Laplace
木星探査計画 Laplace
現在進行中の木星探査計画 Laplaceの紹介、開発担当者の生の声をお届けします
Laplace 共同提案への道 藤本 正樹 (JAXA, ISAS/JSPEC)
木星系探査計画を日本のコミュニティにおいてただの夢ではなく、実現可能な計画として捉えられるようになったことを、我々は喜びをもって噛みしめるべきだろう。何しろ、これまで惑星探査を引っ張って来た先人たちにはただの夢だったのだから。「いつかは木星」。それを我々は成し遂げようとしているのである。困難であることはわかっている。いつでも逃げ出せるような姿勢をとることはあり得ない。真正面から、緊張感と使命感をもって臨まねばならない。始まりは突然のように思えた。2006年4月のEGUの前に、フランス・ツールーズCESRの知り合いサボー(プラズマ粒子観測機器の専門家、今はCESR所長)から、「木星探査計画WGのヘッドと会わない?」とメールが来たのが最初だった。そのEGUのあるセッションではESAの将来計画候補の話がずらりと並んでおり、その中に木星探査計画があることを知っていたが、他人事、いや、むしろライバル視をしていたぐらいである(藤本は、地球磁気圏における同時マルチ・スケール観測計画Cross-Scaleに早い段階から関与してきた)。会場のカフェでチアバッタとカフェラテという昼食を取りながら話をしたMichel Blanc(専門は惑星磁気圏)は、JAXA-ESAの力関係を考えればかなり謙虚で、純粋にサイエンスの観点から一緒に楽しく探査が出来たらいいね、という感じの話をした。実はこれは、水星探査計画ベッピ・コロンボ(打ち上げ2013年)で協力を進めてきており、その中で日本のコミュニティに対する信頼が高まってきていたことに裏打ちされていた、つまり、木星話は突然ではなくベッピで頑張ってきたことから続くものだ、という仕掛けがあった。一方、藤本にとっては、2006年4月にJAXAに移籍していきなり大きな仕事という意味で、やはり突然だった。他の仕事も全部国際協力案件であることから、年20回海外出張の生活が開始したのである。
とりあえず、5月の連合学会の45分将来計画トークでぶち上げる。そして、欧州側WG会合に初めて出席したのが、6月のフランス・ナント、ドイツW杯で日本がブラジルに大敗した翌日だった。サッカーはともかく、固体分野では「かぐや」、大気分野では「プラネットC」、プラズマ分野では水星・地球・木星を繋ぐ「黄金20年計画」があることを話し、惑星系形成論に関する強いグループがあることも訴えた結果、こいつらなら期待できる、という印象を与えることに成功した。特に、プラズマ分野の20年計画がESAのスタディ・マネージャに強い印象を与えたとLaplace提案が無事選抜されたあとのディナーでBlancから聞いた。この時期に、LaplaceとCross-Scaleは提案クラスが異なることから競合しないことがわかり、すっきりと、両方で共同すると宣言できるようになったのだ。
Laplace計画では、木星系の総合探査を目指す。掲げる科学課題は、木星系はいかに形成されたか、現在の木星系はいかに機能しているのか、そして、エウロパは居住可能なのか、である。これらにアプローチするために、三つの探査機(JPO:撮像用三軸制御機、JMO:プラズマ観測用スピン機、JEO:エウロパ周回機)を準備する。JPOはガリレオ衛星を調査し、木星大気を撮像観測する。JMOは磁気圏プラズマを「その場」観測し、JEOは特にエウロパを精査する、というのがミッション・シナリオである。
