BepiColombo

日欧共同国際水星探査計画 BepiColombo

現在進行中の国際水星探査計画BepiColomboの紹介、開発担当者の生の声をお届けします

ミッション概要,水星の謎

〜 国際協調,そして研究者との議論の中で 〜 (話: 藤本正樹)

〜 開発段階での協力体制について 〜 (話: 早川基)


ミッション概要


interview
( JAXAインタビュー 『水星探査で地球の起源と進化を解明』 にリンク )

水星は、様々な意味で奇妙な惑星である。その謎はそれを周回する探査機によって解明されるべきものであるが、水星の太陽からの距離は、「灼熱環境」 と「軌道投入の困難さ」を意味する。事実、これまでに水星に近づくことができた探査機は、30年近く前の米国マリナー10号 (1974-5) だけであり、水星のそばを通過した短い期間に得た僅かなデータだけが、手がかりであった。

国際水星探査計画「ベピ・コロンボ(BepiColombo)」(*)は、水星の磁場・磁気圏・内部・表層を初めて多角的・総合的に観測する、日欧(JAXA-ESA)初の大型共同宇宙科学プロジェクトである。(ESA: European Space Agency)
[* マリナー10号の水星遭遇軌道を提案したイタリアの天体力学者ジュゼッペ・コロンボ氏にちなんでいる。]

★ このプロジェクトの主目的は、以下の2つである。

1. 微弱ではあるが固有磁場を持つ水星の磁気圏の詳細観測を行い、人類にとって未知のパラメータ領域における宇宙プラズマ物理学の知見を獲得する。

2. 巨大中心核という特異な構造の惑星内部と表層の詳細探査から、内部太陽圏における惑星形成過程に迫る。

★ この目的を達成するために、ベピ・コロンボ計画は2機構成である。

1. 水星磁気圏探査機(MMO): JAXAが開発と運用を担当。磁場・磁気圏観測に最適化された、スピン制御・楕円極軌道の探査機。

2. 水星表面探査機(MPO): ESAが開発と運用を担当。表面・内部観測に最適化された、3軸制御・低高度極軌道の探査機。

MMO MPO
左図: 水星磁気圏探査機(MMO) [京大生存圏研提供]
右図: 水星表面探査機(MPO) [ESA提供]

両探査機は、一体として2013年に「ソユーズ・フレガート2B」ロケットで打ち上げられる。2019年に水星軌道到達した後には、分離して別の周回軌道に入り観測活動を行う。つまり、水星環境に関して2点で同時に観測を行うようになる。これは、太陽活動の下、大きく変動する水星大気・周辺宇宙空間のダイナミクスを把握するのに、たいへん優れた手法である。

 orbit
図: MPO, MMO, MESSENGERの軌道

水星の謎

これまでに得られた情報は僅かであるにもかかわらず、水星の驚くべき特異性を示している。

1. 内部構造の謎

 mercury mass
図: 地球型惑星の半径と密度の関係[Courtesy: BepiColombo Study Report]

水星は、ずば抜けて高い密度(5.43g/cm3)で知られる。地球型惑星では、平均半径と密度との間に一定の関係が成り立つ(右図)が、水星は高密度側に大きく外れる。これは、質量の約70%を占める巨大な中心核が存在するためである。この内部構造は水星の形成過程を反映し、すなわち太陽系形成期の内部太陽圏の様相を物語るはずである。

2. 未観測地域が残る水星表層

 
図: Mariner10が撮像した水星表面。裏側は未撮像。[Courtesy: NASA]

水星の表面は一見、月に似ている。しかし、「高地と海の差があまりない」、「火山性平原があるのに火山跡が無い」など、説明がつかない謎が多い。また、それら観測された地域は水星表面の半分以下に留まる上、鉱物化学組成は未知である。一方、地球からのレーダー観測は、「巨大火山跡」や「極域クレーター底の氷」など、興味深い構造を示唆する。

3. 磁場の存在

 
図: 水星の内部・表層・磁場・磁気圏 [提供: BepiColombo-ESA homepage]

惑星に固有磁場があることは自明ではない。惑星磁場は、その内部にある核で溶融鉄が対流し電流を駆動すること(ダイナモ)に起因すると考えられ、実は、複雑な物理過程の結果である。同じ地球型惑星でも金星には固有磁場が無く、火星も地殻に残る痕跡から太古において磁場を有していたことが知られるが、現在は非磁化惑星である。では、なぜより小さく、ダイナモがより期待できない水星に磁場があるのか?水星内部には、磁場を作るために必須である溶けた核があるはずだが、それはいかに維持されているのか?

