ジオスペース探査衛星 ERG (Exploration of energization and Radiation in Geospace)

観測的研究の立場から (名古屋大学: 三好由純)

シミュレーション研究の立場から (東北大学: 加藤雄人)

観測器開発研究の立場から (ISAS: 笠原慧)


ERGミッションについて:

(目的)
地球近傍の宇宙空間であるジオスペースには、メガエレクトロンボルトを越えるエネルギーを持つ粒子が多量に捕捉されている放射線帯(ヴァン・アレン帯)が存在しています。この放射線帯に存在する相対論的なエネルギーをもつ電子は、太陽風の擾乱に起因する宇宙嵐にともなって生成と消滅を繰り返しています。この相対論的なエネルギーをもつ電子がどのようにして生まれてくるのか、また宇宙嵐はどのように発達するのかを明らかにするのが、ERGミッションの目的です。
ERG
図:ERG衛星と放射線帯.

(ミッションのねらいと特徴)
ERG衛星は、多くの宇宙嵐が起こると考えられている第24太陽活動期の極大から下降期にあたる2015年度の打ち上げを予定しています。相対論的な電子の加速が起こっていると考えられているジオスペースの赤道面付近で、プラズマ総合観測を行います。放射線帯の相対論的な電子の加速を理解するためには、放射線帯のメガエレクトロンボルトの電子の観測だけではなく、6桁以上低いエレクロンボルトのプラズマまでをカバーするように、エネルギー方向に連続的に観測する必要があります。また、プラズマの波の波形観測も重要です。実は、このような総合観測は、ジオスペース赤道面ではほとんど行われたことがありません。それは、放射線帯のエネルギーが高い粒子のために、低いエネルギーのプラズマ/粒子の観測がとても難しいからです。後述のように、ERG衛星では、新たに開発した機器を搭載して、放射線帯の中でのプラズマ総合観測の実現を目指しています。
observation and simulation
図:(左)あけぼの衛星が観測した放射線帯の一部.過去の観測では外帯の赤道面付近をカバーできていない.(右)放射線帯の概念図と後述の数値シミュレーションで切り取ってみている空間.

(三位一体プロジェクト)
このように、ERG衛星は、放射線帯の中での詳細なデータを観測しますが、 広大なジオスペースの中での一点です。宇宙嵐の発達や、その中でダイナミカルに変化す る放射線帯の理解のためには、一点だけではなくジオスペース全域で何が起きているのか を把握していく必要があります。近年、太陽地球系科学(STP)分野においては、地上に 展開された磁力計やレーダーなどがネットワーク化され、電離圏でのプラズマ流速や電流 構造、さらにはオーロラ発光などを面的にとらえることができるようになってきました。 この電離圏での面的な観測から、磁力線を介してつながっている宇宙空間のプラズマ流や 磁場変動、粒子分布などをリモートセンシングすることができるのです。ERGプロジェク トでは、このような地上からのジオスペースリモートセンシング観測とERG衛 星との詳細観測とが連携して、ジオスペースのダイナミクスを総合的に理解しようとして います。このジオスペースのリモートセンシング研究のために、連携地上観測チームが活 動を行っています。また、多様なデータを組み合わせながら総合的に理解するためには、 様々なデータをシームレスに解析できるツールが必要となります。さらには、観測データ とシミュレーションとを組み合わせて現象のメカニズムを詳細に理解していくことも重要 です。ERGプロジェクトでは、総合解析・モデリングチームとERGサイエンスセンターに よって、各種ツール群やシミュレーションコードの開発がおこなわれています。このよう に、ERGプロジェクトは、衛星観測、地上観測、シミュレーション総合解析の三チームが 一体となって進んでいるのです。
trinity
図:ERGは衛星・地上・シミュレーションの三位一体プロジェクト.

(海外計画との連携)
さて、ERG衛星が打ち上げを予定している第24太陽活動期には、米国やカナ ダ、ロシアなどによっても放射線帯の衛星観測が計画されています。このように、ジオスペースを複数点の衛星によって同時に観測できる機会は、とても貴重です。そのため、各 国の衛星計画の間で情報の交換を進め、協同してジオスペース研究を推進していく議論が 行われています。

(社会との関係)
放射線帯の高エネルギー粒子は、人工衛星のコンピューターの誤作動や帯電、さらには 宇宙飛行士の被ばくを引き起こすなど、人類の宇宙活動にとってやっかいな存在でもあ り、ジオスペース変動の予測を行う「宇宙天気予報」研究の中でも最重要課題の一つで す。ERGプロジェクトによって放射線帯の高エネルギー粒子の加速過程の理解していくこ とは、そのまま予報の基礎研究につながっていくのです。

