スタッフ出張報告

ワイン一杯100円未満
藤本 正樹

IAGAというのはどこかでUNにつながっている学会組織らしく、いろいろな場所で開催してその場所のサイエンスを振興するというミッションも帯びている。といことで、今回はハンガリーのショプロンに来た。藤本は第3分科会(磁気圏物理)の座長をやっているので、そうでなければのんびりと来た、あるいは、来る・来ないを選んでから来ただろうが、そういう気分ではない。
Copron

馴染みのウイーンから1時間とちょっと、ローカル電車に揺られてショプロン入りした時は強めの通り雨の状態。しかも、旧体制の雰囲気の残る、なんとなく暗い町並み。やれやれと思いながら傘を吹き飛ばされないようにホテルに到着すると、おおお、モスクワを思い出させる雰囲気。サウナ・プールはある、家具は学生寮のものみたい、朝飯はまずい、というアンバランスな町一番のホテルである。

夕方、町に出る。実は、ショプロンを紹介したNHKの番組をちら見したことがあって、ワイン酒場が魅力的だったことを覚えていたのだ。さっそく穴倉へと潜り込むような店を見つける。どローカルな雰囲気にのまれそうになるが、おお、黒板を見ると1リッター600フォリント=300円。なんでもありだなと強気になって、シャルドネとkekfrankos (ローカルの赤ワイン)を楽しんだ。

町は楕円形の中に500mほどの通りが3本、それで旧市街はおしまい。建物の基礎部は中世に起源をもつ。4m掘ればローマ時代の遺構にいきつくらしい。周辺の畑では50cm掘れば何かが出てくる、と骨董屋のオヤジが言っていた。その骨董屋は15世紀半ばからの建物にあった。17世紀のものと思われる建物の半地下にあった酒場がお気に入り。南フランスの田舎にこういう設定の町がよくあるが、雰囲気は似ている。

●「学会」の部分で印象に残ったことを羅列しよう

VS(ロシア)がダイポーラリゼション・フロントのデータを解析して、マルチ・スケール物理って叫んでいた。おお、さすがに面白いことには鼻が利く奴だ。まったく同じ視点で同じイヴェントをグラーツ連中とやって投稿していた(…ははは)ので、特にそう思う。面白くてやらなければいけないことなら新しいことでもチャレンジする、を大先生が実践していることは素晴らしい。

多点観測は、もはやモデル計算と比較しなければスタンダードに達していないと看做されるのかもしれない。で、たとえばグローバルMHDでいいと思う(本当にそうかは別だ)のであればCCMCにアクセスすればいいんだよね。MH、おめでとう、CCMCは成功だよ、これだけユーザーがついた(わかっているかどうかは別だ)のは大したもんだ。GTの大量データをSW・IMF条件で整理して統計描像をつくり、それが、同条件化でのグローバルMHDで再現できるか、という講演が複数あったように記憶する

上と矛盾する話をするが、PW(UCLA)が、尾部のプラズマ構造は15ReまでMHDでは再現できないね、という発表(そういう言い方はしなかったが)をした。ドリフトがここまで効く、さらに、dawn-flankからの供給も無視できない、対流だけでなく拡散も効いている、の3点が新しい(言われてみればそうだではある)こと。これも大量なGTデータの統計結果である。なお、この話でもそうだったが、specific entropy を計算して、値が違うから起源が異なる、なんて議論が結構見られた。いいのか?

YN(学振・UCLA)が、THM・ASIイメージから、サブストームのトリガーを理解してしまったかもしれない、とLL(UCLA)が宣伝していた(YNの講演は聞き逃した)。ふむむ、と思わせる動画ではあったが、さて?それを、オーロラと言えば、ということで生意気MSにメールしたら、私はASIは不便だから見ないとのお返事。メッセージが伝わっていないな。

RCMは面白そうだが、MHD(が正しいと言いたいのではない、外部磁気圏モデルと言う意味だ)といきなりつなぐのはどうなんでしょ?電場が運動で決まる世界と電場がマップされ運動がそこから決まる世界の、エンドメンバーをはっきりさせるという意味での二分法はわかりやすいが、だからと言って、その両極端をいきなりつなぐか?運動のタイム・スケールとアルフヴェン波が磁力線を往復する時間スケールとの比が制御パラメータだろう(RCMは静電近似に近いと言っている。たぶん正しいと思うが、一方でRCMについても他人の説明を聞いてもしっくりきたことがないことを正直に告白しよう。)が、ということはグレーゾーンがありありで、てゆ〜か、グレーが最も面白い領域のような気がしてくる。

