SCOPE/CrossScale
SCOPE/CrossScaleが目指すSCIENCE
理論、実験の第一線で活躍する先生方が執筆した次世代ミッションが描く磁気圏の科学
SCOPEの実現に向けて 〜「黄金の20年」を形作る〜 (話:藤本 正樹)
SCOPEの実現に向けて 〜観測性能を追求する〜 (話:齋藤 義文)
SCOPEが目指すSCIENCE 〜スケール間結合〜
GEOTAILからSCOPEへ
GEOTAIL衛星は大きな成功を収め、日本の磁気圏分野を世界の第一線へと押し出した。その成功の秘訣は何だったのか。(1)最高性能の粒子検出器を搭載したこと、(2)その性能を最大限に活かし粒子分布関数データを精査するという解析を厭わずに行ったこと、(3)データを観測機器ごとに縦割りするのではなく相互参照し、衛星そのものをプラズマ観測器とみたてて解析を行ったこと、(3)精密かつ総合的なデータを効率的に実践することを可能にするツールと計算機リソースがあったこと、(4)データ解析と強く連携する理論チームがあったこと、(5)1太陽サイクル以上の長寿命で様々な統計解析が可能なデータベースを構築したこと、を挙げることが出来よう。
写真:GEOTAIL |
そして、このGEOTAIL衛星のデータ解析研究がもたらした宇宙プラズマ物理における新しい地平線は、「磁気圏・宇宙プラズマにおける大規模でダイナミックな現象の本質的理解の為には、その現象全体を規定するMHDスケールのダイナミクスと、より微小なイオン・電子スケールとのダイナミックな結合・相互作用を理解しなければならない」という考え方である。GEOTAILまでの衛星観測は、基本的には単一衛星観測であった。つまり、ダイナミックに時間変化する構造に対して相対運動する一点での時系列データから、そのダイナミクスを読み取る、という「離れ業」を要求されていたのである。その後打ち上げられ、GEOTAIL関係者も数多く研究参加するESAのCluster衛星は、4機編隊である。その最大の成果は、当然、編隊観測が空間構造を把握する上でたいへんに有効であることを証明しつつあることである。
図:SCOPEのイメージ図 (クリックして拡大) |
GEOTAILの成果から提示された新しい「スケール間結合」という視点、そして、Clusterで証明された編隊観測の有効性を考えて、宇宙プラズマ物理の根源に迫るための観測実証を、現象が展開する「その場」である磁気圏で実施するためには、どのような構成のミッションを考えるべきだろうか。 (1) 衝撃波、境界層渦乱流領域、磁気リコネクション領域、といった「鍵」となる領域を観測 (2) 編隊を組んだ衛星群によって空間構造把握を行う (3) 電子スケールに至る高時間空間分解能を持ってプラズマ観測を行う の全てを満たすことが必須であると我々は考える。そして、これらの要求を全て満たす計画として、Formation Flight衛星による高時間分解能プラズマ観測ミッション(Scale COupling in the Plasma universE : SCOPE)の検討を進めている。その成果は、磁気圏プラズマ物理の理解に貢献するのみにとどまらず、ここで捉えられる本質の普遍性を考えれば、より一般的な宇宙プラズマダイナミクスの本質理解の構築へとつながるものでもある。(藤本)
「スケール間結合」という視点
プラズマで満たされた宇宙空間は、ダイナミックな現象に満ちている。太陽フレアを見ると、我々はその大規模な様相を意識すると同時に、X線やガンマ線を光らせる高エネルギー粒子加速にも興味を持つ。太陽フレアによって地球磁気圏空間も乱され、それはオーロラ活動に反映される。そこで我々が興味を持つのは、磁気圏が乱される大規模な様相と同時に、乱舞するオーロラを光らせている電子はどのような過程を経て加速されたのか、ということである。
宇宙プラズマにおける大規模ダイナミクスの大雑把な把握には、電磁流体方程式(MHD)が便利である。しかし、上の例からわかるように、この「常識」とされる体系は現在の我々の問題意識に100%は応えてくれなくなってきている(粒子加速問題に関しては、MHDはまったく無力である)。むしろ、真に面白い部分は曖昧にしか取り扱えていない、と言ってもよいぐらいである。つまり、MHDを超えた新しい体系が宇宙空間ダイナミクスの根源的理解の為に必要である。
我々は「スケール間結合」こそが、その候補であると考えている。無数のイオンと電子が電磁場を介して「無衝突的」に相互作用する宇宙プラズマにおいては、様々な時空スケールが存在し、MHDスケールはその中で最大のものである。「スケール間結合」とは、ダイナミックな現象において起こる、MHDスケール、イオンスケール、さらに電子スケールでのダイナミクスが動的に連携する事実を、正面から捉える問題意識である。宇宙プラズマ中のダイナミックな現象においては、現象領域全体と比べればかなり小規模な、ある「鍵」となる領域が発生し、そこではMHDでは捉えきれない「鍵」となるプロセスが進行する。そして、その「鍵プロセス」は全体に影響を及ぼす。「全体」の中に埋め込まれた「鍵となる領域」での「鍵となるプロセス」と、それに反応する「全体」のダイナミクス、これらの連携こそが宇宙プラズマダイナミクスの真髄であり、これを真に理解する為には、電子スケールまで跨ったスケール間結合という視点が必須となるのである。これは、宇宙プラズマの無衝突性の故であり、地上での常識が通用しない宇宙ならではの現象であり、そこにこそ、宇宙空間現象の面白さの起源がある。つまり、宇宙プラズマダイナミクスの本質−大規模ダイナミクスの非線形発展とともにある選ばれた場所に微小な空間構造ができ、そこで電子ダイナミクスが発動して散逸が発生する、あるいは、イオン・電子の粒子加速が起きる−に迫るには、「スケール間結合」という視点が必須である。
