研究プロジェクト

太陽風プラズマの磁気圏流入メカニズムの研究

1.太陽風プラズマの磁気圏流入メカニズムの研究

我々のよく知っている地表面付近の世界では、物質の混合は衝突によって起こります。例えば、コーヒーにミルクを注ぐとすぐに混ざり合いコーヒー牛乳になりま すが、こればコーヒーとミルクを構成している分子どうしが頻繁に衝突をおこしているからです。一方で、宇宙プラズマは高温で希薄であるがためにほとんど無 衝突であり、したがって宇宙プラズマの混合はそう簡単には起こらないはずです。つまり、太陽風の領域と磁気圏は隔たれたまま、ということになります。とこ ろがさまざまな地上・衛星観測から、オーロラや地球磁気圏内で観測されるプラズマは太陽風と密接な関係があるということが分かり、現在では磁気圏に流入し た太陽風プラズマがオーロラや磁気圏内のダイナミックな現象を引き起こしているというのが通説です。しかし、いまだに不明なのが太陽風プラズマの磁気圏侵 入メカニズムです。そこで我々は、理論モデルに基づいて数値シミュレーションから得られた知見と、人工衛星によって得られた観測データの解析とを利用し て、そのメカニズムを解明しようとしています。

太 陽風プラズマの磁気圏浸入メカニズムの一つとして、ケルビン・ヘルムホルツ不安定というものがあります。この不安定は流体の流速に勾配があるときに起こり ますが、池の上を風が吹いたときに水面に立つさざ波は、この不安定の現われの一例です。磁気圏ではそのわき腹で、太陽風と磁気圏プラズマとの間に速度勾配 があるために、この不安定が成長することができると言われています。図1は ケルビン・ヘルムホルツ不安定の数値シミュレーションの一例です。不安定が成長すると大きな渦が形成され、さらにその中には小さなスケールの渦が成長しま す。この小さな渦の成長は、イオン流体と電子流体とが別々に運動すること、さらには電子に有限質量(慣性)があることから起こりますが、その結果として大 渦の中はぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、効率的なプラズマ混合が達成されると考えられています。さらに混合されたプラズマは大渦にともなう大規模な流れに よって運ばれ、やがて広範囲にわたってプラズマが輸送されることになります。

図1: ケルビン・ヘルムホルツ不安定によって形成される渦。色はプラズマ密度を、矢印はプラズマ流の速度場を示す。上の高密度側が太陽風に、下の低密度側が磁気圏に相当。下の図をクリックするとこの不安定の数値実験のムービーが見られます(中村琢磨@東工大提供)。<Quick Time player が必要です>

 2000年にヨーロッパ宇宙機関から打ち上げられたクラスター衛星は、4機 の衛星で磁気圏内外のプラズマ構造やその時間発展を調べていますが、幸運にも実際にケルビン・ヘルムホルツ不安定が磁気圏わき腹で成長し、大きな渦を形成 していることを発見しました。さらにその渦の近くでは太陽風と磁気圏プラズマが混合した状態にあることが分かり、先に述べたメカニズムが現実に起きている ことを実証しました。しかしながら、大きな渦中でどのようなプラズマ過程により実際に混合が起きているのかは未解明です。それが分からない限り、プラズマ 混合がどのような効率で起きているのかを正しく理解することはできません。渦中のプラズマ過程を観測的に明らかにするのが、現在計画されている将来磁気圏 探査計画の課題の一つです。

図2: クラスター衛星によって発見された地球磁気圏のわき腹で成長するケルビン・ヘルムホルツの渦の構造の模式図。下は三次元シミュレーション結果。

 

2.その場衛星観測データから宇宙空間の二次元構造を再現する手法の開発

天 文台や天文衛星で望遠鏡がとらえる画像は二次元像であり、とても我々の目に印象的に映ります。一方で我々のグループ、宇宙プラズマの分野の衛星がおもに観 測しているものは、衛星の飛んでいるその場所での物理量(磁場、電場、プラズマ密度・温度など)であり、これらの物理量が時系列データとして得られます。 図3左はその時系列データの一例ですが、このような波状の線からなるプロットから宇宙空間に存在しているプラズマ構造や、その時間発展を推測するのは容易 ではありません。そこで我々は、衛星観測データから宇宙空間の構造図を再現するための手法を開発しています。

3右 は、磁気圏境界面の近くでしばしば観測されるFTEと呼ばれる現象に、磁力線構造を再現するための手法を適用した結果です。FTEは、磁気県境界面で磁気 リコネクションと呼ばれるプラズマ過程が局所的に、あるいは間欠的に起きたときに発生すると考えられています。また手法は、プラズマ構造が二次元的であり 時間変化はないという仮定の下で、図を作成しています。したがって、この手法がもっともらしく磁力線構造を再現できるかどうかをチェックすることにより、 観測された当時のプラズマ構造の状態がどうであったかを推測することができます。また作成された構造図からは、構造のサイズや形状、磁力線のトポロジーや 磁力管の向きなどについての情報を得ることもできます。我々はこのような結果を詳細に解析することにより、観測された構造がどのようにして形成されたの か、また磁気リコネクションはどういう特徴をもっているのかを理解しようとしています。

手 法を構築するにあたって使用する理論モデルにはいくつかのものが考えられます。現在のところはいくつかの制約の下で構造を再現していますが、将来的にはよ り一般的な構造、つまり時間変動や三次元性をともなうような複雑な構造も、その場観測のデータから再現できるようになるかもしれません。

図3.地球磁気圏境界で観測された磁気フラックスロープの構造(右)と、それを再現するために使用されたクラスター衛星観測データの時系列プロット(左)。左図の破線間の時間帯のデータを右図の作成に使用した。色は4機の衛星のうちのどの衛星のデータかを示す(黒:クラスター1号機、赤:2号機、緑:3号機、青:4号機)。右図で、黒線は再現された磁力線を、色は上図では紙面垂直方向の磁場強度を、下図ではプラズマの圧力を表す。白い矢印は実際の観測データを面内に投影したもの。


<長谷川洋 / 編集: 田中健太郎>