WG会合での情報を持ち帰り、日本側での本格検討を開始する。作業チーム・リーダーとして、津田さん・高島(JAXA:システム)、佐々木(天文台三沢:固体)、高橋(東北大:大気)、笠羽(JAXA→東北大:宇宙プラズマ)を指名し、作業を開始する。惑星科学のどの分野においても木星系探査は魅力的であることははっきりしており、いい雰囲気である。6月のISAS理学委員会においてWGを近々設立することを宣言した。9月ベルリンでの欧州側WGに高島・高橋・笠羽・藤本が参加。11月のプラズマ関係会議にBlancが来日し、池袋のファミレスで会合を持った後、定食屋で焼き魚定食を食わせる。いい感じである。2007年1月のISAS理学委員会でWG設立(国際協力カテゴリ)が承認される。このあたりから共同計画シナリオが明確になり、2月ESTEC(オランダ)での工学担当者会合に津田さん(宇宙システムが専門)・笠羽・藤本が参加する。藤本は、この直後のパリESAHQでのJAXA-ESA二機関会合で進捗状況報告、さらにその翌日同じくESAHQでの欧州側WG会合でプレゼンをこなす。4月オーストリア・グラーツでのWG会合(佐々木・藤本が参加)では、6月末が締め切りであることがわかった提案書執筆に向けての作業分担が決められる。そして、6月フランス・ツールーズでのWG会合に津田さん・高島・藤本が乗り込んで最終調整をし、日欧共同シナリオを最優先オプションという形で盛り込んだ提案書を書き上げる。この時に共同作業をしたASTRIUM社のパスカルが、かなりのモチベーションの高さで仕事をしていたことが強く印象に残っている。
10月の選抜を前に、9月中旬という微妙なタイミングで相模原にてJAXA-ESA二機関会合が持たれる。このあたりから何とも落ち着かない気分であった。そして10月、太陽系科学部門での選抜のためのプレゼンに藤本はパリ・ESAHQに参上し、JPLのパパラルド(氷衛星の専門家)とともに応援演説をぶつ。
「木星vs土星」とやきもきした選抜結果であったが、なんのことはない、しばらくは両者平行で、という決着だった。これは実はNASAへの配慮でもある。こういう調整能力は欧州人の凄さだと思う。Cross-Scaleも無事通過し、宇宙プラズマ・黄金20年計画への道も続くことになり、藤本としてもやれやれである。
12月に相模原でJAXA-NASA二機関会合があった。そこでは、三機関共同で木星探査という方向性も見えてきた。このチームにJAXAが加えてもらっているのは、夢のようである。一方で、もはや逃げることはできないことも知っておくべきだ。逃げれば、世界惑星探査リーグ・セリエAから落ちることになり、そこには悲惨な将来しかない。ESA、NASAの惑星探査ヘッドであるMarcello CoradiniやJim Greenらと親しくなっている藤本の身の安全も危ないものとなってしまう。真正面から、緊張感と使命感をもって臨まねばならない。覚悟せよ。
藤本正樹 (FUJIMOTO, Masaki)
木星圏における生命探査 長沼 毅(広島大学大学院生物圏科学研究科)
今から30年前の1977年に打ち上げられたボイジャー1号と2号は、木星とガリレオ衛星の素顔を鮮烈に写しだした。5万枚以上もの鮮明な写真を撮影した両機は今、太陽圏外に出て、星間飛行に就いたところだ。両機の最大の成果は木星の第一衛星イオの活火山の発見だろう。地球外天体における火山噴火として初発見である。イオは木星の巨大な重力を背景にして、他のガリレオ衛星の潮汐力を交互に受ける。これがイオの内部を撹乱し、高温の融けたマグマをつくって火山噴火を起こす。これを「潮汐加熱」という。これはボイジャー1号によるイオの火山噴火発見の直前に、理論的に予言されていた(Science 203, 892-894, 1979)。ボイジャー2号でもイオの火山活動が観察され、これまでに100個以上の活火山が確認されている。