図: CrossScaleの概念図 (クリックして拡大) |
スケール間結合について、流体力学を少し学んだ読者であれば次の例がわかりやすいのではないだろうか。ダイナミックな流体現象は乱流を伴う。乱流は流体要素を引き伸ばし、泡であればその表面積を増やす働きをする。ここで扱う流体は反応性のもので、その反応は泡の表面で発生し、その反応によって発生する熱が流体運動を大きく変えるほどのものである、としよう(ある種の超新星爆発が起こる際の星内部は、この状況に近い)。そのとき、大規模ダイナミクスから乱流が生まれ、それが泡を局所的に引き伸ばし、その泡の表面で反応が加速されて異常加熱が起こり、大規模ダイナミクスが変形される、という因果のループを考えることが出来る。上の「スケール間結合」を概観した文章に出て来る、「全体」を大規模ダイナミクス、「鍵領域」を泡表面、「鍵プロセス」を泡表面での反応、と読み替えれば、宇宙プラズマにおける問題意識の面白さを、より馴染みのある流体力学の問題において実感することが出来たと言えよう。
自然科学における理解とは、観測による実証を伴って初めて完成される、と言えるであろう。地上の常識が通用しない宇宙空間科学においてはなおさらである。磁気圏プラズマという自然科学分野において、「スケール間結合」という視点からの理論研究は盛んに行われつつある。この視点が確立することの意義は、磁気圏科学という狭い範疇に留まらず、太陽物理学、X線天文学などが対象とする高エネルギー宇宙空間現象を理解する上での根源的基盤の整備である、とも言えよう。(藤本)
「スケール間結合」という視点を確立するために必要な観測
SCOPEの「スケール間結合」という視点を実現するためには、結合している異なるスケールの現象を同時に観測する必要があります。また、観測するそれぞれのスケールについて現象の時間変化と空間変化を分離して観測を行う必要があります。これには複数の衛星で同時に観測を行う事が必須です。しかしながら、ただ複数の衛星で観測をすればいいというものでもありません。結合するそれぞれのスケールに応じた衛星間距離を持った複数の衛星で観測を行う必要がありますし、三次元の観測データの時間変化と空間変化を分離するためには、同一平面上に無い最低4機の衛星が必要です。ですので、都合のいい配置で飛行をする複数の衛星すなわち、編隊を組んで飛行する衛星が必要となります。SCOPEは、計5機の衛星で構成される編隊飛行衛星ミッションです。
また、SCOPEでは、最も小さいスケールとして、電子スケールの現象の観測を行いますが、そのためには10ミリ秒以下というGEOTAILの電子計測時間分解能の約1000倍という非常に高い時間分解能で電子を計測する必要があります。一方、プラズマ粒子がどのようにして加速されるかを調べるためには、低エネルギーから、高エネルギーまでの粒子を全て測定する必要がありますが、これまでは中間のエネルギー帯即ち約10keVから約100keVの間の荷電粒子を必要とされる時間分解能で計測するいい方法が有りませんでした。SCOPEではこの中間エネルギー帯の荷電粒子をきちんと計測する必要があります。
また、プラズマの加熱、加速を理解するためには、プラズマ波動とプラズマ粒子の間のエネルギーのやり取りを理解する必要があります。GEOTAILにおけるプラズマ波動の計測はスピン面内の2成分の計測に限られていました。しかしながら、現象の完全な理解のためにはスピン軸方向の成分も含めた3成分の計測が必須です。複数衛星で3成分のプラズマ波動計測を行い、それらの間の相関計測を行うことによって、プラズマ波動のエネルギー流の3次元観測が初めて可能になります。もっと周波数の低い電場の計測もSCOPEでは非常に重要です。特にSCOPEでは電場の3成分を正確に測定することが要求されています。
以上のようにSCOPEではGEOTAILでは不足していた観測を全て実現できるように計画されています。そしてそのための観測装置の開発が進められています。(齋藤)
理論、実験の第一線で活躍する先生方の現場の生の声をぜひお聞きください。
藤本正樹 (FUJIMOTO, Masaki)
(写真: 海外出張中でも常に考え続けている藤本先生)
SCOPEの実現に向けて 〜「黄金の20年」を形作る〜
ミッションに対する思い
図:黄金の20年 (クリックして拡大) |
