スタッフ出張報告

アメリカ、カナダ、オランダ。あるいは、木星、地球、水星。
藤本 正樹

●アメリカ

1月27・28・29日とEJSM(木星総合探査計画)会議のためにカリフォルニア州・パサデナに滞在した。JPLが主催する会議であり、その会場のホテルに宿泊する。友人のUCLA教授に送ってもらってハイウェイの脇にそびえたつホテル到着すると、チェックインの際に温めたチョコチップ・クッキーを渡される。そして、部屋のコーヒーマシンでコーヒーを淹れてクッキーが冷めないうちに食べる。次節で紹介するカナダ出張への機内で「Up in the air」という出張中毒ビジネスマンを描いた映画を見たのだが、出張オタク同士が情報交換する(てゆ〜か、主人公がナンパする)シーンがあり、「私(女性)はAホテルが好き、だって部屋に入ると温かいクッキーがあるんですもの」というセリフがある。パサデナでは、まだ、このことを知らない。とにかくJPL御用達の、USビジネスマン好みの、我々からすれば豪華と思えるホテルである。

EJSM(Europa-Jupiter System Mission)とは、欧米がコアとなって進める木星系探査計画であり、(1)NASAが提供するエウロパ周回機(JEO)による衛星エウロパの精査、(2)ESAが提供するガニメデ周回機(JGO)による衛星ガニメデの精査を二本柱に、周回軌道挿入以前の木星周回フェーズで(3)木星磁気圏、(4)木星本体の充実した観測をも実施して木星系総合探査を行うというものである。打ち上げ時期は2020年代の前半を想定する。ISAS・木星WGは、欧州研究者とともにLaplace計画をとりまとめ、ESAのCosmic Vision 2015-25 の Call for Proposals に共同提案した(2007年10月)。それが第一次選定を通過した後、ESAはNASAとの共同化を中心に考えるというエージェンシーとしての判断をした(2008年2月)が、研究者が集うScience Definition TeamのレベルではISASからの貢献は相変わらず高く期待され続けている。そして、この会議ではISASの状況を説明することが求められた。

ISAS・木星WGは、木星磁気圏探査機JMOを提供するとともに、トロヤ群小惑星の探査機とも相乗りすることを目標に掲げて検討を進めている。その背景は以下の通りである。

(1)木星磁気圏は、プラズマ観測の立場から「その場」観測が可能な太陽系空間において最も魅力的な対象であり、最先端の問題意識を満足させる観測を実施すべき場所である。ここで得られる知見は、地球磁気圏(GEOTAILで実施、SCOPEで更に高度化させて実施予定)や水星磁気圏での観測(ベピ・コロンボで実施予定)とあわせて、「その場」観測ならではの実証に基づく知的基盤を構成し、宇宙プラズマ物理を進展させる。

(2)エウロパ・ガニメデ周辺のローカルな宇宙環境を観測するJEO・JGOと、その変動を生み出す磁気圏ダイナミクスを観測するJMOが同時に機能すれば、「過酷な宇宙空間に浮かぶ巨大惑星の衛星という世界」という、系外惑星も意識して大きく展開していくことが可能なテーマを、実証をともなって深化させることができる。

(3)EJSMの大テーマの一つとして「木星系の起源」があるが、これは実は、トロヤ群小惑星の探査からこそ迫り得る側面を持っており、ガリレオ衛星の精査に追加してトロヤ群探査を実施することの科学的意義は明快である。

今回はJSDT(Joint Science Definition Team)の最終会合である。SDTとは何か?研究コミュニティを代表する研究者が集まってミッション目標とその達成を可能にするモデル・ペイロード、モデル・ミッション・シナリオを構築し、さらにそれを意思決定レイヤーへと売り込む(上院議員への展示会も含む)のである。では、なぜ今、最終会合なのか?それは観測機器A/Oが開始されようとしているからである。つまり、SDTメンバーの多くは観測機器開発者なのだが、これまでの「手弁当」活動の報酬が、自らの観測機器搭載という直接の形で返ってくることがないよう、一度切るのだ。こういう仕組みに、コミュニティの厚さを実感すると同時に、その運営が必要とするであろうオーヴァーヘッドにうんざりもする。

