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サブストーム開始機構の研究: 磁気圏尾部で観測されるMHD波から

齋藤 実穂 / 博士課程

 

オーロラは、静かな状態から突然、激しく発達し(ブレークアップ)、また静かな状態へ戻るという特徴を持っている。これは、太陽風から取り込まれた磁気圏尾部のエネルギーが突然、解放される現象を反映していて、これら一連の現象は「サブストーム」と呼ばれる。しかし、なぜ突然、サブストームが開始する(エネルギー解放する)のかは、地球磁気圏物理の長年の大きな問題になっている。サブストームが開始すると、電離層では激しく発達したオーロラが見られる。磁気圏尾部では磁場の双極子化と呼ばれる構造変化が起きる [図1]。

 

図1. サブストームの観測。左下は人工衛星から紫外線カメラで撮った夜側のオーロラ。右側パネルは、Geotail衛星の観測であり、上から磁場の北向き成分、地球方向のイオン流体の速度、全圧、磁場の周波数スペクトルを示している。磁場北向き成分の増加が磁場の双極子化に相当する。

 

サブストームがどのように開始するのかについては多くのモデルがあり、それぞれ異なる物理機構が役割を担っていると考えられている。サブストーム開始モデルは、現象論的に分類すれば、“outside-in” モデルと“inside-out”モデルがある [e.g., Ohtani, 2004]。2つのモデルでは、異なる場所で異なる現象によりサブストームが引き起こされると考えられているため、異なる性質の擾乱(MHD波、電磁流体波)がサブストーム開始時に励起されると予想される。そのうちの一つのモデルを図2に示した。

 

図2. “inside-out” モデルから予想されるMHD波の例。本文、および、Lui [2004]参照。

 

MHD波には、Slow、Fast、Shear、Driftモードに分類することができる。Slow波とFast波は、プラズマと磁場の圧縮、膨張を伴うモードである。位相速度により、遅い方がSlow波、 速い方がFast波と区別される。Shear(Torsional, Intermediate、または、単にアルフベン波とも呼ばれる)は、圧縮、膨張を伴わないモードである。Slow、Fast、Shearは、いずれもプラズマの系では有限の振動数を持っている。一方、Driftモードは、プラズマの系で見たとき、振動数がゼロであり、非一様な背景場を持つプラズマ流体に表れる特有のモードである。

これまでの磁気圏観測から、低周波(<<イオンサイクロトロン周波数、40-150 s)の磁場変動は、磁場の双極子化の数分前から観測されることが知られている。図2のモデルでは、この波動をバルーニング不安定で説明し、この不安定がサブストームを開始させるとする [Cheng and Lui, 1998]。バルーニング不安定は、プラズマの圧力勾配と曲率を持った背景磁場が共存するときに現れる。この不安定により励起されるMHD波は、Drift波(Slow波でもある)である。そのため、双極子化前のMHD波の性質を特定することができれば、このモデルの検証ができる。

磁場の双極子化の数分前から観測される低周波磁場変動は、MHD波から予想される周波数域にある。これが、どのような性質を持ったMHD波かを特定できれば、サブストーム開始時の背景物理に関する情報を得ることができる。たとえば、バルーニングモードがあることが示せれば、少なくともバルーニング不安定が起こっていることが推測でき、そして、それがどのタイミングで表れるかから、サブストーム開始機構への寄与を推定できる。MHD波の性質を特定するには、具体的にはモード、伝播方向がわかればよい。しかし、既存の波の解析手法では、多くの仮定を必要とする上に、限定的な情報しか得られなかった。

そこで、線形MHD理論に基づく新しい解析手法を開発した [Saito et al., submitted, 2007]。イオン流体の運動方程式とファラデーの電磁誘導の法則から、磁場とプラズマ速度の摂動を関係づける式を導くことができる。その関係式は波の波数ベクトルが含むため、人工衛星で観測した磁場と低エネルギーイオンのデータをフィッティングすることで、波の波数ベクトルが求まる[図3]。この手法では、背景の磁場の曲率、勾配を考慮している。また、磁力線に垂直方向の波数ベクトルが求まることがこれまでにない点である。さらに、背景のイオン速度がわかっているので、ドップラーシフトも補正できる。

 

図3. “MHD fitting method”の手順。B、vは、それぞれ、磁場とイオン速度。kは波数。平行、垂直は背景磁場を基準にしている。

 

開発した手法を、磁場の双極子化前に観測される低周波磁場変動に適用した。用いたイベントは、サブストームに伴う磁場の双極子化前に、Geotail衛星が近尾部プラズマシートの磁気赤道面近く、かつ、オーロラブレークアップが起きた磁気地方時(MLT)に滞在していたものである。その結果、磁場の双極子化4分前にSlow モードの波、2分前にFast モードの波が同定された[図4]。Fast モードのタイミングはオーロラブレークアップとほぼ同時で、サブストーム開始に関係深いと考えられる。また、磁場の双極子化の4分前から、Drift モードの波も存在することがわかった。Driftモードの存在は、バルーニング不安定の線形段階を表している。

 

図4. 同定された磁場双極子化前のMHD波。サブストーム開始を含む10分間のGeotail観測と結果のまとめ。上から、磁場3成分、イオン速度3成分(GSM座標)、イオン圧と磁場圧。低周波成分だけ見えるようにバンドパスをかけた。本手法で同定したモードは、イオン圧と磁場圧の変化からも確認できる。

 

本研究では、人工衛星による一点観測からMHD波のモードを決定するための新しいデータ解析手法を開発した。新手法は、一点観測からドップラーシフトの効果までも補正することができる。また、波の伝播方向、位相速度を決定することが可能である。この手法を実際の衛星観測に適用し、初めて、磁気圏近尾部でFast、Slow、Drift波の存在を定量的に同定することに成功した。

本研究の結果は、“inside-out”モデルから予想される波の存在を示している。しかし、サブストーム開始機構の解明には、今後さらなる研究が必要である。Fastモードは、“inside-out” モデルが予想するように、尾部へ伝播して磁気リコネクションのトリガーとなるのか、また、理論から予想されるように、モード変換してオーロラ微細構造をつくるのか、など興味深い問題が提起される。Driftモードは、サブストーム開始機構の有力な候補であるだけでなく、オーロラの空間構造、時間発展を説明できる可能性がある。

 

参考文献
1. Cheng, C. Z., and A. T. Y. Lui (1998), Kinetic ballooning instability for substorm onset and current disruption observed by AMPTE/CCE, Geophys. Res. Lett., 25(21), 4091.
2. Lui, A. T. Y. (2004), Potential plasma instabilities for substorm expansion onsets, Space Science Reviews, 113(1-2), 127-206.
3. Ohtani, S. (2004), Flow bursts in the plasma sheet and auroral substorm onset: Observational constraints on connection between magnetotail and near-Earth substorm processes, Space Science Reviews, 113(1-2), 77-96.
4. Saito, M. H., Y. Miyashita, M. Fujimoto, I. Shinohara, Y. Saito, and T. Mukai (2007), Modes and characteristics of MHD waves prior to depolarization onset: Fitting method, submitted to JGR.