中国のIAUと独逸のICS
長谷川 洋

 

第28回国際天文学連合(IAU)総会に初めて参加しました.特別セッション―「Dynamics of the Star-Planet Relations」(中国語では,「豊富多彩的恒星与行星」(「豊」は簡体字)と訳されていた)―に招待されたからです.どちらかというとリモートセンシングを避けて太陽系科学の分野にやってきた僕が,天文学の会議に出席する事になるというのも不思議なものです.IAUともあろう学会がまだ28回目? と思ったら,3年ごとにしか開催されないそうです(冥王星が惑星から除外されたのは6年前のIAU).

北京を初めて旅行したのは2006年.2008年の北京オリンピックに向けて,通称「鳥の巣」と呼ばれるスタジアムの建設など,準備が進められている雰囲気が感じられたのを記憶しています.今回はまず,その6年前との差に驚かされました.

空港から市内への移動は,以前はタクシーかバスを使うしかなかったのが,今は地下鉄網が整備され,400円相当で北京の中心部まで移動できるように.しかしその地下鉄に乗る時(さらに学会会場に入る際)ですら,セキュリティチェックを受けなければなりません.街に出れば,自転車よりは自動車ばかり.しかしほとんど皆が信号を守っており,6年前のように恐る恐る道路を渡らなければならないということもありません.何でできているのかよく分からない油で調理(?)された食べ物(?)の何とも言えない匂いがすることもなく,歩道は台湾よりも歩きやすい.代わりに空気は排ガスなどでよどんでいます(写真1).

picture

写真1: 寺院の背景に高層マンションらしきものが立ち並んでいる.晴れていても空気はよどんでおり,排ガスか光化学スモッグのせいで視界は常に悪い.

オリンピックスタジアムの近くには巨大な地下ショッピングモール.オリンピック公園内の池(川?)の下側をまたがるように作られているという馬鹿さ加減.一方,使われなくなったアトラクションの建物は色あせ,人が入れないようフェンスで囲われています.

自分の講演は,太陽風と磁気圏の相互作用について,複数衛星観測の観点からレヴューするというもの.その上でまず,地球磁気圏がどのような磁気圏なのか,定義しようとしました.地球磁気圏は,(a) 内部起源(電離圏や衛星起源)のプラズマが,(太陽風との相互作用という観点からは)最重要というわけではない.(b) 天体の自転は速くない.(c) 天体の磁軸や自転軸はあまり傾いていない(黄道面に対してほぼ垂直である).(d) 磁気圏は,イオンの旋回半径よりは十分大きいが,極端に大きい(磁場が強い)というわけでもない.また太陽風については,(e) 陽子と電子からなるプラズマが支配的である.(f) 超音速なので,磁気圏の太陽側にはバウショックができる.(g) 無衝突である.という特徴があると考えました.

後者の2点は太陽風と磁気圏の相互作用を複雑かつ同時に興味深いものにする要素であり,前者の5点は多様な磁気圏群の中では地球磁気圏を比較的単純なものにしていると考えられます.その単純な磁気圏を理解することにも我々は苦労しているわけですが,相互作用の素過程を理解する上では理想的な観測対象であるとも言えます.同時に,我々のような比較的高度な生命体がこのような単純な磁気圏の中に存在しているのは偶然だろうか,という疑問もわいてきました.自転軸が大きく傾いていたら季節変動が大きすぎて同じ場所に定住することはできないだろう,磁気圏が小さすぎたら太陽光や太陽風で大気がはぎとられやすくなって,安定した大気は高度な生命体が進化できるほど長時間維持されないかもしれない,逆に磁気圏が大きすぎたら木星のように内部に強い放射線帯が形成されて,高度な生命体は地表では長生きできないかもしれない.こんなことを発表の準備をしながら,そして他人や自分の発表を振り返りながら考えていたのでした.

発表に対する質問は,ほとんどが中国人の学生からだったことには驚かされました.中には極端に高い参加登録費を払わ(払え)ずに,会場に入り込んだ学生もいました.さらにセッション終了後の休憩時間には,北京のある研究所の学生4人(修士学生を含む)に囲まれ,関連研究について議論することになりました.このようなことは日本ではまずありません.学生が指導教官を介することなく海外の研究者と議論する事について寛容であること,そして学生がその能力を持っていることからは,学ぶべき部分があるかもしれません.同時にそのあまりの要領のよさには警戒せざるを得ない部分もあるのですが…

picture

写真2: IAUの会場(中国国家会議中心:China National Convention Center),ではない.2006年にはここでWPGM(Western Pacific Geophysics Meeting)が開催された.滞在時には「国際きのこ科学会」(!)が開催されていた.

サブストーム国際会議(ICS)は2年ごとに開催され,今回は11回目.参加者の何人もが今まででベストのICSと言っていたのが印象的であった.サブストームは,Vasyliunasが講演中で「an explosive phenomenon in the Earth’s magnetosphere which dipolarizes the magnetic field and polarizes the science community」と定義するほど,論争の多いトピック.確かに自分が出席したことのあるサブストーム関連の会議の中では,政治的な論争がもっとも少なく,議論は主に科学的なものであったような気がする.

サブストームを「earthquake-like releases of magnetic stresses」と形容したのはMichael Hesseらしい(Daglis et al., Rev. Geophys., 1999; Siscoe, Nature, 1997).(宇宙)ストームのようなある程度の「予報」が可能な(宇宙)天気現象というよりは,地震のような「予知」が非常に難しい現象であるという意味でも,全く同感である.地中の地震によって海で発生する水流―津波―は,磁気圏内のサブストームによって電離層で発生する電流―Westward Traveling Surge:WTS(Surgeは大波の意)―に対応するようにも思える.津波によって発電所が破壊されることがあり,WTSによって送電ネットワークに障害が発生することがある.「サブストーム」という名前ではなくて「磁震」(magnetoquake)だったら,「地震」と発音まで同じになってしっくりくるのに.と言ったら,サブストーム研究者である妻には「おやじギャグ」だと言われた.

第11回ICSが開催されたのは,ドイツのリューネブルク.中世には「白い金」とも呼ばれた岩塩の採掘で栄え,ハンザ同盟の中心都市の一つでもあったらしい.街並みはメルヘンチックで,絵本にも出てくるような雰囲気を醸し出している(写真3).第2次世界大戦で破壊され,今はすっかり近代化している近くのハンブルクの街並みとは対照的であった.

宇宙科学においては比較的新興国である中国の,激変のさなかにある北京で初めて開催されたIAU出席と,磁気圏物理学においては成熟国であるドイツの,中世的なリューネブルクで開催されたICS出席は対照的なものとなった.

picture

写真3: リューネブルクの街並み.川は運河として使われていたらしい.

picture

写真4: ドイツといえばビール.左から山内さん(IRFキルナ),ポスドク時代の同僚Octav Marghitu(ルーマニア),宇宙研の学生だった成田くん(ドイツ,ブラウンシュヴァイク),ビールを持つ長谷川の指.妻撮影.

編集:小路 真史 2012/9/13