木星の第二衛星エウロパにもイオと同じような潮汐加熱が作用し、火山活動があると信じられている。それは、エウロパの表面を被う氷殻下にある火山である。その発想の嚆矢は1980年1月号のStar and Sky誌にリチャード・ホーグランド氏が寄稿した「エウロパの謎」という論文である。そこでは、エウロパの氷殻の下に液体の水塊=海があり、そこに生物が住んでいる可能性が論じられている。『2001年宇宙の旅』の著者アーサー・クラーク氏は続編『2010年宇宙の旅』の「あとがき」でホーグランド論文に触れているし、NASAの創始者の一人であるロバート・ジャストロウ博士もホーグランド論文の重要性を認めた。 エウロパの氷殻の下には海がある。それを否定する理由も根拠もない一方、肯定的なデータはたくさんある。しかし、まだ、誰も見たことはない。エウロパの海の底には海底火山があり、エウロパの内部から化学物質と化学エネルギーを供給しているだろう。これも、誰も見たことはないが、海水にいろいろな化学物質が溶け込んでいることを示す根拠はあり、海底火山による熱水活動の存在を示唆している。エウロパの海底火山は原始地球の生命誕生の現場を想起させるが、これこそ誰も見たことはない。それでも、エウロパに海があり、海底火山があるのなら、生命がある、と信じても良いだろう。 ここまで信念を持てれば、あとは探査するだけだ。アーサー・クラークがエウロパ探査を描いた『2010年』の翌2011年8月には楕円極軌道で木星を周回する探査機JUNO(http://juno.wisc.edu/index.html)が打上げ予定だが、木星圏の総合探査となると2020年代まで待たねばならぬようだ。私はこれまで20年も海底火山の生物や微生物を調べてきた。海となれば、地球でもエウロパでも、どこでも調査する。それが海人の心意気だろう。しかし、エウロパに到着してもオービターで軌道周回探査をするだけでは、エウロパの生命に会うことはできない。氷殻を掘り抜き、エウロパ海を潜らなくてはならない。その前哨戦として、南極氷床下の「ボストーク湖」まで掘削貫通するというSALE計画があり(http://scarsale.tamu.edu/)、日本のメンバーもそれに参戦するところである。
長沼 毅 (NAGANUMA, Takeshi)
木星形成論 生駒 大洋(東京工業大学)
木星は,いつ・どのように誕生したのか。この問題は,「木星」という一つの惑星の 起源の問題に留まらない。惑星およびその他の小天体に対して,太陽は単純な楕円運 動を駆動するだけである。太陽系の天体の複雑な形成過程や軌道の進化は,この太陽 系最大の惑星によって支配されてきたのである。つまり,我が地球の起源をも左右す る問題なのだ。一方,木星型の惑星は太陽系固有のものではない。この10年間の天体 望遠鏡観測によって,他の星の周りに存在する木星型惑星がすでに250個程度も見つ かっている。すなわち,木星の起源の解明は,惑星系形成プロセスの詳細化と一般化 の両方につながり,惑星系形成論の要であると言える。
ところが,木星の起源については,根本的なレベルで議論が分かれている。木星の表 面組成が太陽のそれと類似していることから,木星が太陽になれなかった名残である ことは容易に想像できる。実際,生まれたばかりの星の周囲には,星に落ち込めな かったガスが円盤状に広がっていることが知られている。そのガス円盤から木星が生 まれたことはほぼ間違いない。問題は,そのガスを1点に集めるプロセスである。
ガスの集積過程として2つのプロセスがこれまでに提案されている。一つは,ガス円 盤に濃淡(密度の揺らぎ)が存在し,その濃い部分が重力源となり周囲のガスを集め るというモデルだ(円盤不安定モデル)。もう一つは,円盤中のガス以外の成分(氷 や岩石)が先に集積し,それが核(コア)となって重力的に円盤ガスを集めるという モデルである(コア集積モデル)。どちらのプロセスで木星が形成されたかによっ て,木星形成のタイミングおよびその後の太陽系全体の形成・進化過程が大きく異な る。では,どちらのプロセスが実際に起こったのだろうか。その答えが木星の深部に 隠されている。それはコアの質量である。前者のモデルは中心にコアが存在しない (あるいは,存在したとしても非常に小さい)ことを予言するのに対して,後者のモ デルは地球質量の10倍以上という重いコアの存在を予言する。
