田中舘賞を受賞して

齋藤 義文

この度は地球電磁気•地球惑星圏学会の田中舘賞を頂きとても光栄に思います。今回受賞の対象となった論文は「月探査衛星「かぐや」による月周辺プラズマ環境科学の構築」であり、「かぐや」衛星に搭載したプラズマ観測装置MAP-PACEの成果を評価して頂きました。

 「かぐや」に搭載するプラズマ観測装置の設計を開始したのが1995年の12月ですのでもう16年も前になります。その頃は丁度博士号を取得して「のぞみ」搭載観測装置のフライトモデルの作業が始まろうとしていた時期でもありました。人工衛星によるプラズマ観測については「ジオテイル」衛星搭載LEPの搭載準備、運用を通して宇宙研•向井先生にゼロから教えて頂きました。ここで教えて頂いた事は、ハードウェアの作り方や実験技術だけでは無く、実験に対する心構えや思想からデータに対する姿勢などこの分野で生きていくための殆ど全てであったと思います。

その後、「のぞみ」衛星搭載プラズマ観測装置PSAでは、観測装置のプロトモデル製作からフライトモデルの準備、衛星運用まで、どのようにして次々と発生する問題を解決しながら衛星打ち上げそして運用までもっていくのかを、自らスケジューリングを行いながら一通り体験する絶好の機会を頂きました。この間、PSAの責任者であった京大•町田先生、宇宙研•早川先生には非常に多くの事を教えて頂きました。「のぞみ」は残念ながら火星上層大気の観測という目的を達成できませんでしたが、「かぐや」に搭載したプラズマ観測装置はこれらの経験があって初めて実現することができたのだと強く感じています。

「かぐや」におけるプラズマ観測は私にとって初めて観測装置の最初の設計から運用そしてその後のデータ解析までの全過程を観測装置の責任者として把握できる機会になりました。観測装置の最初の設計開始から打ち上げまでの期間は「かぐや」の打ち上げ延期も含めて約12年に及びました。この観測装置にはそれまでに我々が使用した事の無かったいくつかの新規技術が使われており、これらの開発や試験には何人もの学生さんに加わってもらいました。衛星搭載観測装置の開発は決して一人でできるものではなく、多くの人がかかわる協同作業であるということはいうまでもありませんが、「かぐや」のプラズマ観測ではこのことを身にしみて感じています。関わってくれた学生さんの中には民間企業に就職して直接得られたデータを見る事も無い人が殆どですがこの機会に再度深く感謝したいと思います。

さて、そうこうして無事にとれた月のプラズマデータですが、もともとの予想を遥かに超えて面白いデータであることがわかって来ました。「かぐや」は2007年9月14日に打ち上がり、2009年6月10日に月面に衝突して観測を終了しましたが、今現在も得られたデータの解析が続いています。それと並行して、データの質を上げる努力も続けています。データが広く、長く使われるようになるかどうかは、取得されたデータの質をどれだけ上げてどれだけ信頼できるものにできるかにかかっているのだと思います。「かぐや」の場合、中国の「Chang’E-1」やインドの「Chandrayaan-1」といった月周回衛星がほぼ同時にプラズマの観測を行っていたことから、これまでは初期結果を早期に出すことに重点を置いて来ました。しかしながらここで再度データを見直して、今後長期に渡って使用できる信頼性の高いデータにすることが今一度力を入れて行うべきことであると思います。そして、「かぐや」のプラズマ観測で得た貴重な経験、知識と技術は、これから先のミッションの成功へと確実につなげていく必要があります。今後は、これらの経験、知識と技術を将来活躍するであろう人々に伝えて行くと共に、それらの人々が将来活躍できる機会を作ることも積極的に進めて行かなくてはならないと思います。自らのこれまでの経験からも、新たなミッションが人や技術を育てることにつながるのは明らかですから。

最後にもう一度、これまでに様々な事を教えて頂いた先生方、「かぐや」のプラズマ観測に関わって頂いた全ての方々、そして今回私を田中舘賞に推薦して頂いた先生方に心からお礼を申し上げたいと思います。どうも有り難うございました。

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<齋藤義文/ 編集: 中原美江>