研究プロジェクト
今、プラズマ粒子シミュレーションで何が行われつつあるか?
●プラズマ粒子シミュレーションとは
宇宙プラズマ・ガスは荷電粒子であるイオンと電子で構成される。高温希薄の宇宙プラズマにおいては、これらの粒子は互いに衝突する効果は無視できるのでこれらの粒子の運動は電磁場だけで決定される。そして、これらの粒子の運動の結果、ある場所でみると、そこにあるイオンと電子の数密度がずれたり、そこにあるイオンの平均速度と電子の平均速度がずれたりすることが起こり得る。これは、「宇宙空間において電荷密度が発生した」「宇宙空間において電流密度が発生した」ということである。ここで、電磁場の時間発展を記述するマクスウェル方程式に電荷密度・電流密度の項があることを思い出すと、これはプラズマ粒子の運動が電磁場の時空発展に影響を及ぼすことを意味する。つまり、
(1)電磁場がプラズマ粒子の運動を影響、
(2)イオンと電子の振る舞いに相違が発生、
(3)宇宙空間に電荷密度・電流密度が分布、
(4)これらが電磁場の時空発展に影響、
という4ステップからなるループをぐるぐる回る系が定義できる。これが宇宙プラズマである。
プラズマ粒子シミュレーションは、このループを実行し、計算機の中に宇宙空間を作り出すものだ。グリッドを張った空間を準備し、電磁場はグリッド点上で定義する。空間微分演算は差分で近似する。時間積分は有限幅の時間ステップを逐次進めるという扱いにする。粒子はグリッド空間をなめらかに移動するが、電荷密度・電流密度はグリッド点上で計算され、その際には物理量は補間される。基本的には、ここで述べたことをコードとして実装したものが、プラズマ粒子コードである(専門的にはPICコードと呼ばれる)。
粒子計算は、文字通り、多数の粒子を計算機空間にばら撒いて計算を行う。グリッド幅は、電子デバイ長と呼ばれる、ミクロ(電子空間スケール)なものである。また、時間ステップ幅もプラズマ振動と呼ばれる高周波振動(電子時間スケール)を分解する微小なものである。宇宙プラズマ中の特性的なスケールとして、電子スケールよりも2〜3ケタ大きいイオンスケール、さらに大きなスケールとして、電子とイオンをあわせてひとつの流体として扱うMHD(電磁流体力学)近似が成り立つとされるMHDスケールというものがある。宇宙プラズマ現象の多くは、全体としてはMHDスケールの大規模現象である。全体をそれなりの精度で記載するということであればMHD(流体)計算でよいと思うかもしれない。ここで注意したいのは、宇宙現象の魅力の源であるダイナミックな振る舞いが現れる時にはMHDスケール内部に埋め込まれたイオン・電子スケール効果が重要となる、また、粒子加速は大きな問題だがこれは原理的に流体近似では扱えないということである。ここに、MHD現象を粒子コードでシミュレーションしたい、という問題意識が生まれる。ただし、ここまでに書いたことからわかるように、このためには大きな計算領域に無数の粒子を詰め込んで、短い時間ステップを刻みながら長い時間を積分しなければならず、たいへんな労力を要する。しかし、その価値の高さにもかかわらず誰もがやってやろうとは思わないということは、ある意味ではチャンスなのだ。
●今、熱い話題
宇宙プラズマ・シミュレーショングループは、2000年ごろから「MHDスケール現象を粒子モデルで計算すること」に取り組んできている。この方向が正しいと確信したのは、電流層における不安定性を研究するのに、MHDスケールの蛇行モードも含まれるように計算領域を大きくとって数値実験すると、MHDダイナミクスと連携して、イオン・電子スケールの不安定性が活発化する様相が見えたことに遡る(Shinohara et al Phys. Rev. Lett., 2001)。MHD現象とミクロ物理はそれぞれを取りだして別々に研究するものだというのが、コストも考えた上での、当時の常套手段だったのだが、それでは見えないものすごく面白いことがあることが見えたのだった。それ以来、「磁場爆発(磁気リコネクション)」の発生機構、巨大「磁気島」衝突における猛烈な高エネルギー電子の加速(ムービー1)、大渦にひねられた磁力線の磁気リコネクションとそれにともなう電子加速、衝撃波における新しい電子加速機構(ムービー2)、といった面白い結果を創出してきている。なお、ここに述べたテーマの背景となる「大規模現象とミクロ物理の連携こそが宇宙プラズマの本質」という考え方は、将来計画「SCOPE」を支える思想でもある。
これらの結果は面白いのだが、それを生み出すに至る道のりは長い。単純に計算時間がかかる(ひとつの結果を得るのに3か月ほどかかることもあるが、その一つの結果だけでは結論は出ない)、データ量が多いので処理に時間がかかる(データ処理をするリナックス・マシン用のHDDを買い込むことになる)、現象が複雑なので理解するのに時間がかかる(「頭の内側を掻く」位の気持ちで考えなければいけない)。なので、ビビって、簡単に出来る小さな系の計算に逃げ込みそうになるのだが、それでは「MHDスケールの現象」の数値実験ではない。巨大な系を設定することで自由度を高くし、いろいろな可能性がある中でどれか一つの道筋が選択されるのを目の当たりにし、その物理を理解することこそが面白さの真の源泉なのだ。
研究を進めるコツとしては、観測などを参考にして面白い設定・系を考えだすこと、その本質を把握したうえで予想をすること(複数の予想があってどれになるのか本当にわからない場合が最高だ)、その予想をきちんと論証するような実験計画を企画すること、予想が外れても、むしろそのことを面白がって、更に実験を重ねること、実験結果を真に理解するまで解析すること、また、追実験が必要だと思えば迷わず実施すること、だろうか。実験なのだ、結果はやってみるまでわからない、予想が外れることを喜ぶぐらいでいるべき。「頭が悪い」「要領が悪い」ように聞こえるが、常識の通用しない、だからこそ面白い宇宙プラズマを研究対象とする上で、受け入れなければいけないことだと思う。そして、その正直な態度こそが、宇宙プラズマの知られざる素顔に触れるチャンスを与えてくれるのだ。
< 執筆: 藤本正樹 編集:田中健太郎>