学位論文リスト - 修士論文
修士論文(要旨) |
The Observational Study of Carbon Monoxide Distribution
in Venusian Lower Atmosphere (金星下層大気における一酸化炭素分布の観測的研究) |
佐川英夫 |
0.金星下層大気観測の意義 過去の観測結果から垣間見える金星大気は,90気圧 もの分厚い二酸化炭素大気に覆われ,その温室効果に よって700Kを越す灼熱の環境となっており,地球大気 からは大きく掛け離れている.また,スーパーローテ ンションとして知られる非常に高速の大気循環が定常 しており,その維持機構は依然未解明である.この特 異な大気環境をより詳細に理解していく為には,金星 の下層大気から雲層にかけての大気循環の三次元構造 を把握することが不可欠である.しかし,この要求を 満たす観測結果は未だ乏しい.これは,金星の分厚い 雲層および濃密な大気に阻まれて下層大気をリモート センシングする技法がなかった為である.ところが 1983年,二酸化炭素や水蒸気による吸収が小さく濃硫 酸の雲粒による散乱がほぼ保存的な(単散乱アルベド 〜1)近赤外の「大気の窓」が発見された.これにより, 各波長域でそれぞれ異なる高度の下層大気からの 熱放射を観測することが可能となった. 1.一酸化炭素の分布 GALILEO探査機の金星フライバイに伴う観測結果か ら,緯度が高くなるにつれて下層大気中の一酸化炭素 (CO)の密度が増加することが示された.金星のCOは 雲より上層に生成源を持つとされるが,生成源の無い 下層大気中で分布に差が生じることは,上層大気から 下層大気の高緯度地域へ雲層を挟んでCOを輸送していく 大気循環の存在を予見することが可能である.また, 同研究では南北格差も示されており,これは地表からの 供給によるものとされている.この様に,CO空間分布の 観測は,下層大気中の大気循環構造や地表面との相互 作用を把握する上で非常に有効なのであるが,そのよ うな研究は先述のGALILEOによるものだけである.果 たして,分厚い雲層を縦断する様な大規模な循環(子午 面循環)構造は実在しているのか? COの空間分布は地 上観測でも把握できるのか? これらを観測的に検証 する為に,我々は2002年12月に岡山天体物理観測所 (OAO)を利用した金星夜側下層大気の観測を行なった. 本研究で扱う内容は,次の三点である. (1) OAO地上観測の詳細.分光スペクトルで空間分布を把握することが目標とされた. (2) 観測されたスペクトルを理解する為に,放射伝達モデルを構築する.金星の雲による多重散乱を再現する必要がある. (3) GALILEOで得られたようなCO分布は地上観測でも観測可能かどうかを調べる. 2.地上観測 観測は,OAOの口径188cm 反射式望遠鏡のカセグレン焦点に 装着された近赤外分光撮像装置SuperOASISを利用した. COの存在量を導出する為には,分光スペクトルを取得し 化学的な情報を得る必要がある.しかし,通常のスリット 分光では視野がスリット内部にのみ限られてしまい, スリットに垂直な方向の空間情報が失われてしまう. 今回の観測では,望遠鏡に金星ではなく恒星の日周運動を 追尾させ,金星と地球との公転速度の差を利用することにより, 金星夜側ディスクを連続的に分光観測することに成功した. 一回の夜側スキャンに要する時間は約10 分であり,一度の スキャンで複数の波長(波長分解能λ/Δλ〜800)での 狭帯域撮像(空間分解能〜700km)を同時に得ることを実現した[図1]. 3.放射伝達モデル 金星の分厚い大気をモデルで再現する為にtwo-stream 近似の放射伝達方程式を扱った.金星大気を高度2km毎 の40層に分け,金星標準大気モデル(VIRA)の温度,圧力, 密度データを用いてモデル化を行った.さらに,過去の 研究などから最適化された分子組成と,それらの吸収線 データベース(HITRAN,HITEMP)を利用することで,金星 夜側大気および地表からの熱放射を計算した.高度48km 上空には,Pioneer Venus探査機が測定した硫酸液滴に よる雲粒を分布させ,金星の雲によるミー散乱の効果を 導入した.こうして計算した金星夜側のスペクトルに 地球大気の吸収効果および,明るい金星昼面に起因すると 考えられる迷光成分を加えた計算スペクトルは,観測 スペクトルを十分に再現できるものであった[図2]. 4.地上からのCO 分布観測 金星の雲を,『2.3um窓内部の波長域に関しては,どの波長 においても一様な減光効果を及ぼす(波長依存性が無い)』と 仮定し,緯度方向のCO 分布量の変化を見積もった結果が図3 である.左縦軸は,熱放射のピーク(2.29um)に対するCO 吸収部分(2.32〜2.34um)の平均光量の比である.比が大きい 点は,すなわちCO の吸収をあまり受けていない(CO存在量が 少ない)ことを意味する.CO 混合比を変数化したモデル計算 スペクトルでも同様の操作をすることで,おおよそのCO混合 比を対応させた(右縦軸).この結果,定性的には高緯度でCO が濃いというGALILEO同様の解析結果を得た.一方,GALILEO 観測で示された南北半球の非対称性は確認できなかった. また,雲層での多重散乱がスペクトル形状に及ぼす影響を 詳細に把握する為に,雲粒密度を変化させてスペクトルの計算を 行ったところ,雲の濃淡の影響もスペクトル形状を変化させる ことが分かった.厳密なCO混合比の定量化を行なう為には, 高空間分解能で雲の濃淡を把握しスペクトルの変化を見ることが 必要である. |
図1.分光撮像観測で得られる金星画像.(2.30um) |
図2.観測(点)とフィッティングしたモデルスペクトル(実線)との比較. |
図3.CO 混合比の緯度分布.迷光成分の為に赤道付近では誤差(1σ)が大きい. |
< 編集: 湯村 翼 >