SCOPEは、磁気圏をフィールドとする宇宙プラズマ物理学を磁気圏科学という狭い範囲内「だけ」にとどめることなく、その持つ価値−宇宙プラズマの根源的理解のためには手に取って調べられる場である磁気圏からのインプットは必須だ−を深く認識し普遍的な理解体系を目指して踏み出す上で必要な勇気を、与えてくれるミッションである。今やっていることをベースにより大きなものを目指すのであれば、必ず成し遂げなければいけないミッションである。10年先という遠い話だ(実は宇宙科学において、10年は遠くない未来である)、もっと早く簡単で現状を単純延長するミッションを考えるべきだ(こういう目先「だけ」を追うのは、科学者として正しい態度だろうか)、などなどの検討初期段階にあった批判も消え、検討内容の深化とともに開発担当者のやる気も高まりつつある。国際的な評判も高く、GEOTAILの成功で確立した日本の宇宙プラズマ分野の国際的信用も維持し続けることが出来る。やるしかない。水星探査、木星探査とのトリオで「黄金の20年」を形作る上での背骨であるのだから。
国際共同ということ
図:CrossScaleのイメージ図 (クリックして拡大) |
ここまでで「スケール間結合」の考え方が理解できたのだとしたら、SCOPEの構成を見て、「親子ペアの外側は3機だけでいいの?」という疑問が湧いたのではないだろうか。その通りである。日本単独で活用できるリソース全部を活用することで「スケール間結合」に迫る上での最低限の装備を揃えることの幸運に感謝する一方、外側をもっと充実させたい、という願いはある。そして、解決策は国際協力である。
Clusterを実施した欧州コミュニティも、次は複数スケールの同時観測である、と考えていた。Clusterのような4機編隊だと、同時にはひとつのスケールしか同定することが出来ない。なので、次のステップは4機編隊x3=12機の編隊観測によって、MHD・イオン・電子の3つのスケールを同時観測することだと考えていたのである。12機もの衛星を作るには、それぞれは単純なものでなければ現実的ではない。一方、電子スケール観測のためにはSCOPE親機に搭載されるような、ものすごい電子検出器が必要である。
そこで、GEOTAIL-Clusterでの信頼関係を経ていて、かつ、水星探査計画ベッピ・コロンボで共同しているとあっては当然のこと、共同計画化しようという話になった、それが2004年10月のことである。それ以来の話し合いがCross-Scaleという提案へと結晶したのだった。話し合いは、(お互い?少なくとも日本から見れば)思う通りに進む、日本が電子スケールを観測する周辺をESAの編隊が固める、という構図となった。この背景には、GEOTAILで示された日本の粒子計測マフィアへの信頼があったことは言うまでもない。
ミッションに至るまでの苦難
● 予算の範囲に収まるだろうか?: 今後、増額される予算キャップならばOKだろう。
● 打ち上げ重量の範囲内か?: H2-Aなら大丈夫。
● ミッション提案準備は大丈夫か?: コアチームを中心に着実に進んでおり、2009年に提案予定である。
● 欧州側の状況は?: 2007年6月に提案締め切り。半年後に第一次選定の結果待ち。その後、2回選定がある。
● 欧州側提案が不首尾に終わった場合は?: 世界の宇宙プラズマ研究者のためにも、益々、SCOPEはやらねばならないということである。
● 海外出張がたいへんではないか?: SCOPE以外にも国際共同案件目白押しで、2006年〜2007年6月(欧州側の提案締め切り)は、ほぼ1/3の日々を海外で過ごした。先日のロンドン会合では夕食(もちろんヨコ&パワーディナー)時に気分が悪くなり、洗面所に行ったところ、一瞬、気を失った。
● 他の将来ミッションとの関係は?: 水星探査と木星探査とのトリオで「黄金の20年」を作る。また、内部磁気圏を観測する小型計画ERGにおいて、SCOPEでも活用する新しい粒子検出器がデビューしたり、劣悪な放射線環境の下での観測を実施することで木星磁気圏での観測へとノウハウをつなげたりする。つまり今後は、このミッションだけに興味がある、というスタンスはあり得ない。
● データが出るまでの10年間の過ごし方は?: 10年後にデータを前にした時点で既に、(1)スケール間結合という視点になじんでいて、(2)編隊観測手法に通じていて、(3)多点観測のノウハウを獲得済みである必要がある。
そのためには、(1)超大規模粒子シミュレーションを実行、(2)Cluster,MMSの4機編隊観測データを解析、(3)THEMISとGEOTAILなどの組み合わせからなる多点観測イベント・データの解析、を継続的に実施し、かつ、それぞれにおいて大きな成果を挙げて方向性の正しさを証明しながら、それぞれを担当する研究者が建設的に交流し10年後のより大きなものを目指す雰囲気を作ること、が必要である。
こういうことを、毎日毎日、考えている。サイエンスを考えることと比べれば、苦難である。 最後に。今ある研究の形にデータなり計算結果なりを「流し込んで」、論文を書くことは可能である。でも、それでいいのか?与えられた舞台で踊っているだけでいいのか?舞台は誰かが新しく用意しなければいつかは崩れてしまうものではないのか?しんどいことは人任せで自分は踊るだけの者は、真の意味で研究者なのか?
