学位論文リスト - 修士論文
修士論文(要旨) |
固体検出器による1-100keV電子計測技術の研究 |
小笠原桂一 |
0. 概要 本論文では、今日まで検出素子の技術上の問題から正確な観測が困難だった1-100keV電子を的確な有感領域で計測するためにAPD(Avalanche Photodiode)という光検出素子に着目し、基礎研究段階としてAPDによる電子計測実験を行った。その結果APD素子は、単体で電子のエネルギーを分解することができ、高い検出効率で電子を測定可能であることがわかった。 1.宇宙空間プラズマの1-100keV電子 地球磁気圏はダイナミックな現象に富んでいるが、その中でも高温のプラズマシートの成因と粒子加速・加熱過程の解明は宇宙空間物理学における重要な問題である。1keVから100keVというエネルギー帯は、プラズマシート電子において熱的なスペクトル構造から非熱的スペクトルへと移行を示す特徴的な領域であり、このエネルギー帯での電子計測は磁気圏におけるプラズマ加速・加熱メカニズムの本質に迫る上で直接的な手がかりとなりうる。その重要性にもかかわらず、1keVから100keVの電子は、2次電子増倍管、アバランシェ増倍のない固体検出素子という今日の電子検出素子の検出効率やノイズ対策等の問題から観測のギャップ領域となっており、正確に計測することが難しかった。従ってこの領域の電子をターゲットにした観測を行うことは新しい観測領域の開拓であり、またこれまで行われてきた観測の信頼性を問う点においても非常に有意義である。 2.アバランシェ・ホトダイオード(APD) APDは固体検出素子(SSD)の一種である。内部の高電界に起因するオージェ過程を介した衝突電離により雪崩的に信号電荷を増倍させ、常温でも高S/N計測が可能である。一方で高電界稼働によるノイズの付加もあり、S/Nに制限を与えている。 3.APDによるX線計測実験 X線を使った較正実験では、Fe55線源の5.9keV輝線のピークを捉えることに成功し、雪崩増倍を経た後でも電離放射線のエネルギー分解を行えることがわかった。エネルギー分解能は15℃、バイアス151Vにおいて620eVであった。リーク電流のバイアス依存性とともにノイズも実効的に増加し、ピークの分解能の推移から今回の素子について最適な印加バイアス電圧は151Vであることもわかった。 4.電子と物質の相互作用 モンテカルロ法による計算機シミュレーションコードを開発し、入射電子の内部過程を再現して軌道を解いた。固体中における電子の軌道は図1のようになり、非常にランダムな動きをすることが見て取れる。 5.APDによる電子計測実験 電子計測実験では5keVから20keV電子ビームの測定を実際に行った。8keVから20keVの電子に関しては実際に入射エネルギーに対して直線性をもって計測され、APDによってエネルギー分解が可能であることがわかった(図2)。分解能は12keVにおいて最もよい結果が得られた。低エネルギー電子に対しピーク形成を決めているのは不感層の厚みであり、より低エネルギーの電子を測定するには不感層を今以上に薄くすればよい。また分解能には内部の生成電荷による空間電荷効果が影響を及ぼしている可能性がある。空間電荷効果の影響を弱め、より広いエネルギーレンジで素子の直線性を維持させるには、今よりも高バイアス、高増倍の素子を用いることが必要である。CEMとAPDの検出効率比較実験においては、APDが5keV以上の全てのエネルギーレンジにおいてCEMより高い検出効率で測定できることがわかった(図3)。特に20keVの電子に対してはCEMの3倍の効率で計測が可能であり、CEMの代用素子として宇宙空間観測へ応用できる可能性があるといえる。ただ絶対効率を議論する際に、使用した電子ビームの一様性という点で課題が残った。 6.応用への課題 APDの応用により、本研究では1-100keV電子計測に一つの可能性を提示した。しかし実際に衛星搭載技術へと高めていくには、まず素子の構造の改善が必要なものとして@エネルギーレンジの拡大、A有効面積の拡大、次に試験による較正が必要なものとしてB耐放射線性の評価、C温度依存性の評価、最後に素子を応用する際に問題になるDアプリケーションの形態等、議論すべき課題がいくつか残されている。 |
図1.20keV入射電子の固体中での軌道(モンテカルロ法による計算機シミュレーション) |
図2.電子ビームの測定結果−信号パルス波高分布(15℃、バイアス151V) |
図3.APDとCEMの相対検出効率比較結果.APDの点線はシミュレーションによる外挿。 |
< 編集: 湯村 翼 >