(将来のSTP研究に)
放射線帯は、地球だけでなく、水星以外の太陽系のすべての磁化惑星に存在することが 知られています。また、相対論的な電子の加速は、惑星の磁気圏だけではなく宇宙で普遍 的に起こっている現象です。ジオスペースは、人工衛星によるその場詳細観測によって、 相対論的な電子の加速の直接観測が可能な領域です。ERGプロジェクトによる粒子加速 研究の成果は、そのまま宇宙における粒子加速の理解につながっていくのです。また、 ERG衛星では、強放射線環境下でも動作する計測装置の開発がおこなわれま す。ERGプロジェクトで実現される観測技術は、将来に行われる木星などのより放射線環 境が苛酷な領域における探査につながっていくのです。
(文: 三好 由純・みよし よしずみ,名古屋大学)

 

観測的研究の立場から語るERGミッション

内部磁気圏ミッションERGではどんな観測的研究をしますか?

ERGプロジェクトでは、放射線帯の相対論的エネルギーの電子加速過程と、宇宙嵐時の ジオスペース変動の理解をめざしています。相対論的な電子加速メカニズムには、現在、 「外部供給説」と「内部加速説」と呼ばれるふたつの考え方が提案されており、どちらが 放射線帯電子の増加に支配的かは決着がついていません。このために、放射線帯の赤道面 付近において、エレクトロンボルトからメガエレクトロンボルトにわたる広いエネルギ ー帯のプラズマ/粒子を精密に計測する必要があります。また、これらの二つの説では、プ ラズマの波が粒子と相互作用を行うことによって、電子の増加が起こることが考えられて います。このプラズマの波は、周波数数ミリヘルツの低周波波動から数十キロヘルツの高 周波波動までが関与することが考えられており、広い周波数帯域において電界と磁界を観 測することが必要となります。これまでは、放射線帯の強い放射線環境に阻まれて、この ような総合的な観測を行うことができなったので、電子の加速メカニズムの詳細はよくわ かっていませんでした。ERGプロジェクトでは、新たに開発する観測器も含めて、この広 いエネルギー帯域のプラズマ粒子と広い周波数帯の電界と磁界の連続観測を、放射線帯赤道面ではじめて実現します。さらには、地上の観測データやシミュレーションのデータも 組み合わせた総合的な解析を行うことによって、電子加速のメカニズムを明らかにしてい くことを目指しています。
akebono_Lt

図:あけぼの衛星で観測した相対論的電子の増減と嵐の強さを示すDst指数.

内部磁気圏研究における観測的研究の難しさ,面白さはどんなところにありますか?

ERG衛星では、広いエネルギー帯域を連続して計測することを目指していま すが、これは容易なことではありません。エネルギーの低いプラズマ/粒子を観測する際 に、エネルギーの高い粒子も計測器にいっしょに飛び込んでくるために、その計測を難し くしているのです。ERG衛星では、数十keV帯のエネルギーを計測する中間エ ネルギー電子分析器、中間エネルギー電子分析器を新たに開発し、世界ではじめて放射線 帯の中心部での広いエネルギー帯域の連続観測を実現しようとしています。

内部磁気圏の研究のおもしろさの一つは、「エネルギー階層間結合」と呼ばれる異なる エネルギー階層のプラズマ/粒子群がプラズマ波動を介して動的に結合して、粒子加速も 含めた系全体のダイナミクスを作り出していく点です。たとえば、放射線帯のメガエレク トロンボルト電子の加速メカニズムの一つである内部加速では、ホイッスラーモードと呼ばれる プラズマ波動がその主役を担います。ホイッスラーモードの波動自身は、数十キロエレクトロンボルト 程度の電子が持つプラズマ不安定性によって生起すると考えられています。また、生起し たホイッスラーモードの波動は宇宙空間を伝搬しますが、その伝搬には数エレクトロンボルト以下の冷 たいプラズマが大きく関わっています。このようにプラズマ波動を媒介として、様々なエ ネルギー帯のプラズマ・粒子が協同して加速に関わっていくのです。このようなエネルギ ー階層間結合が発動している様を、観測によって明らかにしていくのが、内部磁気圏研究 の醍醐味です。 また、内部磁気圏の電場や磁場の変化は、磁気圏と電離圏との電磁気的な結合が大きな 役割を果たしています。磁気圏のイオンが作り出す電流が電離圏に流れ込み、電離圏の 電位構造を変形させますが、この電位の変化はそのまま磁気圏に投影されます。したが って、磁気圏のイオンの分布を理解するためには、この磁気圏-電離圏結合システムを総合 的に理解していく必要があります。このような領域間結合がどのようにダイナミクスを形 作っていくのかについて、人工衛星や地上観測のデータを組み合わせながら理解していく のも、内部磁気圏研究のおもしろい点の一つです。

ERGにおける観測的研究は, その先/周囲の惑星磁気圏プラズマ研究・ミッションとどう繋がっていきますか?

