スタッフ出張報告
出張先での会話 (ギリシャ・オーストリア・オランダ 2009.6.6 ~ 6.21)
藤本 正樹
ギリシャ・ミコノス島 | オーストリア・グラーツ | オランダ・ESTEC
ベッピ・コロンボの会議が、多くの人が憧れるエーゲ海・ミコノスでハイシーズンの直前でホテルが格安という貧乏な学者らしい時期に開催された。「かぐや」PACEの素晴らしい結果を宣伝するために出席する。「かぐや」が見た、月表面とそれが直に接する周辺プラズマとの相互作用の面白さは水星においてはさらに増強されているはずである、ということが基本姿勢である。
会議では、ベルン大・ヴュルツ(PW)とSWI・マコーマス(DM)と突っ込んだ議論をして、荷電粒子が固体表面をうろうろしている間のふるまいについて明確なイメージをつかむことができた。きっかけは、もちろん「かぐや」で発見された月表面からの太陽風プロトン反射である。PWは、実は、表面物理で学位をとったのだそうで、そういう方面のプロに「かぐや」の発見はすげぇ、理論研究の本気度が断然アップした、と言われたことは嬉しいものだ。DMは、太陽圏境界からのENAを測るIBEXの視野にたまたま月が入ったときに強烈なカウントがあったことから、「かぐや」の論文で予言されていた太陽風プロトンが月表面で反射の際に水素原子に変換されたものを観測したとの発表をした。この水素原子のフラックスは「かぐや」で見たプロトン(イオン)の10倍で、まあ、だいたいOKだ、といったので、なんでぇ、と噛み付いたところ、いろいろと議論をすることができた。で、その説明によると原子かイオンかは表面を出るときの最後に決まるのであってそれまでの表面での散乱過程は共通ということになる。であるから、反射成分のエネルギー分布は原子でもイオンでも同じ、原子のほうはDMが計算したからイオンを測った斎藤結果と比べようぜとなった。で、斎藤からのメールでの返事は、「全然違う」。おおお。もちろん、この時点ではDMには黙っておく。嘘だったなんてシャレにならんからね。月プラズマ環境ぐらいに新しいことをやると研究のダイナミズムはこれぐらいにわかりやすい。
ESAのHLも参加していて、MPOでは4週間分の全データを格納できるようにして、そこから最高のデータを焦ることなく選択してダウンリンクする(selective downlink)のだけど、MMOはどうするの?と聞かれた。リソースがないから一部だけを格納して、さらにその一部だけ送信、と言ったら、「ああ、ダメだな、それは。全部をゆっくり見てから選ばないとダメダメ。」とHLは言いやがった。絞め殺したろかと本気で思った。
ディナーは英語を話すテーブルが二つだけで必然的にUSからの参加者と一緒になった。そのうちの一人は軍経験ありとかで興味半分でいろいろ質問すると、「モハヴェ砂漠で訓練させられ、その時は遊び半分だと思っていたら、その後、中東に行かされた」「入隊していたのは92年まで」、…、おいおい、それって湾岸戦争じゃん。「そうだよ、クゥエイト解放作戦の戦車部隊で化学兵器対策の責任者だった」。・・・。「軍隊の訓練で一番つらいのは眠れないことだ。足一本を切らせてくれたら眠らせてやる、と言われたら、喜んでそうするような状況になる。」・・・。
篠原の超巨大規模3次元ショックシミュレーション結果がイケてることを、対照1次元結果が送られてきて確認する。巨匠は久々にノリノリのご様子で、新規開発の境界条件のテストもしてしまおうかとご提案。
グラーツ(とバークレイとパリとウイーンとサンフランシスコとライデン)は自宅隣駅「あざみ野」周辺のように、よく知った、行くとほっとする場所だ。特に今回はバカ観光地(ミコノスは二日で十分だね)からの帰りなので、うん、これこれ、と感じた。
ここで二日間、研究の議論に没頭した。特に電場データを扱う話を聞くとCluster世界の文化レベルの高さを感じる。時間をかけて本物をやりとげる、ということだ。よいイヴェントをみつけて、そこに時間を集中投資し、おおおと思う知見を引き出すのである。今回は特に「あたり」イヴェントについて議論をしたので、かなり熱くなった。「電場データから磁気リコネクション率が直接計測できたかもしれない、よくやられる規格化で0.04という値。」「磁気リコネクション・ジェットが双極子磁場と衝突する過程をスケール分解して観測した。電場スパイクにともなって電子の非断熱加速あり。」こちらは、ケニーの「反XLにおける電子加速」という鮮やかな計算結果をムービー3発&アドリブトーク、ノースライド技で売り込むと、「是非、観測データ中で見つけたい、見つけられそうな感触はある」というノリのよいレス。エッジに乗った議論ができているのは、こちらが本気の計算をしているから、向こうが本気で電場データを見ているから、だろう。粒子シミュレーションと真に噛み合うのは電場データ解析結果である、現時点では。
