウィンドウに入ります。
  地球の天気と宇宙の天気を見つめる日々が続きます。

敬具
  笠原 慧




北の国から2011 - 第六話
 

拝啓 はまださん、

雨です。
  北の最果てで雨、というのは、趣があるのかないのか僕にはわかりません。

だけども  問題は  傘がない ということです。

今日は全体ミーティングの後、打上げリハーサルがありました。
  打上げ3時間前からの手順を一通り模擬するわけですが、

 

picture

Today's shot: JAXA観測器のステータスチェック画面.この時点でLEPステータス0000100000010101は正常です.電流値にも異常なし.  

途中、問題が生じました。
  どうやら、ペイロード部の電源電圧が十分に上がっていないとの事です。
  現在、原因究明に担当者が尽力しているそうです。
  情報が十分に伝わってこないのも、これはこれで興味深いことであり...

とりあえず、明日予定されていたカウントダウンは、今日の時点でなくなりました。




北の国から2011 - 第七話
  

拝啓 はまださん、

こちらに来て一週間以上が過ぎ、時差ボケもなくなりました。
  瞳孔は絞られっぱなしで、
  帰国時にはサングラスが必要と思われ…

今朝はカウントダウンが5時(T=マイナス3時間)からスタートしましたが、
  当初の予想通り、
  オーロラの活動度が低く
  しかも地上は25m/sの風が吹きさらしているため
  T=マイナス1時間で時計が止まり、そのまま時間切れで
  打上げ見送りとなりました。

 

picture

Today's shot: カウントダウンは毎朝5時スタートです.
時差ボケを維持できていればちょうどよかったのですが.

明日はさらに天気が悪いようで、現場はまだまだ我慢ムードです。

敬具
  笠原

 

 



北の国から2011 - 第八話
  

拝啓 はまださん、

打上げ期間中は毎朝4時30分に起床ですが、
  あまりつらさはありません。
  何時に起きようが外は暗い、というのが主な理由と思われます。
  僕の体内時計は、一日3回決められた時間にとる食事によって、
  ぎりぎり保たれています。

今日も朝から打上げカウントダウンがありました。
  地上の天候は悪かったものの、ターゲットとなる電離圏現象がロケットの予定軌道付近に
  差し掛かったため時計はT=マイナス3分まで進みました。
  しかし結局、その現象も望むような展開を見せずに終息し、
  今日の打上げはキャンセルとなりました。

 

picture

Today's shot: ロケット胴体には一カ所だけリベットの無いところがあった.
日光東照宮の逆柱を連想させる.

このロケット観測には現地ノルウェイのほかにフランスと日本が参加していますが、
  フランス人達は打上げの可否によらず明日、帰国してしまいます。  

明日は地上の天気も良く、また金曜日という事もあってか、
  関係者の意気もなんとなく上がってきているように感じます。

敬具
  笠原

 

 



北の国から2011 - 第九話
  

拝啓 はまださん、

昨晩は、1000本しか世に出ないという限定バージョンのコニャックが
  振る舞われました。
  何が特別かというと、北極の氷河からとってきた氷(水)が加えてあるのだそうです。

南極の氷は、数年前に後輩の鈴杢君が持って帰ってきてくれたものを
  米田さんの家でオンザロックにしたので、
  これでついに両極制覇です。
  僕は、南北極の氷を両方とも口にした事のある地球上でも
  わりと数の少ない生物個体であると思われます。

 

今日もAM5時からカウントダウンがありました。
  朝からオーロラアークが島の上空にかかっていたものの、
  次第に北上してしまい、T=マイナス1時間のときには
  サイエンス条件から外れてしまいました。
  その後もサイエンス条件は満たされず、
  また上空の風も強かったため、今日はあっさりキャンセルとなりました。
  もう少し太陽風の条件がよくなってオーロラオーバルが南下してくれないと、
  なかなか打上げまでいけません。

仲良くしてもらっていたフランス人グループが帰国してしまいました。
  オスロから来ているグループも2人体調不良で急遽帰国してしまい、
  がらんとした組上げホールを見渡すと、
  「そして誰もいなくなった」という小説のタイトルが頭をよぎりました。
  齋藤先生に話したところ、「そしてロケットだけ残ったらどうしよう」と
  言っていました。

きっと1000年後に猿の惑星になったころ、砂漠の表面に先っちょだけ
  出ているのでしょう。

敬具
  笠原

picture

Today's shot: オーロラショー.テンションが上がりフランス人のマリークと
ゲラゲラ笑いながら撮りました.
渦の巻き方とか動きとか、今までいつも上から眺めていた特徴が
こっちからはちゃんと逆に見えていました.