4. 宇宙プラズマ物理における未知の領域

 
図: 水星の磁気圏 [Kallio and Janhunsen, 2003]

水星の磁場は微弱ながらも、太陽から噴出する超音速の電離ガス流(太陽風)をせき止め、小さな磁気圏を構成する。この最小スケールの磁気圏を支配する物理法則は何なのか?そのサイズがゆえに、電磁流体力学を基本として組み立てられてきた宇宙プラズマ物理学が水星磁気圏には適用できず、人類が宇宙空間のプロセスを普遍的に理解していく上での重要な新しい知見を提供する。また、内部太陽圏における高エネルギー現象の観測も稀有であり、貴重である。

5. 希薄な大気の振る舞い


図: 水星ナトリウム大気分布。図の右が太陽方向。ナトリウム大気は太陽光による放射圧を受け反太陽方向に吹き流される。 [東京大学理学系研究科, 東北大学理学研究科]

水星特有の要素のとして、水星表面に太陽光・太陽風・磁気圏イオン・ダストなどが衝突した結果、表面の物質がたたき出されて出来る希薄な大気がある。大気は希薄であるがゆえにガス粒子同士が衝突しない状態にあって、水星半径の数倍にまで広がっている。そして、その量・分布は一日程度で大きく変動することが明らかになってきた。この奇妙な大気の構造・組成変動と生成消失過程の解明には、太陽風・磁気圏活動との同時かつ継続的な観測が必要である。 また、組成の解明は水星の歴史の解明にも必須である。

これからの日本,そして日本人が国際的舞台でその存在価値を見いだす為には,何が必要でしょうか?

fujimotomasaki 藤本正樹 (FUJIMOTO, Masaki)

(写真: 海外出張中でも常に考え続けている藤本先生)

国際協力

ベッピ・コロンボは日欧(JAXA-ESA)の国際共同計画である。欧とあるのは、文字通り、ESAに加盟する欧州の国々のことを指す。水星のように困難なターゲットにおいて総合的な探査を行おうとすると、国際協力はたいへんに有効な手段である。計画開始当初は国際調整にともなう煩雑さなどのネガティヴな部分が指摘されることもあったが、今や日欧の惑星探査分野おいてはベピ・コロンボ−スキームと呼ぶべきノウハウが集まりつつあり、人的なつながりと言うソフト面も含めて、さらに将来の、これまたチャレンジングな木星総合探査計画の立案においても活用されている。

NASAもメッセンジャーという水星探査計画を実行中である(2004年打ち上げ、2011年水星到着)。水星到着という意味ではメッセンジャーのほうが先であり、このことが、ベピ・コロンボの価値を失わせるかのような誤解はしばしばあるが、これは間違いであることを明確にしておくべきであろう。観測機性能や軌道を見て明らかであるようにメッセンジャーは偵察的な探査を行い、その後ベピ・コロンボが本格的な探査を行う。このことは双方の研究者において認識されており、例えば、2008年1月以降に行われるメッセンジャーの水星フライ・バイのデータは、ベピ・コロンボ観測機器の最終調整において大いに参考となるであろう。

水星は未知の惑星であるが、だからと言って2019年の探査機到着までただ待つというのも芸がなく、今のうちからできるだけ頭を絞ろうということで国際ワークショップ(WS)や国際学会におけるセッションが開催されつつある(多くはメッセンジャー・チームとの共催である)。2006年6月にスイス・国際宇宙科学研究所(ISSS)で開かれたWSでは、数少ない先行研究のレビュー、問題点の洗い出し、新しいアイディアやモデルの提示が行われ、それらをモノグラフにまとめて刊行するという作業が行われたが、これはたいへんにしんどいものであった。磁気圏分野に関して言えば、地球での知見やモデルを基に、スケールの相違や惑星大気の様相の違いを考慮して、水星磁気圏ではこうだ、と予想しなければいけない。しかし、宇宙プラズマ現象がいかに複雑なものであるのかを普段の研究で身に沁みて感じており、かつ、理論と豊富なデータとの相互参照の中から知見が確立されるという分野の文化もあって、普段の研究とは異なる心構えが要求された。磁気圏での充実した「その場」観測を基に知見を組み立て行くスタイルの価値と、それが定着していることをあらためて確認するとともに、将来的に宇宙プラズマの普遍的な体系を構築していく途上では今回のようなハードルは常に現れるわけで、そこで研究スタイルの建設的な修正をどのように行うべきかという課題を予見したということもできるだろう。

