学位論文リスト - 修士論文



修士論文(要旨)
太陽風と火星の相互作用に関する考察と電磁流体シミュレーション
志賀章紀


●太陽風・火星相互作用の概論
火星のグローバルな双極子磁場は、非常に弱いことが知られている。したがって地球の場合と異なり、太陽風は電離圏大気に直接吹き付ける。この結果、太陽風の動圧と電離圏プラズマの熱的な圧力がバランスする位置にアイオノポーズという境界ができ、上流にはバウショックが形成される。火星と同様に固有磁場が弱い金星も、このような「アイオノポーズ型」の太陽風相互作用を行う。
しかし火星においては、電離圏とバウショックの間のシースと呼ばれる領域に、もう1つのプラズマ境界が存在することが、観測から指摘された。シース境界形成のメカニズムは未だに解明されていない。本発表ではこのシース境界を主題としている。

●シース境界に関する観測のレビュー
火星のシースにおいて長期にわたるプラズマ観測を行った人工衛星は、現在のところ2つのみである。
1989年に火星に到着した旧ソ連の衛星フィォボス2号は、イオン、磁場、プラズマ波動などの幅広い観測を行い、その結果シースに境界が存在することが示された。この際、研究グループごとに異なる方法で境界の判定を行ったため、境界の呼び名(プラネトポーズ、マグネトポーズetc.)や判定の基準がまちまちであった。しかしこれらの境界は基本的に同じものであることが[Trotignon et al., 1996]等の研究から示唆されている。プラネトポーズ/マグネトポーズの重要な性質としては、内向きに境界を通過した時に太陽風のプロトンの密度が急激に減少すること、磁場の方向が回転すること、磁場の変動が穏やかになることなどが挙げられる。
1997年に火星周回軌道に入ったNASAの衛星、マーズグローバルサーベイヤー(MGS)の観測データからは、MPB(Magnetic Pile-up Boundary)というシース境界の存在が示された。これは内向きに境界を横切った際に @磁場強度の急激な増加する A磁場変動の振幅が減少する B10eV以上のエネルギー帯の電子フラックスが減少する という特徴を持つ境界である。
MPBとプラネトポーズの間には、形状や性質上の類似点が見られ([Vignes et al., 2000]他)、これらが同じ境界である可能性も考えられる。しかし結論を下すにはデータが不足しており、さらなる観測が必要である。

●MPBの形成メカニズムの議論とシミュレーションコードの開発
MPBの形成メカニズムとして、私は以下のような仮説を立てた。
火星ではアイオノポーズより高高度のシース領域にまで、惑星起源の酸素原子が分布している(酸素コロナ)。これが紫外光などによって電離すると、シースの太陽風にピックアップされ、太陽風を重くする。すると太陽風は速度が落ちるためシースに滞留し、より長時間ピックアップを受けるであろう。このようなフィードバック効果によって急激な減速が起これば、シースプラズマに凍結した磁力線が集まって(pileupして)MPBが形成されるのではないか。
この仮説が正しいか否かは、ピックアップ効果をself-consistentに取り入れた電磁流体シミュレーションによって定量的に判定することができるだろう。過去にもピックアップを取り入れた火星・太陽風相互作用の研究は行われているが、いずれもMPBの再現には成功していない。したがって、自らシミュレーションコードを開発し、MPBのメカニズムを調べようと試みた。
図3はテストランの結果を示している。しかし現時点ではプログラムの境界条件の取り扱い等に関して問題が残っており、定量的議論に耐え得る計算結果を出すことができなかった。プログラムの不具合を訂正し、MPB形成に関して定量的な議論を行うことは、今後の課題としたい。

図1.フォボス2号によるプラネトポーズ(PP)の観測例 [Riedler et al., 1989]。PPで磁場が回転し、磁場変動が穏やかになっていることがわかる。

図2.マーズグローバルサーベイヤーによるMPBの観測例 [Vignes et al., 2000]。

図3.太陽風動圧で規格化した thermal pressureのプロット(太陽風の密度0.5個/cc、温度10eV、速度300km/sec、磁場0.5nT(紙面垂直))。バウショック、アイオノポーズは再現できている。

 

< 編集: 湯村 翼 >