 



北の国から2011 - 第十話
  

拝啓 はまださん、

こちらに来てから2週目が終わろうとしています。
  まだ日本の食べ物が恋しいという事はありませんが、
  とにかくお風呂に入りたくてたまりません。

今日も5時からカウントダウンがありました。
  オーロラアークとそれにともなう電離層のフローもくっきり見え、
  地上観測では、かなり良いデータが取れたそうです。
  しかし残念ながら現象がロケットの予定軌道の北側で安定しており、
  今日も打上はキャンセルとなりました。
  現場には停滞ムードが漂っています。

 

picture

Today's shot: ロッジの玄関外についた温度計。
ここでは夏でも20度を超えないそうです.




北の国から2011 - 第十一話
  

拝啓 はまださん、
   
  今朝は、機器モニターのある倉庫に向かうときから上空に緑白色の
  オーロラアークが見えており、なんとなくいけそうな気配が漂っていました。
 
  天候も、快晴、風弱しと絶好の条件でした。

朝5時にカウントダウン開始、7時にT=マイナス1時間となったところで
  EISCATレーダがオンになるのを待つため20分ほどホールド。
  今日はエキサイティングな日になる、という感じの待ち時間でした。

IMFが南転したのをきっかけにカウントダウンを再開し、
  (風速調査用の)気球放出や、ペイロードのチェックなどを挟んで、
  一気にT=マイナス3分までいきました。
  この時点で8時すぎです。
  オーロラアークも、フローシアもガンガンに見えています。

しかしちょっとばかり活動度が強すぎるのか、アーク、フローが
  ロケット予定軌道よりも南側に位置してしまっていたため、しばしホールド。
  時計もT=マイナス15分まで戻りました。

9時半。アークが北側に移動を開始しました。
  カウントダウンを再開してT=マイナス3分まで時計を進め、再びホールド。
  しかしなかなかどうして、アークがうまくロケット軌道にかかりません。
  北過ぎたり、南過ぎたり、東側に展開したり…
  10時すぎにはT=マイナス15分まで時計を戻し、IMFの状況からしばらく
  条件がよくなさそうと判断し、30分のブランチタイムとなりました.

打上げウィンドウの終了時刻は13時であり、
  ブランチ後も打上のチャンスを待ちましたが
  結局、今日も最後まで条件が整わず、打上はキャンセルとなりました。

打ちあがらなかったのは残念ですが、
  エキサイティングな日でした。
  毎日これだと面白いのですが、
  さて明日はどうなることやら…

敬具
  笠原

picture

Today's shot: 週末のカフェテリアはアルコール持参で.ドレスアップして.

 

 

 



北の国から2011 - 第十二話
  

拝啓 はまださん、

今日は陸・宙ともに完全に凪っていました。
  カウントダウンは朝7時にT=マイナス1時間でホールドしてから
  進む気配を見せることなく、本日もキャンセルとなりました。

退屈な半日、かわりに内職が進むとよかったのですが
  つまらないプログラムのバグ取りで終わってしまったわけで...

久しぶりに雪が降っています。
  水分が少なくて軽いせいか、雪の降下速度はとても遅く思われ
  風の強い日には水平速度が効きますが、
  今日みたいに風のない日は、水平・鉛直方向ともに速度が低く、
  まるでスローモーションのように
  雪が目の前をふわふわと漂い、ひょっとすると
  このまま5秒くらい時間を止められるのではないか、
  とさえ思ってしまいます。

敬具
  笠原

picture

Today's shot: バナナは日本で売ってるのと違って黒い斑点が出ず,全体が真黒になる.黄色いうちは渋くて食べられない.しかし食堂に置いてあるバナナは黒くなる前に他のみんなが取って(食べて?)しまうので,黄色いうちに確保して自分の手元で熟成させる.

 

 



北の国から2011 - 第十三話
  

拝啓 はまださん、

打上げウインドウ8日目。
  今朝はCME(coronal mass ejection)が来ていたので、
  結構チャンスがあると思われました。

空は曇っておりオーロラは見えにくかったのですが
  風が弱いという意味では好条件でした。

しかし、やはりというべきか自然現象というのは予測が難しく、
 (結果的に見れば)後手後手の対応をしているうちに
  時間が過ぎ、今日もタイムアップとなったわけで...

 

明日は風が強いというので、今日の時点で
  打上げシーケンスのキャンセルが決まりました。
  天気予報をそんなに素直に信じるのか?と思いましたが、
  実はそれよりもこの国では、
 「10日連続で働いたら1日休まなければいけない」
  というかなり厳格なルールがあって、
  そちらが主な理由のようです。

いつかは打ち上がるはずだけど、
  いつになるか分からない、
  まるで出産のようです。
  男としては、おろおろと待つ事しかできません。
  帝王切開の日は12月6日です。
  明日はオフなので、チャンスはあと6回です。

敬具
  笠原

 

picture

Today's picture: 昼のオーロラは青と緑の対比がきれい.