海外研究者との議論

ベピ・コロンボは国際共同ミッションなので、海外の、特に欧州の研究者と議論しながら仕事を進めていくことになる。ニホンジンはそういうことが苦手だから大変だろう、というのが大方の見方ではないだろうか。出来れば国際共同はやめておきたい、と思うのが普通なのではないか。しかし、今後、必要とされるミッションの規模や難易度を考えると、宇宙科学・惑星探査分野において国際協力は必須である。したがって、ベピ・コロンボの機会において国際共同の方法を、学び、慣れ、使いこなすことが求められている。

議論は英語で行う。だから、英語が話せなければいけない。では、英語がうまくなければいけないのか。わかりやすい英語である必要はあるが、流暢である必要は必ずしもない、というのが経験に基づく印象である。わかりやすいコメントとは何か。一発必殺の、短く要領よく、大事なことだけを言うことだと思う。ニホンゴの会議だと、ああだこうだと茶々を入れて会議に参加しているかのように誤解をする御仁を見かけるが、全く無意味だし、こういうニホンゴ独特の構文は英語にはならない、つまり、意味不明(もともと意義不明なんだが)の線香花火コメントで終わるだけだろう。国際共同においては、信頼、存在感、そして発言力は、勝ち取るものである。議論の流れを見きわめ、タイミングを見計らい、よく考えられた建設的なコメントを短くする、これに勝るものはない。ニホンゴでも同じなはずだが、居酒屋文化が会議室にも沁み込んでいることは残念だ。

ただ、欧州勢との共同で居心地がよいのは、きちんと仕事をする人間であれば、少々要点がぼけていても前向きにコメントを汲もうとする雰囲気のあることだろう。そして、少なくとも宇宙プラズマ分野においては、日本のグループは仕事ができる、という「風評」をGeotailミッションとそれに関連する解析・理論研究の成功において勝ち得ている。今後求められることは、この資産を活かし、より大きな夢の実現へとつなげていくことである。

一発必殺のコメントをする能力もきちんと仕事ができるという評判も、結局は、普段から如何に本気で考え行動し、如何に人と建設的な議論(居酒屋談義ではない)をして人を説得する経験をしているかの反映である。これからの夢の実現のためには世界のコミュニティーにおける存在感が必須であり、それは確保されているのものではなく、維持し続けていかなければいけないものである。したがって、大学院生からリーダー格までの全ての研究者層においてこのことを自覚し、それぞれの層において真にやらなければならないことを意識し、普段から建設的な議論とそこから引き出されるアクション・アイテムを確実に実行していくことが、よりシビアに求められているのである。井の中の蛙に未来はない。
(藤本正樹)

これまでの惑星探査を踏まえ,BepiColomboでの機器開発段階で特に腐心した所はどこですか?

hayakawahajime 早川 基 (HAYAKAWA, Hajime)

(写真: 昼休みでも常に考え続けている早川先生)

BepiColomboでの協力

水星は環境が厳しい事と、いくのに多大なエネルギーが必要なため惑星形成論の観点からも宇宙プラズマの観点からも非常に面白い対象でありながら、マリナー10号以来直接探査がされていませんでした。

水星には何故磁場があるのか、大気のない磁気圏で一体どのような現象が起きるのか?マリナー10号のデータを見ると地球と似た現象が起きているように解釈をしたくなるが、よくよく考えるとそれはありそうに無い。では一体何が起きているのかということを解きたいというモチベーションで日本では1990年代の後半に宇宙プラズマのグループが中心となって水星の磁気圏探査の計画を立てました。その当時は打ち上げロケットの問題などがあり、具体的なミッション提案をする前の段階で検討を中断しました。ミッション提案は出来ませんでしたが、それまでの検討の結果をいろいろな国際学会で発表をし、日本の研究者は水星の探査に非常に興味を持っており、まじめに検討をしているということを発信していました。その時検討されていた計画は現在のBepiColombo計画におけるMMO(日本が製作する磁気圏探査を主目的とした探査機)にほとんどそのまま反映されています。

