最新研究成果
ジオテイル衛星で観測されたプロトンと電子の温度非等方性
---北向きIMFのときの磁気圏境界層の物理に迫る---
西野 真木 / 研究員
1. 本研究の背景
地球磁気圏の周辺で惑星間空間磁場(IMF)が北向きの際に、近尾部の磁気圏境界層付近に冷たいプラズマシートが形成されることが知られている(e.g.. Terasawa et al., 1997)。特に、夕方側(午後側)の磁気圏境界層付近で2温度イオンが観測される(Hasegawa et al., 2003)。この2温度イオンは、磁気圏起源の高エネルギー成分と太陽風起源の低エネルギー成分が同じ磁力線上に同時に存在しているものであり、境界層付近でのプラズマ混合が起きてから間もない状態であると考えられる。この2温度イオンの低エネルギー成分は太陽風から磁気圏へ境界層を横切って流入したものと考えられるが、この輸送を担うメカニズムには諸説あり、完全には理解されていないのが現状である。
本研究で鍵となるのは温度非等方性である。温度非等方性はプラズマがそれまでに受けた物理過程を反映しているため、それを詳しく調べれば境界層付近でプラズマ輸送を担うメカニズムを絞り込むことが可能となるかもしれない。最近我々は、夕方側の2温度イオンに着目し、昼間側と尾部側とでプロトンの温度非等方性が異なることを明らかにした(Nishino et al., 2007a)。その研究では、特に尾部側でプロトン低エネルギー成分が磁場平行方向への強い温度非等方性を持つことが分かった。また、過去の研究では、この領域では電子も強い温度非等方性を持つ場合があることが示されており、その生成には特定の波動が関与していることが示唆されてきた。
このような背景から、本研究では、2温度イオンの際の電子の温度非等方性を調べ、電子とプロトンの温度非等方性の相関の有無も調べることとする。これによって、プラズマ混合や輸送のメカニズムに迫りたい。用いるデータはジオテイル衛星の粒子・磁場データ、WindおよびACEの太陽風データ(NASA提供)である。
2. ケーススタディ
1995年3月24日のジオテイル観測に着目する。この日は非常に強い北向きIMFが半日以上も続き、夕方側の境界層付近で2成分プロトンが観測されている。先の研究(Nishino et al., 2007a)では、プロトンの低エネルギー成分が磁場方向への強い温度非等方性を持つことが明らかになった("http://sprg.isas.jaxa.jp/researchTeam/spacePlasma/results/0705_nishino.html"参照)。そこで、ここでは同じ時間帯の電子の様子を調べることとする。
図1は09:30:10-09:30:22 (世界時)の12秒間のジオテイル粒子観測データである。(a),(b)はそれぞれイオンと電子の速度分布(PSD: 位相空間密度)であり、磁場を含む断面でのPSDをカラーコンターで示してある。電子のPSDの等高線が楕円型をしており、PSDが磁場方向に引き延ばされており、電子の磁場平行方向の温度が磁場垂直方向の温度よりもかなり高いことが分かる。また(c),(d)は磁場平行方向(青色)と磁場垂直方向(緑色)のPSDを示しており、電子に強い温度非等方性が確認できる。さらに、モーメント計算の結果から、磁場垂直方向より平行方向の電子温度が3倍も高いことが分かった。この強い温度非等方性は2時間以上にわたって観測され続けた。
図1.
3 統計解析
図2(a)は、昼間側(X>0, 4例)と尾部側(X<0, 11例)の各イベントで観測された温度非等方性を示す。緑色が電子、青色がプロトン低エネルギー成分、赤色がプロトン高エネルギー成分に対応し、横軸は観測された位置(X座標、単位は地球半径)、縦軸は磁場垂直方向の温度を平行方向の温度で割った値を示している(以降、この値を単に温度比と呼ぶこととする)。温度比が1付近であれば分布関数が等方的であることになり、1より小さければ平行方向の温度が高く、逆に1より大きければ垂直方向の温度が高い。電子の温度比は昼間側でも尾部側でも1より小さく、典型的には0.5程度の値となることが分かる。
図2.