北の国から2011 - 第十四話
  

拝啓 はまださん

昨日は予定通り、一日オフでした。
  実際、昨日の強風ではロケット打上げは不可能だったと思われ、
  その日をオフに充てたのは正解だったと思われ...

しかし強風は今日になっても衰えを見せず...
  T=マイナス1時間で止められた時計はその後進む気配を微塵も見せず、
  今日もキャンセルが決まりました。

打上げチャンスはあと5回です。

昼食後は自分の時間となるので、
  心と体の健康のため、毎日ジムに行って汗を流しています。
  ジムには、毎日来る人、週の半分くらい来る人、週に一度くらい来る人など様々います。

毎日来る人に、ストリートファイターのベガみたいな人がいます。
  めちゃくちゃ重そうなダンベルをフシュー…と言いながら上げ下げしています。
  そういう人を見ると、こちらもモチベーションが上がります。

picture

Today's best: ジムの更衣室内には日焼けマシーンの部屋があるが故障中らしい.そしてその部屋の扉にはとても意味深長なメッセージが.

  敬具
  笠原

 



 

北の国から2011 - 第十五話
  

拝啓 はまださん、

今日も強風でロケットは打ち上げられませんでした。
  もっとも、風がなかったとしても今日の太陽風コンディションでは
  サイエンス条件を満たすことはできなかったと思われ...

はまださん、そろそろ飽きてきましたか?
  でも、打上げチャンスも残すところあと4日です。

明日は集落あげてのクリスマス晩餐会です。
  わざわざその晩餐会のためだけに
  外からたくさんの人がやってくるということで、
  今日は飛行機の臨時便が出ています。
  なぜクリスマスに、こんな辺鄙なところに?
  とノルウェイ人に聞きましたが、
  辺鄙だからだよ、とのこと。
  そうですか...

 

帰国時に恐らく一泊することになる、諸島内随一の都市(村?)
  Longyearbyenも、クリスマスでホテルが埋まりかけているようです。
  僕はそんなこと考えもしていなかったのですが、
  そこは齋藤先生、ちゃんとあらかじめ調べてくれました。

「ホテルがもしとれなかったらどうするんですか?」
  「まぁ、いざとなれば大学の建物に入れてもらえば雨風はしのげるょ、うん」

  「...」
  「...」

サンタさん!僕にホテルの空き部屋をください!

敬具
  笠原

picture

Today's shot: 毎日にらめっこしている太陽風モニタ.今日は3段目パネル,密度<0.1 (/cm^3) に絶句.




北の国から2011 - 第十六話
  

12月3日,07時21分35秒 (UT),
  ICI-3ロケットはNy-Alseundの射場から,
  南西の空に向けて打ち上げられました.
  現時点で,全ての機器は正常に作動したと報告されています.

ICI-3ロケットは,極域電離圏カスプ領域の
  RFE(Reversed Flow Event)発生メカニズムの解明,
  およびこれにより駆動されるプラズマ不安定性や波動現象,
  イレギュラリティの因果関係を解明するため,
  ノルウェーで計画されたものです.
  JAXAからは電子密度擾乱測定器(FBLP,阿部先生)と
  低エネルギー電子計測器(LEP,齋藤先生)を提供しています.

LEPは以下の様なタイムシーケンスで予定通り稼働し,
  データを取得しました.
  T=+66sec ロケット胴体からの展開スタート
  T=~+100sec 展開終了
  T=+180sec 高圧電源ON
  T=~+300sec 最高地点到達
  T=~+550sec 高圧電源放電(地球大気に戻ってくるため),観測終了
  詳細な解析はこれからですが,
  高圧電源ONから放電まで,手元のモニタでは
  電子のカウントがしっかりと見えていました.

齋藤先生,阿部先生,お疲れ様でした.

 

拝啓 はまださん、

今日の打上げシーケンスの様子は、もうすぐ始まる
  打上げ後ミーティングの後で改めて報告します。

敬具
  笠原

picture

Today's picture: 一瞬の出来事でした.

