磁気圏尾部観測衛星「GEOTAIL」

地球の尾っぽのプラズマ科学探査「GEOTAIL」

第一線の研究者の声

GEOTAILと出合って

今田 晋亮

GEOTAIL衛星との出会いは大学の学部生演習の時でした。当時、私は地球惑星物理学科の学生で、人工的ではない自然現象そのものを、物理理論と観測の両者から議論ができる研究を行いたいと思っていました。なかなかこの両者のバランスが良い研究分野というのは見つからなかったのですが、GEOTAIL衛星は、この気持ちに見事に応えてくれました。

私が行った学生演習の内容は、太陽風中での中性のヘリウムが太陽紫外光などによって電離したものを解析するというものでした。演習の内容はかなりマニアな内容(おそらく打ち上げ当初はこのような研究をGEOTAIL衛星でしようと思っていた人はいないという意味で)でしたが、この演習を通して様々な宇宙プラズマの理論、及び現在の技術で何が観測できるのかを学びました。この演習以前は、GEOTAIL衛星が何を計測しているのかまったく知らなかったので、初めてGEOTAIL衛星のデータに触れたときは驚きの連続でした。例えば、太陽から吹き出る太陽風そのものをGEOTAIL衛星は観測しています。この演習の前に高速の太陽風(秒速400km程度)の存在、及びどのようにしてこの高速の風が吹いているのか(パーカーの太陽風理論)を学んでいました。素人考えに風速計のようなものを使って測るのであろうと思っていたのですが、実際には太陽から飛んでくる粒子をそのまま測るのです。これまで、熱力学などの講義で速度分布関数(ある速度ごとに粒子がどのくらい存在するか)というものを学んできましたが、これを宇宙空間でそのまま計測することが可能だとは思いもしませんでした。GEOATIL衛星の観測した速度分布関数を見てみると、太陽から地球方向に向かって毎秒400kmのところにピークを持ち、そのピークからガウス分布(マックスウェル分布)に従って滑らかに減衰する分布をしていることがわかります。この減衰する割合から温度を求める事もできます。これらの結果は太陽風理論と非常に良く合う結果で、これほど自然現象そのものを精密に観測可能で、物理的な内容も面白い分野があるのだと感激しました。実は今述べた太陽風の話は流体的な現象なので、速度分布関数レベルの議論は必要ないのですが、宇宙プラズマでは非流体的な現象(分布関数がガウス分布にならない)が数多く存在します。地球大気のような高密度の気体では分子が約1 ccで10の20乗個程度ありますが、宇宙空間では非常に希薄でプラズマが1 ccで数個程度しかありません。つまり粒子と粒子はほとんど衝突せず、いわゆる無衝突なプラズマの状態で存在します。このため、宇宙空間では粒子同士が衝突する空間スケールより小さい現象を分布関数レベルで観測することができるのです。これがGEOTAIL衛星の強みです。

この演習の後、修士、博士過程に進学し、GEOTAIL衛星を用いて無衝突プラズマ特有の現象である磁気圏尾部での粒子加速という研究を行ってきました。粒子加速とは、エネルギーの高い粒子がガウス分布から予想される量より過剰になる現象です。このような現象を理解するためには、小さい空間スケールからある程度大きな空間スケールの現象を理解する必要があり、GEOTAIL衛星はこれらの議論を可能にしてくれました。現在、私はお隣の分野である太陽物理学(ひので衛星)で研究を行っています。太陽の分野ではGEOTAIL衛星のように直接、分布関数を測ることはできません。しかし、GEOTAIL衛星での研究で培った、特に小さな空間スケールの宇宙プラズマ物理の理解が、太陽物理を新しい視点から研究する種になっています。

(編集: 三津山和朗)