ESA Cosmic Vision 2015-25においては、2010年秋に次の選定が予定されている。NASA・JEOも2020年の打ち上げを見据えて2010年中に本格始動(観測機器A/O)が想定される。これらを踏まえて、探査機間シナジーの価値を高めること、欧州の仲間がESAでの選定を勝ち抜く支援をすることが、ISAS・WGの深く関与する議題であった。そこでは、ISASに関しては「見守っていてくれ」と言うにとどまった。それ以上、何が言えようか?「接点」にかかるストレスは決して小さくない。日本の実力で木星ぐらい簡単に行けるだろうと勘違いしていないか?であれば、思い上がりもいい加減にしたほうがいい

●カナダ

3月2日にSCOPE・カナダ会議のためにカリガリ―大学を訪問。宿は、カルガリー・オリンピックの際に作られたホテル村のうちのひとつを大学関係者に手配してもらった。カナダ入りはオリンピックが終わった直後である。これは期間中にカナダ政府関係者がヴァンクーヴァー近辺へ出張することを禁じられていた(!!!)ため、会議日程を少し遅らせたということも影響している。また、カナダ人にとってはホッケーチームが延長戦の末、アメリカを破って金メダルを取ってから間もないということである。どこに行ってもこの話題を振ると盛り上がって和んだ雰囲気になるので、便利だった。

SCOPEとは、地球磁気圏において「同時マルチ・スケール観測」を実施し、宇宙プラズマ・ダイナミクスの本質へと迫る計画である。GEOTAIL衛星のデータ解析研究がリードした最新研究成果は、磁気圏・宇宙プラズマにおける大規模でダイナミックな現象の本質的理解の為には、その現象全体を規定するMHDスケールのダイナミクスと、より微小なイオン・電子スケールとのダイナミックな結合・相互作用を理解しなければならないことを明確にした。また、GEOTAIL関係者が数多く研究参加するESAのCluster衛星の成果は、編隊観測が空間構造を把握する上でたいへんに有効であることを証明した。新しい「スケール間結合」という視点に立って現象が展開する「その場」での観測から宇宙プラズマ物理の根源に迫るには、(1)衝撃波、境界層渦乱流領域、磁気リコネクション領域、といった「鍵」となる領域を観測、(2)編隊を組んだ衛星群によって空間構造把握を行う、(3)それと同時に電子スケールに至る高時間空間分解能を持ってプラズマ観測を行うことが必須である。SCOPEはこれらすべてを実施するもので、その成果は、磁気圏プラズマ物理の理解に貢献するのみにとどまらず、ここで捉えられる本質の普遍性を考えれば、より一般的な宇宙プラズマ・ダイナミクスの本質理解の構築へとつながるものでもある。

2019年の打ち上げを想定するSCOPEは、電子スケール物理へとズーム・インする親子衛星ペアとそれを取り囲むダイナミクスを把握する子衛星3機の編隊からなる。そして、子機3機はカナダ宇宙機関・CSAが担当することで話が進んでいる。今回の会議は、それがカナダのコミュニティに利益をもたらすことを確認するものであった。SCOPEの価値には絶対の自信を持っているのだが、実際、二週間前の欧州での不首尾(SCOPEの欧州側パートナーであるCross-Scaleが、その科学的価値は高く評価されながらも経営的な理由から第二次選定を通過しなかったこと)が全く影響を与えることなく、高く歓迎された。

2019年までには10年近くある。我々は如何に準備すべきか。日本側からは、(1)MHDスケールの粒子計算をやって「Waoh!」を積み上げ新しい知識体系を組み上げること、(2)編隊観測データをフル活用しつつデータ解析と理論との連携の形を探ること、(3)データ取得戦略をしっかり考え始めることの3点を主張した。カナダ側からは、カナダならではの極域撮像衛星にオーロラ・カメラを搭載してそこからSCOPEだけではカヴァーしきれないグローバル情報を引き出すこと、さらに、カナダ全域に地上観測網を張り巡らせばこれがさらに充実することが提案された。まさに相補的な美しい協力関係が築かれつつある。一方で、新しいことをやって、そこからの成果を最大化することは簡単ではない。今までと同じことをやっていればいいんだろうと勘違いしていないか?であれば、思い上がりもいい加減にしたほうがいい