IBEXの講演では、太陽圏境界に関してどの予想とも異なる結果が見え始めている、とのこと。異常宇宙線の起源に関して終端衝撃波という予想がはずれたこと(ヴォエジャー結果)と並ぶような結果が出てくるのだろう。

ヴォエジャーの成果をまとめて聞いた(IAGAでは Reporter's Review というセッションがあり、結構有益である)。印象は、データの質など60〜70年代の物理、でも「仕掛け」がおもしろいので興味はひく、一方で、このコンビネーション(「大きな話を適当に」)だからこそ楽しいという、ある種ネガティヴな方向へ引きずり込まれるリスク、そこで居心地よく適当にやっていけてしまう危険も感じた。
vin

●分科会会長として

分科会のビジネス会議を主催して、決議文の承認、次回のセッションなどを決めなければいけない。ばらばらと集まってがやがやとやる会議なので、英会話能力がなければ「何を言っているのかわからない人間が座長をやる」という悪夢となる。ヤツらは議論好きなので、今回でいえば、(1)決議文の議論で、「それって、お前のやってること(内部磁気圏の物理)を応援してくれってことだけど、どうなのよ?俺は俺のやっていること(オーロラ観測)のほうが大事だと思うぜ」と北米大陸某国内ライバル関係をむき出しにした議論が展開。(2)IAGAで本を出そうという議題で、「誰も読まない本に、原稿は書かないし、原稿の査読もしないし、本も買わないし、本を引用もしない」と、聞いてもいない意見を述べる。なんて、ことが起きる。

今回、会場側のミスで場所が確保されておらず、急遽準備した場所ではなかなかプロジェクタの設定が出来ないということがあった。まあ、ヤツらの腹が減る(予定では19時開始、実際は19:45開始だった)ぐらいでどうってことないんだが、会場係の対応が興味深かった。現場には学生バイトとそれを管理する女性(20代)がいて、携帯電話の先に技官がいる。現場の、学生バイトは携帯で指示を受けながら走り回って一生懸命に働く(集中管理方式になっていたので変則運用への切り替えはたいへんだったらしい)。管理者の女性も身をすくめるようにしている、が、何もしない。電灯を明るくしてよ、と言っても、いや、まずはこの作業を、と学生バイトの作業をおかんのように見守っている。とにもかくにも会議がスタートすると、学生は壁際で立っている。片づけがあるから居てくれるのはいいとして、後ろに座っていいよと言っても、いや、ここで立っていると言う。終わってからお礼を言うと、とんでもない、と学生が済まなそうにしている。そういう文化なのか?まるで韓国だ。

●日本語で社交する

日本人は俺一人という会合が多いので、国際会議で日本語で社交することは珍しい。今回は、今田+小笠原、篠原先生、笠原と飲んだ。何しろ、ワイン一杯100円未満だからね。

今田は、ハンガリーのタバコの箱に癌になった組織や流産した胎児の写真が貼ってあってたまらん、タバコを吸ったら死ぬよの警告なんてもんじゃあない、と言ってた。じゃあ、吸うな。

篠原先生は、今回、5年ぶりの新作で、かつ、ものすごい結果らしい講演をもってきていたのでご機嫌だった。あと一つだけ確認がとれれば、驚きの結果であることが確定する。ものすごい規模の数値実験結果である。わかったふりをして、小さな系で自由度を限定して、半分答えのわかっている計算をしている輩(ええい、誤解されるだろうことをわかった上で、こいつらのことを「東大クン」と呼ぼうではないか)には絶対に到達できない境地である。飲んでも、この話をしていた。オタクだからってことでなく、楽しいからだ。世界で初めての現象を見ているかも知れないウキウキ感。で、幸せに酔っ払った篠原先生、宿泊地のウイーンへと向かう電車で爆睡し終点で車掌に起こされたらしい。

笠原とはきっちり1リッターずつ飲んだ。でも、翌朝に残らなかった。そういうワインらしい。うまいか? う〜ん、飲みやすい、とは言えるが。ちなみに、めしはまずかった。

●帰国機内で執筆中

隣の席が空いていた。偶然ではない、マイルのおかげだ。往きもそうだった。やれやれと足を伸ばす。と、シートベルト・サインが消えた途端、ひとつおいて隣の白人男子が後ろにいきガールフレンドを連れてきて、隣に座ってもいいかと聞く。んなわけねえだろうがと思いつつ、可愛い日本人だったので許す。狭いし、B5サイズのPCでは前のやつが席を倒してきたら膝の上に置くしかない。A5のパナ、買おうっと。

<藤本 正樹 / 編集: 田中 健太郎>