スタッフ出張報告
刺激的な数日間@福岡
長谷川 洋
これまでに参加した中で最も刺激的な会議・研究会のうちの一つだった。参加したのは福岡で開催されたInternational Congress on Plasma Physics 2008。二年毎に開催されているらしく、今回はその14回目となる。日本で開催してくれるのはチャンスと思い、参加することにした。
なじみのある宇宙プラズマだけでなく、核融合プラズマ、天体プラズマ(中性子星、活動銀河核など)、加速器としてのプラズマ(航跡場加速)、医療への応用としてのプラズマ、プラズマクリスタル、などなど様々な基礎・応用プラズマ科学分野からの発表があり(宇宙プラズマはむしろ存在感がうすい)、自分にとっては非常に新鮮であった。プラズマには非常に幅広い応用例があり、そこでは単にプラズマ物理だけでなく、化学反応や相転移、輻射、素粒子物理などが複合的にからみあっていることを感じた。電子と陽子からなる高温無衝突プラズマ、という比較的純粋なプラズマ科学を観測的・実験的に扱っている我々宇宙プラズマのような分野はどちらかというとマイナーかもしれない。といっても我々の分野は地球惑星科学的な側面だけにとどまらず、ようやく物理の詳細な議論ができるようになってきたというところか。室内実験では多様な条件設定や診断が可能であり、人工衛星によるその場観測ではとても不可能な解析ができることをうらやましく眺めるも、粒子の速度分布関数が測定できるのはやはり我々の分野だけなのだな、と実感もする(プラズマクリスタルの分野では、粒子一個一個を撮像することができることを知ったが、低温のプラズマであり固体的な性質を示すという点で、我々の扱うプラズマとは大きく異なる)。
午前中の講演はすべて招待講演であり、各分野を代表したり最前線を走ったりしていると思われる研究者ら(僕自身は勉強不足であり、初めて名前を聞く人たちばかりである…)の内容的にもプレゼンテーションとしても質の高い講演が多い。感激すると同時に、「SGEPSSやAGUでもこのレベルの講演が多ければ楽しいのに」と思ったり、コンプレックスを抱いたりする。学部時代に物理に必要な数学が苦手で、理論物理分野に進むことをあきらめた頃に感じたようなコンプレックスだ。あらためて自分は理論をやれる頭脳はないなと実感する。しかしながら、ホテルでたまたまつけたテレビ番組で脳科学者の茂木健一郎が「(ホームではなく)アウェイの状態に身をおくと、脳は活性化される」と言っていたように、今回この会議に参加することで新たな刺激を受けたことは間違いない。毎回この会議に参加しようとは思わないが、海外で開催されるとしても2,3回のうちに一度ぐらいは参加したいものだ。
どこの分野でも似たようなもので、巨大プロジェクトというものは胡散臭いものが見え隠れする。プラズマの分野で巨大プロジェクトというのはもちろん核融合に関するものである。関連研究が始まってから数十年にもなるが、実用に耐えうる効率的かつ安全な核融合は実現するのだろうか? 実現時に核融合によるエネルギー生成は他の生成方法と比べて有用だろうか? 生成された膨大なエネルギーは最終的に何になるだろうか? トカマク、磁気ミラー、Stellarator、ヘリカル型、トロイダルピンチなど、自分にはその違いもよく分からない様々なタイプの核融合炉があることを知る。核融合研究の大先生とおぼしき人が、それぞれを比較して長所・短所を見極める必要があるというようなことを言う。どれも・誰も見捨てない物言い。どこかで聞いたような話だ。山の頂上に至るには様々な方向からのアプローチがあるということか。核融合科学の場合は山の頂上は明らかだが、はて我々の宇宙プラズマの分野で山の頂上とは? 折しもこの会議の開催中に、素粒子・高エネルギー物理学における超巨大国際プロジェクトLarge Hadron Colliderが始動したというニュース。
さて、僕自身は「Multi-scale structure of Kelvin-Helmholtz vortices detected at the Earth’s magnetospheric boundary」というタイトルでポスター発表した。3年以上も前に解析を始めたのだが、諸々の理由によりいまだに論文にまとめることができていない内容である。今回の発表に際して会議の直前から論文原稿を書き始めたのだが、データ解析研究というのは不思議なもので、論文をまとめだしてから新しい解析のアイデアを思いついたりすることがよくある。今回も福岡への出発当日の早朝にすべき詰めの解析を思いつき、福岡のホテルでプログラムを走らせたのだった。すでに印刷済みのA0ポスターの図の間違いに気づいたのも福岡で原稿作成にむけて図を熟視していた時だった(すでに時おそし…)。文章化により内容を整理してみることの必要性と、現役の研究者でいることの重要性とを再確認した瞬間だった。
自分のポスターに来てくれた外国人は3人だけだが、どういうわけか著名人ばかりだったようだ。C. Uberoi(インド人のおばちゃんであることを初めて知った。長谷川という名前につられて来たか? よく感じることだが、長谷川 晃先生のネームバリューは絶大である)。Hantao Ji(磁気リコネクションや降着円盤の室内実験で有名。日本語を話せるはずなのにずっと英語で議論することになった。隣の羽田先生のポスターや他の日本人のポスターでは日本語で話していたのに)。F. Doveil(僕はたまたま彼のポスターを見たのだが、丁寧に説明してくれ、内容も面白かった。そのせいか僕のポスターを見に来てくれた。ある口頭発表セッションの座長をしていたり、PRLにいくつも論文を出していたりと、著名人らしき気配を感じた。フランス人の非線形プラズマ実験屋か)。
この会議を参考にしたらよいと思ったものの一つは、アブストラクト集である。SGEPSSやAGUのアブストなどまともに読む気にならないし、読んでも有用な情報が入っていると思うことはまずないのだが、この会議のアブスト集は情報源になると感じている。すでに出版された研究内容について発表していることが多いからなのかもしれないが、アブストラクトに参考文献を列挙することが推奨されており、気になった発表について引用文献を読んでみようかという気になっている。
内輪で話題になったのが、プラズマ物理の教科書で臨界マッハ数の話などでも出てくるR. Z. Sagdeevの発言。僕はその場にいなかったのだが、招待講演で彼は「宇宙プラズマの分野は、もう飽和状態にあり、将来がない」というようなことを言ったらしい。九大のM清さんらには、その場にいなくてよかったね、などと言われたものだが、ある分野で著名になった研究者がその分野の研究をしなくなったり退官したりする頃にこういうことを言うのはどうやらよくあることのようだ。Garchingのマックスプランク研究所のグループの解体・消滅に関与したと聞くHデル、「いまだにサブストームの研究をしている人がいる」というようなことを言うI島先生、などなどである。著名人が将来のある(ない)分野だと言うからその分野の研究をする(やめる)のが一流の研究者なのだろうか。
追記:
1.福岡のもつ鍋はとても美味かった(誘ってくれた松清さんに感謝)。
2.梅が枝餅は梅の味はしないがなかなかイケる(そうだ、大宰府に行こう)。
3.博多ラーメンの細麺はコシがなさすぎる(僕の好みではない)
。
4.ちゃんぽんは逆に太くてコシがありすぎる(博多の細麺よりは好み)。