研究プロジェクト
金星プラズマについて-イオン粒子の生み出すマクロな構造
太陽系惑星では大気圏の外側に電離圏が存在し、地球や水星などの磁場のある惑星ではさらにその外側に磁気圏が存在します。 電離圏の主要構成成分は、大気元素が電離したイオンです。その外側の惑星間空間には太陽風(電磁場の流れ)が数百メートル/秒でふいています。 地球近傍では太陽風と磁気圏が相互作用しますが、磁気圏のない金星では電離圏が太陽風と直接相互作用します。
惑星大気は、イオン密度の濃い電離圏領域から太陽風の流れる惑星間空間へと散逸しています。 今回とりあげる金星電離圏と惑星間空間の境界域−イオノポーズにおける物理の研究は、惑星の大気散逸や大気の進化を考える上でも非常に有意義だと考えられています。
過去の惑星探査衛星は電離圏境界域を含む金星電離圏を観測しています。 たとえば金星周回衛星であるPioneer Venus Orbiter (NASA)は電離圏を約10年間に渡って観測しイオンの密度や温度、太陽風の速度等データを得ました。 金星電離圏境界に関してこの衛星観測データの解析及び多くののシミュレーションによる研究が行われています。
電離圏は普通でしたら、重力の影響で金星をとりまくように球形をしていると考えられます。 地球の電離圏は大気の上層にありほぼ球形です。 しかし先ほど述べたように金星の電離圏は300km/secという高速の太陽風と相互作用し、太陽とは反対側(夜側)にのびた雫(スライム)のような形状をしています。 夜側の電離圏領域(スライムの頭部分)には、クラウドやホールとよばれる空間構造があることが観測のデータから知られています。 イオノポーズではマクロな波構造が発達していることが予測され、これらの空間構造と関係が議論されてきましたが、大規模空間構造、その時間発展といった物理過程などは未解明の部分が多いのです。 これは衛星の通る一点における瞬間の観測しか行われていないので、空間構造全体やその時間変化の観察が難しいためです。 テール領域における大規模な空間構造は惑星大気の散逸や進化と密接に関係すると考えられており、その研究は非常に重要なのです。
近年今までの流体シミュレーションの条件に加えイオンの重さを考慮したハイブリッドシミュレーションが行われました。 この試みはクラウドやホール、イオノポーズにおける波構造といった空間構造の再現に初めて成功し注目を浴びました。 電離圏イオンは太陽風の電磁場につかまると太陽風とともに流され、ピックアップイオンと呼ばれます。 太陽風速度Vと惑星間空間磁場(IMF)によってE=−V×Bの太陽風誘導電場が金星近傍に生じます。 ピックアップイオンは太陽風対流電場の方向によって加速されたり減速されたりするので、その方向によって電離圏に非対称が生じると考えられます。
この非対称は前述のハイブリッドシミュレーション結果にヒントを得て、太陽風対流電場というパラメータに新たに着眼して解析を行い、金星電離圏が太陽風対 流電場の方向や強弱、さらには太陽風動圧によって変化することを、初めて衛星による観測結果を用いて示すことに成功しました。 この研究では電離圏イオンを流体としてだけでなくイオンの粒子として捉え、金星電離圏における物理の理解に成功しました。 数千kmに及ぶマクロな空間構造やその時間発展や惑星大気の散逸に、粒子の運動の効果が働くという事実は驚くべきものです。 今回取り上げた金星電離圏だけでなく、火星の電離圏境界やあるいは宇宙空間の様々な領域の電磁流体におけるマクロな構造の物理を考えるとき、イオンや電子 といったミクロな運動を考慮することがこれからは必要不可欠となるでしょう。
<金尾美穂>
図1:ハイブリッドシミュレーションによる金星電離圏の酸素イオン密度分布
図2:PVOデータを用いた解析結果 電場が強い時は電離圏は非対称な構造になる。