もちろんランチでは世間話をする。ギリシャでは「廃墟」を楽しめなかった。ローマは大好きなのに、である。なんというか、ギリシャのほうが雑に感じられ、作られた当時の思い入れのようなものが感じられない、「宇宙人」がつくったようにしか思えなかったのだ(そういう意味では、南フランスのロマネスク様式の教会にいると涙が出そうになるぐらいだ)。なんて話から、歴史の話になって、BJに「ドイツの栄光の日々はいつか」と聞いたら、「カール大帝」。へええ。グラーツ在住のるみさんは「日本なら江戸時代でしょ」。ふ〜む。アレッサンドロには聞くまでもないでしょう、82年スペインだよね。ミコノスの話からは、BJ・るみさん夫妻がスロベニアのアドリア海リゾートに行ってきたという話になり、国境のイタリア側にあるトリエステの話になって、アレッサンドロから戦後イタリアにおける歴史教育問題を聞く。
セキヨシタカD論最終調整に関するメールのやりとりがグラーツ滞在中に終わった。だが、そのことについてはこれ以上言いたくない。
ESTECではCross-Scaleの会議。宿泊は、ESA推奨のノルドヴァイク(なんで?)でなくライデンにとる。定宿は17世紀の建物であり、いくつか中世風の内装の凝った部屋がある。そのうちのひとつ、レンブラント・ルームに前回たまたま泊まり、気に入った、と言っておいたら、今回もそうしてくれた。年に4回も来る日本人ということで覚えられているようだ。実際、ESAとのバイ会談で土産にもらった「ハーシェル/プランク記念・保温マグ」を不要だからと前回部屋に残してきたら、忘れたでしょ、と今回返された。むむ、これは自己責任の国オランダらしからぬ動きだ。
グラーツでの磁気島融合に関する議論以来、なんとなく何かがひっかかっていて、それがするっと浮上したので、おお、もしかしてと、共同研究者のウプサラのユーリにメールする。そして「その通り、これでパズルが解けたよ」との返事。どういうことかというと、磁気島融合が実際の宇宙空間で起きている証拠を始めて見つけたという論文を書いたのだが、そのイヴェントでは孤立波という珍しいものも同時に見つかった。で、磁気島融合が本当にあったのであれば、その孤立波の伝播方向は通常とは逆になるはずなので、そうではないのかと確認したのである。彼は逆方向への伝播の理由がわからなくて苦しんでいたのだ(その事実は知らなかった。だから、カンニングはしていないんのだよ。)。磁気島融合は大規模な空間スケールに展開するプロセスである。一方、孤立波はミクロなプロセスである。このように、従来ならばまったく別に扱われていた話を、理論的知見で繋いで、結果として、磁気島融合があったということを確実に証明したのだという言い方ができよう。これこそ、アイディア屋として幸福感に浸る瞬間である。オレは天才だ、と思う瞬間だ。あはは。
会議の休み時間ではツールーズのローアンと木星ミッションの話をする。ESAが担当するガニメデ周回機のモデル搭載機器選定があったのだが、ガニメデということでプラズマ観測の重みが増し、粒子計測器群・電磁場/波動観測機群ともにそれなりに充実した重量割り当てがあり、とりあへづはハッピーだとのこと。で、やはり、JAXAが構想する磁気圏探査機JMOは?となる。是非やりたいと思っている、としか返事できないよね。JMOと言えば、ミコノスでいっしょだったAPLのジョージ・ホーからのJMOへの期待が寄せられた。で、さらに、7月APLで開催される「木星ミッション搭載機器開発者のための放射線対策ワークショップ」に来たら、APLの実験室に寄って放射線対策を施した電子部品開発状況とそれをJMOに活用することを議論しないかと好意的なオファーを受けた。早速、高島にフォワード。
SCOPEではカナダCSAとの協力をするのだが、相手方のプロマネ(ISASとは違い、マネージメントだけをする人)との連絡がよくない。会議に来ていたWLに問いただすと、「ああ、彼は出世をして、いまは忙しい。でも、チームは検討を進めているよ」「じゃあ、なんで質問してこないんだよ」「ああ、Patrice が7月までいないからね」。ううむ、黄信号点滅。これからは、週一でメールでもメモ交換&それについての電話懇談、深夜でもiPhoneへの電話ならOKだからしてきてくれ、忙しいプロマネでなくWLとやるんだ、と調整する。やれやれ、これも外交だ。
東工大院生・加藤さんの論文を直していた。これは、惑星形成論というアウェイ分野だし、加藤さんはトコジョらしく英語が上手でないので、かなり手こずってきたやつだが、見通しがようやくついたのだ。原稿ファイルを送った返事に、やる気が落ちていたこと、神戸に2週間滞在して研究交流したので復活したこと、今後の見通しがついたこと、が書いてあった。やはり、議論して刺激を受けることは健全な研究遂行に必須だとあらためて認識する。なお、ただのD院生にすぎない(ものすごく優秀だとは思うけどね)を神戸に来て議論していったらと誘ってくれた佐野さん(阪大)の好意はすごいと思う。感謝するというより感心するという感じだ。