放射線帯は、水星以外のすべての磁化惑星で存在している普遍的な構造です。つまり、 太陽系の様々な惑星で相対論的なエネルギーをもった粒子の加速が常に起きていることに なります。地球の放射線帯では、その場観測にもとづく詳細な研究や、他の衛星や地上の 観測とも組み合わせた総合的な研究も可能なため、提唱された様々なアイデアを観測によ って実証することができます。地球の放射線帯の研究から得られた新しい知見は、他の惑 星やさらに遠い天体での高エネルギー粒子加速の理解をさらに進めていくことにつながる のです。

 

シミュレーション研究の立場から語るERGミッション

内部磁気圏ミッションERGに関連してどんなシミュレーション研究をしますか?

計算機シミュレーションには、マクロスケールの現象を取り扱うMHDシミュレーションと、ミクロスケールの現象を扱う運動論的シミュレーションとがありますが、ここでは後者の運動論的シミュレーションを取り上げます。 運動論的シミュレーションとは、個々のプラズマ粒子の運動を運動方程式を解き進めることで表現し、同時に粒子運動が作り出す電流を用いて、マクスウェル方程式を解くことで電磁場の時間・空間発展を記述する手法です。マイクロ秒の世界を計算機上に再現するシミュレーション研究は、直接観測では時空間分解能の制約のため捉える事の出来ないプラズマ波動・粒子間の相互作用を詳細に把握することができます。内部磁気圏を対象とする運動論的シミュレーションの格好のターゲットの一つが、ERGプロジェクトの大きなターゲットでもある、相対論的エネルギーを持つ放射線帯電子が作り出される物理過程の解明です。放射線帯電子の加速過程では、宇宙嵐時に内部磁気圏で強く励起するプラズマ波動が重要な役割を担うと考えられています。運動論的シミュレーションでは、内部磁気圏の赤道面付近でプラズマ波動が励起され、同時に相対論的電子が加速される様相が、計算機上で再現されています。 その一方で、計算機資源の制約から、物理過程のモデル化において様々な近似が用いられます。これらの近似は、現実の磁気圏環境で常に成立するものばかりではなく、観測研究の成果を説明する為には、より現実に近いシミュレーション研究が必要とされています。年々向上する計算機性能と新たに提案されているシミュレーション技法は、シミュレーション研究をさらに一段高いステージへと引き上げるに十分な環境を構築しつつあります。現在考え得る最高の精度・最良の時空間分解能でERGがもたらす観測結果は、シミュレーション研究が予見した物理素過程の正確さを証明するものになるか、それとも全く予想しなかった物理過程を現すか。観測結果がもたらされる日を心待ちに、運動論的シミュレーションに改良を重ねて、相対論的電子を作り出す素過程の解明に挑みます。

内部磁気圏研究におけるシミュレーション研究の難しさ,面白さはどんなところにありますか?

内部磁気圏での波動粒子相互作用には、様々なエネルギーレンジのプラズマが深く関わります。プラズマ波動の媒質となる低温・高密度の背景プラズマ、プラズマ波動のエネルギー源となる熱的プラズマ、さらに、放射線帯を形作る相対論的プラズマが挙げられます。内部磁気圏ではエネルギーレンジの異なるプラズマは、それぞれ異なる挙動を示すことが知られていますが、加えて宇宙嵐時は背景磁場も太陽風の状況に応じて大きく形を変え、その影響はすべてのエネルギーレンジのプラズマ粒子ダイナミクスに現れます。 ジオスペース最大の変動現象である宇宙嵐。ダイナミックに変化する磁気圏環境下でも、理論に矛盾無く発現するプラズマ物理素過程を、いかにシンプルなモデルで記述し、物理過程を理解していくか。シミュレーション研究の結果は、観測研究により示される観測事実を説明すると同時に、観測では捉えられない物理過程の詳細を明らかにします。また、プラズマ波動・粒子間相互作用の物理素過程を理解する事は、内部磁気圏に限らない宇宙プラズマ素過程の根源的な理解にも繋がります。未解明の物理過程をシミュレーションにより再現し理解できた時の感動は、シミュレーション研究の醍醐味です。
sim2
図:シミュレーションで得られる電子と波動のデータ.(上)磁力線に沿った距離(横軸)に対する電子のエネルギーの関係.白抜きの点から塗りつぶされた点に向かって電子が動く.もともと持つエネルギー(白抜き点でのエネルギー)によって,加速を受けるのが赤道に向かうとき(青軌道)なのか,赤道から離れるとき(赤軌道)なのかが異なる. (下)時間(縦軸)とともに波動強度(色)の高い塊が赤道から離れていく(コーラス放射が高緯度へ伝播していく)様子がわかる.

ERGにおけるシミュレーション研究は, その先/周囲の惑星磁気圏プラズマ研究・ミッションとどう繋がっていきますか?