木星探査ミッションLAPLACEの目的のひとつは,コアの質量を知り,この木星起源に 関する根源的な問題を解決することである。従来は,木星の重力場の「ゆがみ」(重 力ポテンシャルの球対称成分からのズレ)を測定し,それと調和する内部構造を理論 的に探ることで,コア質量が推定されてきた。しかし,LAPLACEでは,大気の振動を 測定することに挑戦する。地震波を用いて地球内部の密度分布を知る方法と似てい る。この手法は,より直接的に内部の密度分布を知ることができ,その結果,コア質 量を高精度に決定することにつながるだろう。
太陽系がガス円盤から生まれたという説を最初に唱えたのは天文学者P. Laplaceらし い。次は,この LAPLACEが,ガス円盤から生まれる最大惑星の起源についての論争に 終止符を打ってくれるだろう。
木星圏の波動粒子相互作用 加藤 雄人(東北大学)
木星磁気圏内では、プラズマ波動と荷電粒子との相互作用に起因すると 考えられている現象が多様に見られます。プラズマ波動とはその名の通 り、プラズマを媒質として存在する波動ですので、相互作用が生じてい る領域に行かなければ、直接観測することができません。そのため、直 接観測による観測データが限られている木星磁気圏での現象には、未解 決の問題が数多く残されています。しかしながら、豊富な観測データを 元に理解が進んでいる地球磁気圏での、類似した現象からの類推によ り、木星磁気圏で生じている波動粒子相互作用を議論することができま す。ここでは、波動粒子相互作用が関連していると考えられている現象 を、幾つか挙げてみたいと思います。
・高エネルギー電子との相互作用
地球の極域と同様に、木星の極域にもオーロラの発光が見られます。 オーロラ発光の様態を探ることは、オーロラ電子の源であり、発光領域 と磁力線を介して結合している木星磁気圏での変動現象を探ることに繋 がります。最も明るいメインオーバルの低緯度側には、セカンダリー オーバルと呼ばれる発光領域が存在します。この領域から延びる磁力線 は、木星磁気圏の赤道域、特に木星半径の10倍程度の領域に繋が ります。この領域では、飛翔体による直接観測の結果から、ホイスラー モードのプラズマ波動が強く励起していることが分かっています。ホイスラーモードのプラズマ波動は、磁場を有する惑星の磁気圏に共通して 存在することが知られている波動です。特に地球磁気圏では、 keV帯のエネルギーを持つ電子と相互作用することで電子を極域電離圏 へと降り込ませ(ピッチ角散乱)、オーロラ発光を引き起こすことが明 らかとなっています。これらの観測事実から、木星極域のセカンダリー オーバルでのオーロラ発光を引き起こす電子は、ホイスラーモードのプ ラズマ波動との相互作用によりピッチ角散乱され、降下してきた電子で あると考えられています。
ホイスラーモードのプラズマ波動と電子との相互作用は、磁力線に沿っ て運動する電子から見てドップラーシフトしたプラズマ波動の周波数 が、電子の旋回運動の周波数の整数倍に一致した時に共鳴が生じる、い わゆるサイクロトロン共鳴により理解されます。相互作用の結果として ホイスラーモードの波動の励起に寄与してエネルギーを失なった電子 は、同時にピッチ角が小さくなります。その結果ミラーポイントが降下 し、ついには電離圏の大気と衝突・消失します。極域に降り込む電子 は、このような過程を経た電子です。一方、波動と共鳴する電子の中に は、波動から運動エネルギーを得る電子も存在します。