我々の検討はESAおよびヨーロッパの研究者の目に留まり、ESAのコーナーストーンミッション(3-4年に一度程度の大型ミッション)としてBepiColombo計画を提案しようとしていた時に日本に対して国際協力で進めないかとの声がかかりました。これには検討結果を学会発表していたことも大事ですが、それまでの「あけぼの」、GEOTAILでの実績が、日本のコミュニティーの実力として国際的に評価されていた事が大きかったと思います。この結果1999年の秋から協力してミッションの計画を進めてきました。

当初は1機のSoyuz/FregatでMPO(ESAが製作する主として固体惑星に関係した観測を行う衛星)を打ち上げ、もう1機でMMOと着陸機を打ち上げる事を検討していましたが、プロジェクト総額を減らす必要が出た時点でコストパフォーマンスの悪さ(2週間程度しか寿命が期待出来ないのに膨大な開発費が必要)、開発に関する危険性の大きさ(ESAもJAXAも着陸機を作った事がない)から着陸機はキャンセルされ現在の形態(MMO,MPO,クルーズモジュールを1機のSoyuz/Fregatで打ち上げる)に落ち着きました。

共同で検討を始めて以来、年間4度程度ESAのシステムグループと宇宙研(途中からJAXAに組織変更)のシステムグループの会合をもっています。この間問題なく協力関係が進んできたかというとそれ程現実は甘くなく、ESAという従来までの宇宙研とはまったく異なるある意味官僚的機構が相手という事で、お互いの考え方の違い、プロジェクトの進め方の違いから会合の途中で机をたたいて退席しようかという事もありました。

しかし、段々にお互いの人柄も組織上の制限等もわかるようになり、本音の話が出来るようになって来たおかげで、近年はわりにスムーズに進む様になって来たと思います。ただ今でもお互いの間の了解の違いからもめる事はあります。そういう時はまずお互いの言いたい事を言い合い、その上で「とは言ってもお互い自分たちの主張を繰り返すだけでは問題は解決しないから双方で協力して解決案を探そう」という風にしています。国際協力(に限った事ではありませんが)において「自分(達)の主張すべき事はきちんと主張をする」事と「自分の主張だけに固執するのでなく、現実的な落とし所を考える」事は協力を円滑に進めるために重要な事だと思っています。

MMOの開発に当たり苦労をしている事はやはり「水星は熱い!」という事です。重量・電力しても最終的には高温環境にどう対応するか、どうやって温度を下げるかという事と密接に関連しており、結局「熱に始まり、熱に終わる」というのが偽らざるところでしょう。

BepiColomboは打上げまでに6年、観測を開始するまでには12年あり、先がまだまだ長いミッションですが、振り返ってみると日本が独自ミッションとしてMMOの前身の検討を開始してから既に10年はたっているので、過ぎてしまえばあっという間と感じるかもしれません。

メッセージ

フライトモデルを製作するための詳細検討が来年初頭から開始をされます。この為、BepiColomboの機器開発に限ってしまうとハードウェアに関して新たなアイディア等の貢献をこれからするのは難しいと思います。ただし、機器開発はBepiColomboが終点ではなくその先も続けていかなくてはならないものですから、Bepiに参加する事で現状の最先端の技術にふれ、可能な事・現状の限界を学び、その先をどうしたら良いかを考えて行く事になるかと思います。また、機上で使用するソフトウェアに関しては観測器が生成する膨大なデータから重要な情報を残し地上に送信するために、データの選択・圧縮をどうするのがよいか等、これから開発をしなくてはならない部分が多々あるのでこの方面での貢献は期待しています。

この重要な情報をどうやって取捨選択するかという事に関していうと、どういう現象が起きているか、どういうセレクションが有効かという観点からはシミュレーションによる予想、地上観測による現象の解析は大事でしょう。地上観測、シミュレーションどちらも「Bepiではどういう観測が予想される」からデータのセレクションは「どういうセレクションを行う事がサイエンスアウトプットを最大に出来るか」という事を考える上で今後の数年間が非常に大事になると思います。
(早川基)

(執筆: 藤本正樹・早川基, 編集: 亀田真吾)