放射線帯電子を作り出す過程で重要な役割を担うプラズマ波動は、PC5波動と呼ばれるULF帯のMHD波動と、VLF帯のホイッスラーモードの波動(コーラス放射)が知られています。 コーラス放射は、固有磁場を有する惑星の磁気圏内で普遍的に存在するプラズマ波動であるとされ、地球の他、木星、土星、そして天王星でも、コーラス放射の存在が確認されています。シミュレーション研究の成果は、コーラス放射の生成過程それ自体が、相対論的電子を生み出す過程であることを明らかとしました。すなわちコーラス放射の存在は、まさにそこで相対論的電子が作り出されていることの証拠でもあるのです。惑星個々の多様な磁気圏環境のもとで、コーラス放射の関わる物理過程がどのような役割を果たしているか。ERGにより明らかとされる物理素過程は、惑星磁気圏での相対論的電子加速過程の理解にも大きく貢献することが期待されます。
(文: 加藤 雄人・かとう ゆうと,東北大学)

 

観測器開発研究の立場から語るERGミッション

内部磁気圏ミッションERGのためにはどんな観測器の開発研究をしますか?

ERG衛星には,(数え方にもよりますが) 8台の観測機器を搭載します. その内,荷電粒子のエネルギーや飛来方向を計測する機器が6台,電磁場計測器が2台です.荷電粒子の計測器だけで6台もありますが,それぞれ観測するエネルギー帯が異なっています. 低い方はエレクトロンボルト域,高い方ではメガエレクトロンボルト域をカバーします. これらの観測器の多くは国内で開発され, 一部が海外から提供されます. ERGミッションの最大の目的は放射線帯高エネルギー電子(メガエレクトロンボルト以上)の 加速と消失を理解することですが,そのためには高エネルギー電子のみを観測するのでは不十分です.加速・消失プロセスには幅広いエネルギーレンジのプラズマや, 幅広い周波数帯の電磁場が寄与するため,これだけ多くの観測器が必要なのです.私自身は,このなかで中間エネルギーイオン分析器と中間エネルギー電子分析器を開発しています. ここで中間エネルギーというのは10-200keV程度をさします.このエネルギー帯のイオン, 電子は放射線帯高エネルギー電子の加速・消失に深く関わっていると考えられていますが, これまで観測データが乏しく,定量的な議論は不十分な状態です. そこで私はこれまでの分析器とは一線を画す新しい観測器を開発し, それをERG衛星に搭載すべく日々開発を進めています
MEP-i
図:中間エネルギーイオン分析器のテストモデル断面図(図はワイエスデザイン提供).

内部磁気圏研究における観測器開発研究の難しさ,面白さはどんなところにありますか?

内部磁気圏においてプラズマ粒子観測を難しくしているのが,背景雑音問題です. 放射線帯の高エネルギー電子,陽子は観測器の外壁を貫通して内部の検出器に到達し, 偽の信号を作り出してしまいます.この偽信号が背景雑音として存在し, そこから本当の信号のみを区別して抜き出すのが困難である場合が多いのです. しかし逆に,そのような背景雑音の除去は技術的に非常に面白い課題ともいえます. 実際,中間エネルギー電子分析器には,ERG衛星に向けて考案した雑音除去手法を とりいれようとしています. また,ERG衛星搭載の中間エネルギー電子分析器では, 新しい検出素子も活躍する予定です.従来から使われている検出器を扱うときに比べ,新しい検出素子を実験室で試験していると手探りの作業が多く,びっくりしたり,なるほどと思うことがあったりします.また,検出素子自体に関する理解が深まるにつれて愛着のようなものもわいてくる気がします.
laboratory
写真:クリーンルームでの作業.

ERGにおける観測機器開発研究は, その先/周囲の惑星磁気圏プラズマ研究・ミッションとどう繋がっていきますか?

中間エネルギー粒子計測は内部磁気圏ミッションに限らず技術的に難しいため,過去のデータはそれほど多くありません.その一方で,磁気圏に蓄積された磁場エネルギーがプラズマエネルギーに変換されていく過程を理解するためには中間エネルギーイオン・電子のダイナミクスを理解することが不可欠であることも近年浮き彫りになってきています.そのため,ERGに向けて開発した中間エネルギー粒子計測の技術は,その先の地球磁気圏探査SCOPEミッション木星探査などでも重要な役割を果たすはずです.また,上述の背景雑音対策も木星磁気圏探査へ応用できるかもしれないと思っています.木星磁気圏,とくにその内部磁気圏は,地球の放射線帯以上に高エネルギー粒子の多いところで,ERGミッションでの背景雑音対策は木星に向けての準備としても捉える事ができます.
(文: 笠原 慧・かさはら さとし,ISAS)

( 編集:かさはら・さとし)