ホイスラーモー ドとの波動粒子相互作用による電子の加速過程は、電子を相対論的なエ ネルギーにまで加速することが可能であり、最近は地球磁気圏の放射線 帯電子の加速過程の一つとして重要視されています。地球の放射線帯電 子の最大エネルギーは10MeVと言われていますが、木星の放射線 帯には40MeVの電子が存在することが、放射線帯電子によるシン クロトロン放射の観測結果から明らかとなっています。惑星磁気圏は高 エネルギー電子を生み出す加速器として捉えることもできますが、太陽 系最大である木星磁気圏は、太陽系最大の加速器であるかもしれませ ん。木星の放射線帯電子の形成過程には未解決の点が多く残されてお り、ホイスラーモードとの波動粒子相互作用が、木星でも放射線帯の形 成に寄与している可能性があります。この議論はまだまだ始まったばか りで、将来の木星探査における重要なターゲットの一つと言えます。
・イオトーラスとの関連
木星の磁気圏内に存在するプラズマの主要な供給源は、衛星イオである ことが知られています。イオには大規模な火山があり、放出された火山 ガスが電離することでプラズマとなって、イオ軌道周辺に沿って木星を 取り巻く「イオトーラス」と呼ばれるプラズマの濃い領域を形作りま す。ここで、イオ起源のプラズマが電離前にはイオの公転速度(約17km/ s)を持つことに対し、トーラスプラズマは木星磁場との共回転速度(約 74km/s)で運動しています。このため、トーラスプラズマに乗った系か ら見ると、電離直後のイオ起源のイオンは、相対速度57km/sを 持って系の中に入射して来るイオンとして見えます。この相対速度に加 えて、イオ起源のイオンが電離直後に持つことになる温度は非常に低い ため、トーラスプラズマから見たイオ起源のイオンの速度分布は、リン グ分布と呼ばれる不安定な分布になっています。この不安定な速度分布 が緩和し、最終的にトーラスプラズマへと同化するためには、波動粒子 相互作用による加熱の効果が重要であるとされています。イオ周辺で は、イオ起源のプラズマとトーラスプラズマとの速度差に起因するプラ ズマ不安定により、イオンサイクロトロン波が励起されます。このイオ ンサイクロトロン波が、電離により生成されたイオンと共鳴する事に よって、イオンを加熱すると考えられています。このようにイオンが電 離し、背景のプラズマ流へと同化して行く過程はイオンピックアップ過 程と呼ばれ、火星や金星、彗星など固有磁場を持たない天体からの大気 流出の基礎過程としても知られています。イオからは毎秒1トン のプラズマ供給が定常的にあるため、イオ周辺の領域では、イオンピッ クアップ過程とそれに付随する波動の励起・イオンの加熱が常に生じて います。イオ周辺でのイオンピックアップ過程に関する観測は、木星磁 気圏に特徴的な領域であるイオトーラスへのプラズマ供給過程を理解す るに留まらず、無磁場天体からの大気流出の素過程を探る上でも、大変 興味深い観測ターゲットの一つです。 また、イオトーラスには、エネルギー収支に関する未解明の問題があり ます。イオトーラスはEUVの波長領域で放射を起こしており、 トーラスのエネルギー損失の大部分をこの放射が担っています。一方エ ネルギーの供給源としては、イオ周辺でのイオンピックアップ過程が挙 げられていますが、それだけでは量的に足りず、不足分はトーラスプラ ズマへの高温電子成分の注入によって説明されています。この高温電子 は、EUV放射をするイオンの励起に必要な事から、その存在自体 は確からしいですが、その起源が明らかとなっていません。高温電子の 供給源の候補には、プラズマ波動による加速・加熱過程も挙げられてお り、議論が進められています。
・まとめ