●オランダ
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(オランダと言えばチューリップ)

3月9・10日とベピ・コロンボの会議出席のためにESA・ESTECを訪問。宿は空港から列車で便利なライデンに取り、そこからバスを利用する。宿は16世紀の建物を改装したものであり、床がところどころ傾いている。壁にアンティークのタイルが張られ、アンティークのデルフト焼大皿や銅の小道具類があちこちに飾られた部屋で、茹で卵とハムとチーズの朝食を食べる。何度も利用するうちに顔を覚えられ、今回は無料アップグレードということで写真にあるような部屋へと案内された。ライデンを散歩すると16・17世紀からの建物をいくつも目にし、フェルメールの「デルフトの小道」にそっくりな路地に出くわしたりする。また、大学街でもあり、アイディアを練る時間を過ごすカフェには事欠かない。
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(顔馴染みになるとアップグレードがあり、このような雰囲気のある部屋に案内される)

ベピ・コロンボはESAと共同して実施する水星総合探査計画である。ESAが水星探査機MPO、ISASが水星磁気圏探査機MMOを提供し、Ariane5で2014年に打ち上げられ、2020年に水星に到着する。水星は太陽系のもっとも内側にある惑星である(なお、なぜ水星より内側に惑星が無いのかは自明ではない、むしろ、惑星形成論的には不思議と言ってもよいぐらいである)。水星へと到着することは、太陽重力の崖を転がり落ちながらその途中のテラスで止まるというような芸当である。その観測の困難さからも、水星は「謎の惑星」と呼ばれるべき惑星なのだ。実際、水星のような小さい惑星が固有磁場を持つことは最大の謎のひとつである。MMOのサイエンス目標は、(1)磁場観測から水星の磁場起源に関するヒントを得ること、(2)その弱い磁場が太陽風をどうにか堰き止めるため水星周辺に磁気圏が形成されるが、その矮小磁気圏に特有なダイナミクスを探ること、(3)惑星表面が宇宙空間に直接曝されていることが周辺宇宙空間に及ぼす影響を調査すること、そして、(4)内部太陽圏でのプラズマ観測、と整理できる。MMOは水星の希薄大気・磁気圏や内部太陽圏の観測に専念するが、MPOにもいくつかのプラズマ関連の観測機器が搭載されているので、水星周辺宇宙空間の二点観測を実施することが可能であり、この魅力は大きい。
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(オランダ・ライデンの定宿)

水星は到達することが困難なだけではなく、そこで観測を実施することへのハードルも高い惑星である。理由は過酷な熱的環境にある。太陽からの放射と水星表面からの照り返しを浴びることで、水星を周回する衛星の熱環境は厳しいものになる。このため、観測機器は常時オンすることは可能ではない。また、地球と通信が可能な位置にあっても温度条件が満たされないために衛星の通信機をオンできないこともある。これは、水星地球間の通信レートが決して大きくはないことから、データ取得戦略に大きな制約を与えることになる。つまり、常時観測が出来るわけではなく、観測が出来たとしても全てのデータを地球へと送ることが出来るわけでもない。その中で素晴らしい科学成果を出すには、複雑な制約条件をすべて取り込んで、衛星の成立性をチェックしながら科学成果の最大化を事前に十分に追求することができる観測計画立案ツールを構築する必要がある。このような合理的基準がなければ、安全サイドに振って遠慮しながらわずかなデータを取得するだけで終わるか、逆に、衛星を危機的状況に追い込んでしまうかであり、これら両極端の間にある合理的なポジションを安定して取ることは可能だとは思えない。この計画立案ツールは、厳しい条件下での運用という意味で将来の木星探査、いや、あらゆる惑星探査において活用できるし、合理的に成果最大化を図るという意味ではSCOPEにも活用できる。こんなもの必要ない、今までと同じでいいんだと勘違いしていないか?であれば、思い上がりもいい加減にしたほうがいい
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(朝食部屋)

<藤本 正樹 / 編集: 田中 健太郎>