図2(b)は電子温度を示す(ただし太陽風のプロトンの運動エネルギー(1keVは約438km/s)で規格化してある)。青が磁場平行方向の温度、緑が垂直方向の温度である。(a)と(b)を比較すると、強い温度非等方性は磁場平行方向の温度が高いときに見られ(特に尾部側で顕著)、平行方向の温度はイベントごとの違いが小さいことが分かる。このことは、磁場平行方向への電子加熱が存在することを示唆する。
図3(a)はIMF北向きの度合いと温度非等方性との関係を示している(尾部側のみ)。IMF北向きの度合いが強いほどプロトン・電子ともに温度非等方性が強くなることが分かった。また、プロトン低エネルギー成分と電子はいずれも磁場平行方向への温度非等方性を持つが、電子のほうが常に温度非等方性が強いことが分かる。このことは、電子のほうがより効率的に(あるいは電子が選択的に)加熱を受けたことを示唆する。
図3.
図3(b)は電子とプロトンの温度非等方性の相関を示す(尾部側のみ)。プロトン低エネルギー成分と電子の温度非等方性は高い正相関がある。プロトン高エネルギー成分には強い温度非等方性は確認できず、電子との間にも明確な相関が見られない。
4 議論
本研究では、IMF北向き時に近尾部で観測された冷たいプラズマシートのうち、イオンが2温度であるものを解析した。特に尾部側で、電子とプロトン低エネルギー成分は磁場平行方向の温度が高く、両者の温度非等方性には高い正相関が見られた。このことは、尾部側では断熱的な加熱(第2断熱不変量の保存)が働くことを示唆している。ただし、電子の方がプロトンよりも常に温度比が小さいことから、電子の方が平行方向に加熱される度合いが強いことが言える。これは電子に何らかの選択的な加熱が作用していることを示唆する。
また、温度非等方性の生成には磁気圏境界層付近で励起される波動が関与しているかもしれない。特に、LHDW(低域混成波動)はそれに伴う拡散によって磁気圏境界面を横切るプラズマ輸送も同時に説明できるかもしれない(Treumann et al., 1991)。
また、尾部側で、IMF北向きの度合いが強いほど磁場方向への温度非等方性が強い傾向が見られた。このような強い北向きIMFの条件下では磁気圏境界面でKelvin-Helmholtz(KH)不安定による渦が発達することが期待されており、特に1995年3月24日のイベントではKH渦が巻き上がっていたことが示されている(Hasegawa et al., 2006)。このKH渦の内部では磁気リコネクションが起きることが期待されており(e.g. Nakamura et al., 2006)、この磁気リコネクションに伴ってプラズマ輸送が起きるだけでなく、渦内部で励起された波によって粒子が磁場平行方向に加熱され、今回観測されたような強い温度非等方性を作りだしている可能性がある。
今後の研究では、KH渦の内部やごく近傍の観測データに着目し、温度非等方性や分布関数の詳細を調べていきたいと考えている。
参考文献
○ Hasegawa et al., J. Geophys. Res., 108(A4), 1163, doi:10.1029/2002JA009667, 2003.
○ Hasegawa et al., J. Geophys. Res., 111, A09203, doi:10.1029/2006JA011728, 2006.
○ Nakamura et al., Geophys. Res. Lett., 33, L14106, doi:10.1029/2006GL026318, 2006.
○ Nishino et al., Ann. Geophys., 25, 769-777, 2007a.
○ Terasawa et al., Geophys. Res. Lett., 24, 935-938, 1997.
○ Treumann et al., J. Geophys. Res., 96(A9), 16009-16013, doi:10.1029/91JA01671, 1991.
○ Yamamoto and Tamao, Planet. Space Sci., 26, 1185-1191, 1978.
成果公表
この成果をまとめた論文は、国際学術誌Annales Geophysicaeに受理され、出版された。
○ Nishino et al., Temperature anisotropies of electrons and two-component protons in the dusk plasma sheet, Ann. Geophys., 25, 1417-1432, 2007b.