衛星イオを始めとする衛星群の存在、高速自転する巨大磁気圏という特 異な環境により、木星磁気圏内で生じている多様な現象は、地球や他の 天体とは全く違った顔を持っているように見えます。しかし「プラズマ 波動と粒子との相互作用」という基礎に立ち戻って考えると、共通の物 理で議論できる現象が多いことが分かります。将来の木星探査によって 明らかにされる木星磁気圏の諸現象の物理は、宇宙プラズマ物理の普遍 性を理解する上で重要な鍵を数多く提供してくれるでしょう。
加藤 雄人 (KATOH, yuto)
木星大気研究のこれから 中島健介(九州大学)
・未知の木星大気
木星大気について、一度は「天文少年」をやったことがある人間であれば、 その表面に縞々や大赤斑があることは知っている。これらのことは、ガリレオ が望遠鏡を木星に向けて以来、400年にわたる「観測事実」である。 さらに過去、木星にはパイオニア10号・11号、ボイジャー1号・2号、 ガリレオ、カッシーニの各探査機が観測し、中でもガリレオはプローブを突入 させた後に8年 間にわたり木星を周回した。では、我々は木星大気について十分よく知ってい るのだろうか?答えはもちろん、ノーである。たとえば、ガリレオプローブは 木星の中でも最も特異な場所ともいえる「ホットスポット」に落下したので、 その観測結果(例えば予想より非常に水蒸気が少なかったこと)は、空間的に 木星全体を代表するものではない。またガリレオオービターも、高利得アン テナ展開の失敗のため、十分な量の画像データを取得することができなかった。 さらに、木星面の変動の中には数十年、あるいは数百年におよぶタイムスケー ルの変動があると考えられ、近年の定量的観測が時間的に代表性のある様相を 捉えているかは保証の限りではない。
・ 木星大気の異質さ
地球・金星・火星の、いわゆる地球型惑星の大気と比較すると、木星の大気に は幾つかの全く異質な特徴がある。まず、木星には「地面」が無く、しかも惑 星内部も流体である。つまり、目に見える大気の運動は惑星内部の運動と接続 している。もし、深部の運動の影響が表面に色濃く現れているとすれば、言わ ば地球中心核の対流構造と似たものが目に見えていることになるかも知れない。 また、地球型惑星の大気運動は究極的には太陽から入射する放射 によって駆動されているが、木星には太陽放射に匹敵する強度の内部熱源が存 在し、これも大気運動の駆動力となっている。もちろん、木星大気にも地球大 気と似た点もあり、例えば、水蒸気の凝結により生じる雷雲が存在する。しか し、これとても詳細に見れば、水蒸気と大気主成分の分子量の大小関係は地球 と木星で異なる(主成分と比べて水蒸気は、地球では軽く木星では重い)し、木星では水蒸気だけでなくアンモニアと硫化水素アンモニウムの雲が生じる。 また、地球には海が存在して水蒸気供給源となっているが、木星には海は無い。 これらの相違が、大気の諸々の様相とどう関係しているのか、当然、疑問にな るところだが、観測可能なのは「底無し」の木星大気全体からみればごく表層 であり、多少とも深いところでの様相はほとんど全くわかっていないのが現状 なのである。たとえば木星面で最も目立つ雲の縞々構造と上昇流の関係につい ても近年、ガリレオ・カッシーニなどにより明らかになってきた雷雲の分布に 基づいて、これまでの推測は全く逆だったのではないかとの提案も出てきた。 が、現在までのデータは量・質ともに、この検証には全く不足である。
・木星大気研究の意義
このように異質であるにもかかわらず木星大気を研究する意義は何だろうか。 第一に、太陽系を全体として見た場合、木星と地球型惑星は一体であるから、 地球の成立ちの鍵の一つは木星にも隠されている。たとえば「水惑星」への 進化を可能にした水が原始太陽系星雲中でどう分布していたかのヒントは、木 星全体の水蒸気量が握っている。上に述べたように木星では大気が惑星内部に 接続しているから、大気の成分の観測が直接、これに直結した情報を与える。 第二に、近年、多数発見されている太陽系外惑星の相当数は木星と似た巨大 ガス惑星であるから、これらの系外惑星大気の様相を推定には、木星大気の 研究が直接のヒントとなる。さらに、ホットジュピター、スーパーネプ チューン、スーパーアース、そして将来発見されるかも知れない「第二の 地球」など、系外を含めた多様な惑星の大気の様相を推定し、ひいては宇宙 における生命の発生、進化の可能性を考察するためには、我々の太陽系の8 惑星に留まらない広い枠組の惑星大気科学、いわば「汎惑星大気科学」の構 築が必要であり、木星大気の研究はその最初の足掛かりの一つである。