宇宙プラズマに興味をもつ若手のみなさんへ
宇宙プラズマを突き詰めれば、どこのどいつが電流を担うのか、ということに集約される(ことに真に納得するのは、理論を集中的に研究した博士の後半期以降だろうが)。その、どこのどいつがどうやって、に関して、余りに面白い可能性が満載であること、それが宇宙プラズマの魅力である。無数の荷電粒子が電磁場を感じながら飛びまわり、その結果、電流密度が生じて電磁場の時空発展にフィードバックする。系の発展経路は無数にあるように思え、その中からあるひとつのパスが、あたかも全粒子・全電磁場が「上なる者」の指示を聞いたかのように、選ばれて実現する。面白すぎるし、こういう問題を考えて解決する経験をすれば、たとえ別の分野に転進することになっても、そこで大きな仕事を出来るのではないだろうか。
(写真: クリーンルームにて作業中の齋藤先生)
SCOPEの実現に向けて 〜観測性能を追求する〜
ミッションに対する思い
GEOTAILが打ち上げられたのは今から15年も前の事です。当時私は博士課程の学生で、低エネルギー粒子の観測装置開発に加わっていました。このGEOTAILで初めて人工衛星に搭載する観測装置の開発と人工衛星の打ち上げそしてその後の運用というものを体験しましたがそれらは非常に素晴しい経験でした。私自身、GEOTAILのデータ解析を続けて来ましたのでもちろんサイエンスの上から新しいミッションを実現させたいという思いもありますが、観測装置開発を進める立場からも、SCOPEの実現を強く望んでいます。
地球磁気圏の観測は、比較的大きい規模の観測装置を用いて、詳しい観測を行う事ができます。他惑星へ衛星を送り込むミッションでは、重量や電力の制限が厳しくどうしても性能を追求しきれない場合が出て来てしまいます。そのために軽量化、低消費電力化などの技術開発は進みますが、技術開発は決して軽量化や低消費電力化の方向にだけに進むべきものではありません。たとえ重量や電力リソースを多く使ってでも観測性能を追求することで初めて生まれる観測技術や観測成果もあります。私は小型化、軽量化よりもむしろこのような技術開発にこそ喜びを感じます。その意味でもSCOPEは我々の技術的ジャンプをもたらしてくれる重要なミッションでありどうしても実現したいミッションです。
具体的な仕事
衛星ミッションはミッションを実現したい研究者グループがそのミッションを提案し、評価を受けた上でミッション開始が認められた後に初めてスタートします。SCOPEは、来年度にこのミッション提案を行う予定です。現在はミッション提案に向けてSCOPEミッションにおいて鍵となる技術の開発を進めると共に、SCOPEミッションがどのようにすれば実現可能であるかの具体的な検討を工学の研究者と共に進めています。
このミッションの持つ面白み
何といっても複数の衛星が互いに通信でやり取りしながらあたかも一つの観測装置であるかのように観測を進めるところではないかと思います。しかも、これまでにない高性能の観測装置がこの衛星には搭載されます。新しい成果をもたらすために真に新しい物を作り出すその面白さがこのミッションにはあります。
ミッションに至るまでの苦難
苦難はこれからです、、、覚悟は出来ているつもりではありますが。
4年生に対して言葉
これから数年間は、SCOPE用の観測装置開発もピッチが上がります。今ならまだ自らのアイデア次第で、驚くような性能の観測装置を作る事が出来る余地があります。一緒に未来の観測装置を作りましょう。