最新研究成果

2流体シミュレーションに見る宇宙プラズマ中に発生する大規模なケルビン・ヘルムホルツ渦の性質

中村 琢磨 / 研究員

 

1. 研究の要点

宇宙空間を満たすプラズマは非常に希薄であり、例えば地球近傍の太陽風中では陽子(proton)同士の衝突時間は数日にも及ぶ。このようにほぼ無衝突な宇宙プラズマ中では、2種類の違う状態のプラズマが水や空気のように粒子同士の衝突によって短時間に混ざり合うことは難しい。しかし様々な人工衛星により、地球磁気圏のプラズマと太陽風プラズマが接する境界の中でも低緯度付近に両領域のプラズマが混合している層があることが観測されている。このような混合を生む原因の有力な候補として、反太陽方向に流れる太陽風プラズマとほぼ静止している磁気圏プラズマとの速度差によって生じるケルビン・ヘルムホルツ(KH)の渦が挙げられている(e.g., Sckopke et al, 1981)。ところが、宇宙プラズマ中では磁場の凍結によりプラズマが磁力線を横切って行き来できないため、2種類のプラズマが接する境界では渦が巻き上がっても、コーヒーにクリームを混ぜる時のように渦の内部が「ぐちゃぐちゃ」になることで混合する、という流体力学的なシナリオは期待できない。

そこで本研究では、宇宙プラズマ中でKH渦が果たす役割を解明するため、電子とイオンの2流体シミュレーション(電子スケールまで解像することで、異常抵抗を考慮せず自然に磁気リコネクションを起こすことが可能)を行った。その結果、KH渦による流れが局所的に境界を狭くすることで磁気リコネクションを誘発し、さらにこの磁気リコネクションが磁気圏境界で見られるような混合を生むことが分かった。

 

2. ケルビン・ヘルムホルツ渦と磁気リコネクションの結合

本研究の結果を紹介する。本研究では、どのような初期条件の時に渦の構造がどうなるのかを、系統的に調べた。その結果、渦の構造は初期の面内磁場(渦が成長する面内成分の磁場)の構造に大きく依存していることが分かった。具体的には、面内磁場の向きや強度によって2種類の渦内磁気リコネクション(type-I reconnectionとtype-II reconnectionと分類する)が起こり渦の構造を支配していることが分かった。

* type-I reconnection (Nakamura et al., 2006)

初期の面内磁場がKH渦を発生させる速度勾配を挟んで反平行になっている場合、KH渦が成長することで反平行が局所的に強められ磁気リコネクションが起こる(type-I reconnection: 図1)。このリコネクションは両領域の磁力線の繋ぎ変わりによるものなので、type-I reconnectionが起こることで渦の内部で両領域のプラズマが混合する。

 

図1. 初期の面内磁場が反平行の場合の2次元2流体シミュレーション結果。反平行磁場はKH渦により強められtype-I reconenctionが発生。

 

* type-II reconnection (Nakamura & Fujimoto, 2005)

初期の面内磁場の強度がKH渦を発生させる速度勾配に対して十分に弱い場合、渦は面内磁場を巻き込みながら成長する。すると、渦の内部に2次的に反平行磁場が形成され磁気リコネクションが発生し巻き上がった渦の構造が破壊される(type-II reconnection: 図2)。また、面内磁場の強度が両領域で極端に違う場合は、type-II reconnectionが作った磁気島がその内部のプラズマごと元あった領域と反対の領域へ運ばれる。このようにtype-II reconnectionは境界をまたいだプラズマの輸送を可能にする。

 

図2. 初期の面内磁場の強度が弱い場合の結果。渦が大きく巻き上がりtype-II reconnectionが発生。また、磁気島に捕獲されたプラズマが反対の領域へ輸送される。

 

3. 地球磁気圏への応用

境界を現実的に考えると、磁力線はプラズマが流れている面と関係なく3次元的な構造をしていることから(図3左)、KH渦はプラズマの流れる面と違う面で成長すると考えられる。具体的には、KH渦は渦巻く面内の磁場強度が弱い程発生しやすくなるため、プラズマが流れる面ではなく面内磁場が弱くなる面を選択的に選んで成長すると考えられる。このことを確かめるため、渦が巻く面の傾きθに対するKH不安定の成長率を線形計算したところ(図3右)、両領域の磁場の傾きの差がそれほど大きくない限り面内磁場が反平行になる面で成長率が最も高くなることが分かった。つまり、KH渦は面内磁場が反平行になる面を選択的に選んで成長する傾向があることになり、このことはtype-I reconnectionによる混合現象が極めて起きやすい現象であることを強く示唆している。また、両領域の磁場の傾きに差がない場合は、KH不安定は面内磁場の強度が極端に弱い面で最大の成長率を持つため、type-II reconenctionによるプラズマの輸送は両領域の磁場がほぼ平行になっているときに起きる可能性がある。

 

図3. (左)より現実的なモデル。(右)両領域の磁場の角度(φ1,φ2)に対するKH不安定が最大成長率を持つ面内でのα(面内磁場の構造を示すパラメータ。α<0は面内磁場が反平行になっていることを意味する。)とMA(MAが大きい程KH不安定の成長は強い。)両領域の磁場の傾きがほぼ同じでない限りほぼ全ての条件でα<0。また、両領域の磁場の傾きがほぼ同じ場合は成長が強い。

 

このようにKH渦の構造を理解するには渦内で発生する磁気リコネクションについて考えることは必要不可欠であり、本研究により渦内磁気リコネクションの性質を2次元の範囲で系統的に幅広く網羅することができた。

 

参考文献
1) Sckopke et al., Structure of the low-latitude boundary layer, J. Geophys. Res., 86, 2099., 1981.
2) Nakamura and Fujimoto, Geophys. Res. Lett., 32, L21102, doi:10.1029/2005GL023362., 2005.
3) Nakamura et al., Geophys. Res. Lett., 33, L14106, doi:10.1029/2006GL026318.,2006.
4) Nakamura, T. K. M., M. Fujimoto, and A. Otto, The structure of an MHD-scale Kelvin-Helmholtz vortex: Two-dimensional two-fluid simulations including finite electron inertial effects, J. Geophys. Res., 投稿中, 2007.