・今後どうすべきか
さて Laplace 探査を念頭において、今後約20年の木星大気研究の方向性 はどうあるべきだろうか。大気探査の要目として最も重要なのは、第一にガ リレオプローブが測定できなかった深部の水蒸気量である。これは、雷雲の 活動など見える部分の大気運動の様相、および、惑星内部の運動との関係を 支配するとともに、前述のように地球を含めた太陽系形成史の上で決定的に 重要なパラメタである。また第二は、これまたガリレオのオービターが取得 できなかった、時間・空間的に完備した画像データである。木星でも、大気の 大循環が色々なスケールの渦や波によるエネルギー・運動量・物質輸送と深く かかわっているから、その解明のためには時間変動する擾乱を含む詳細な画像 データが不可欠なのである。
時間空間的に充実した画像データの取得については、Laplace は大きな チャンスである。特に、まだまだ断片的な積乱雲・雷についての完備した 観測には、大循環との関係からも大きな期待がかかる。これに主体的に 参加するには、画像データから木星の雲や成分の構造、あるいは風速分布を 推定するための解析ツールの開発が欠かせない。
一方、深部の水蒸気量を解明するための切札はもちろん、プローブである。 ガリレオの「不運」の後、さらに深みを目指すプローブの計画が検討された が、今のところ諸般の事情により具体化には至っていないようである。その 代わり、マイクロ波のパッシブセンサーを搭載して極軌道を周回する JUNO (2011年うちあげ、2016年到着予定)が100気圧深度までの水蒸気・ア ンモニア存在度を、水平分布も含めて観測する予定である。1点しか観測で きないプローブに対して JUNOの面的な観測は相補的であり非常に有用な データをもたらすことは疑い無い。しかし、得られる水蒸気存在度の絶対 精度は必ずしも高くない(太陽標準組成の3倍であるか9倍であるか、は区 別できる程度)。従って、水蒸気量のテーマをしぼったとしても、プローブ の必要性は高い。いずれにせよJUNO の後、満を持して、プローブを(しか も複数)送り込む機運が一気に高まる可能性は小さくないだろう。
最後に数値モデリングの重要性について強調しておきたい。直接観測が可能 なのは、撮像データであれプローブであれ、「底無し」の木星大気の ごく表層に留まるから、専ら観測だけに基づいてその全貌を明らかにする ことは望めない。したがって、目に見えない部分をも取り込んだ流体力学 モデリングにより大気深部の様相を推定することが欠かせない。ただし、 惑星内部から観測可能な大気までを一気に計算することは難しいし、また、 いくら雷雲が重要だといっても、これを陽に表現できる解像度で全木星の 計算を行うことも今は不可能である。そこで当面は、惑星内部の運動を粗い 解像度で計算するモデル、惑星表層を粗い解像度で計算するモデル、そして、 領域は狭いが雷雲を表現できる高解像度のモデルの三つを階層的に用いる ことになろう。これらのいずれについても、現在の数値モデルは木星を 十分に現実的に表現できているわけではない。地球大気における研究の歴史 を振り返っても、観測との比較のためには相当に現実的な数値モデルが必要 である。そのような水準に比べれば、現在の木星大気モデル開発は、 まさに「始まったばかり」なのである。