 

 



北の国から2011 - 第十七話(最終回)
  

打上げウインドウ11日目、
現場の雰囲気は明らかに違いました。

3日間続いた地上の強風はやっとおさまり、
  太陽風の密度も前日の記録的な低密度から回復して、
  通常より高いくらいでした。

朝4:40(LT)、いつものように軽食をとるためカフェテリアに行くと、
  多くの人が、普段より5分前倒しで出入りしています。
  このわずか5分の違いが、皆の緊張感と気合を表していました。

5:00 (LT)、T=マイナス3時間 カウントダウンスタート
  5:30 までに ペイロード稼動チェックや気象状況把握用の気球放出
  が行われます。
  6:30 (LT)頃、数時間安定して北向きだったIMFが南向きに変り、緊張感が走ります。
  これまでの経過からしてこの南向きは安定しそうな雰囲気で、
  「ついに来た」という感じでした。
  7時前、打上サイエンス条件はほぼ満たされそうであるとロケット実験責任者(PI)から
  伝えられます。

7:00 (LT)、T=マイナス1時間 ホールドせずにカウントダウン続行
  普段ならサイエンス条件が整うまでホールドというポイントですが、
  今日はこのまま一気に最後までカウントダウン、という状況です。

7:45 (LT)、T=マイナス15分 カウントダウン続行
  ここも止めずに行きます。

7:57 (LT)、T=マイナス3分 ホールドせずにカウントダウン続行、
  ペイロードの内部電源ON
  ペイロードの内部電源ONということは、もうほとんど、GOという事を意味します。
  個人のカメラは外の、発射台が見通せるスポットにセット済みです。

7:59 (LT)、T=マイナス1分 カウントダウン続行
  みな、打上の瞬間を見届けるため、外に走り出します。
  20代後半から40代まで、いい大人たちが、いっせいに、本気ダッシュです。

8:00 (LT)、T=0 点火
  のはずが...
  ...
  静寂
  ...
  ...

何が起こったのか?と
  モニタルームにダッシュで戻ると、ロケットと発射台をつなぐサポートベルトが
  うまく外れなかったという事がわかりました(T=マイナス40秒の出来事)。

どれくらいで打上可能状態に復帰できるのか不明のまま待機。
  サイエンス条件が維持されることを祈りながら、静かに待ちます。

8:17 (LT)、T=マイナス3分 ロケットの再準備完了、カウントダウン再スタート
  サイエンス条件はクリアしています。

8:19 (LT)、T=マイナス1分1秒 寸止め
  サイエンス条件最適化のため、1分だけホールドがかかりました。
  PI(実験責任者)の判断です。

8:20 (LT)、T=マイナス1分1秒 カウントダウン再スタート
  今度こそ、と皆、外に飛び出します。
  T=マイナス30秒、打上げ台の見えるスポットに到着。
  T=マイナス11秒、タイマーセットした自分のカメラのシャッターを押します。
  が、なんとタイマーがスタートしません。
  なぜ?
  力が弱すぎた?え?それとも別の要因?
  寒すぎてカメラがフリーズした?なんで?
  ほこりでも詰まった?なんで?
  もっと強く押せばいい?
  と、0.7秒間考え、もう一回押すしかないと思い
  指を動かし始めたのが0.8秒後。
  無事シャッターが押しこまれたのが1秒後。
  打上撮影という意味ではこの1秒が命取りになりました。

8:21 (LT)、T=0 点火、ロケット発射
  30秒ほど打上を見守った後、搭載機器のステータスをチェックしに
  モニタルームへ、一同、走る、走る。

そこからのLEPの稼動状況はすでに報告したとおり、
  すべて予定通りでした。
  他の機器も、電流値等の推移を見る限り、問題なく稼動したようです。
  僕の写真撮影以外は完璧な打上でした。

****
  ****
  ****

それが、この冬、Ny-Alesundに起こった出来事だった...

 

拝啓 はまださん、

この間、
  雨にも、風にも、雪にも、明けを知らぬ暗闇にも負けず、
  毎日少しの運動と少しの作業をし、
  メールにも少し返事をし、
  食事には少しだけ制限をかけ、
  浴はなく、
  東にオーロラが出れば行って写真を撮り、
  西に狐の足跡があれば目を凝らして
  しばらく周りを探すも結局寒いので諦め、

夜にはときどき少しのお酒を飲み、
  機会があれば少しの日本酒と梅酒を振る舞いながら
  サケとショウチュウの違いを説明し、
  そして天気がよければ空の星と人工衛星を少し眺め、

...そんな風に、僕は過ごし、Ny-Alesundを卒業しました。

はまださん、Ny-Alesundは、もう、卒業です。
  卒業証書ももらいました。
  帰国したら、お見せしたいと思います。

次にもし来るとしたら、書記・カメラマンの学生を連れて、
  できれば夏がいいな、と思います。

敬具
  笠原

picture

The last shot:これが今回ロケットに搭載されたLEPです.これからは北極の海の底で眠ることになりました.入射口から小魚が入って,分析器内の隙間を通り抜け,検出器にこつんと頭をぶつけたりするのでしょうか.

 

 

編集:浜田恵美子 2011/12/6