最新研究成果

躍動する電子を磁気圏境界領域で捉える

〜観測/シミュレーションの協同研究〜

田中 健太郎 / 研究員

 

磁力線再結合現象 (Magnetic reconnection; 以下RX) はプラズマ宇宙で普遍的に見られるプラズマ爆発現象です。そこでは空間に蓄えられている電磁場エネルギーがプラズマ粒子の加速エネルギーに変換されます。RXの痕跡は微視的な粒子の比熱的加速から巨視的な流体的構造変化まで、あらゆる時空間スケールに亘ります。現在まで、科学衛星によるその場探査が、プラズマ粒子加速の直接的、決定的証拠を取得しようとしていますが、RXによる粒子加速の空間スケールは極めて小さく, 観測が困難です。

異なる特性を持つプラズマ集団が接している状態では、RXによって互いのプラズマが輸送もしくは混合されます。このようなプラズマ輸送プロセスは地球周辺宇宙空間でも観測され、磁気圏境界領域 (Magnetopause; 以下MP) はまさにその領域の最たる物です。MPは、地球磁気圏 (Magnetosphere; 以下SP) とマグネトシース (Magnetosheath; 以下SH) の、異なる特性を持つ2つのプラズマ集団が接することによって形成される領域です。そこではSHプラズマがSPプラズマよりも濃く存在しています。

MPでのRXによるプラズマ輸送プロセスは観測的な先行研究が多くあるなかで、近年Cluster衛星によるMP観測 [Retino et al., 2006] が、SHからSPへ電子が輸送されている、その一端を示しました。しかしながら、時空間解像度が電子スケールを完全に分解できるほど高くなく、Retinoらによる報告は1点観測でした。従って、MPの空間構造はどのようであったか、輸送されてきた電子がどこからどのように飛来してきたのか、の様な物理的な納得を得るためには、粒子シミュレーションとのシナジーが必須です。そこで、MP観測から得られた情報 (図1)をもとに2次元粒子計算を実行し、観測との比較を行いました。

 

図1. (上から順に) 電子密度、磁場3成分、イオンフローL成分、電場N成分。図中赤ハッチがMPに対応し、赤ハッチよりも左側がSP、右側がSH。

 

LMN座標系で、図1は上から順に電子密度、磁場3成分、イオンフローL成分、そして電場N成分です。図中赤ハッチがMPに対応し、赤ハッチよりも左側がSP、右側がSHです。SPとMPの境目はセパラトリクス領域 (Separatrix region; 以下SR) が形成されています。観測的特徴は: (1) SP側SRに密度ディップが存在する (青線部分)。(2) MPのSP側にイオンアウトフロージェットピークが偏っている (緑線部分)。(3) ENバイポーラーピークが電子ディップの位置に存在する (赤線部分)。(4) BMの2こぶ構造が10:58:02 UTと10:58:26 UTにあり、磁場反転領域 (黒線) よりもSPよりのBMの方が小さい、です。

この観測結果を受けて、2次元粒子計算を行いました。SP (SH)側をXN < 0 (> 0)とし、SPの磁場の向きを+L方向にしたHarris型磁場、LMN右手系になるように+Mを設定しました。SPとSHの密度の比率を0.1:1に設定しました。初期には計算面中心に微少磁場擾乱を置き、リコネクション発生直後の状況を設定しました。

 

1. 観測との比較: 巨視的構造

次に、計算結果の中から観測結果の特徴を如実に表している時刻/空間を抽出しました。その瞬間の構造を眺めてみましょう (図2)。左図は電子密度、右図は電子フローL成分です。黒線は磁力線で、1白グリッドは2イオン慣性長です。観測がMPのどの辺りを見ていたのでしょうか? MPを観測した場所は、X-lineから6イオン慣性長弱だけ離れた位置で、顕著な特徴は、(1) 電子の流れがSHからMPを経由してSPへ輸送されていて、(2) SP側セパラトリクス領域 (Separatrix region; 以下SR)に密度ディップ構造が続いています。

 

図2. 2次元シミュレーション結果。左は電子密度、右は電子フローL成分。

 

では、衛星の観測結果をどれだけシミュレーションが再現できているでしょうか? 詳細を見ましょう。図3は図2の点線に沿った1次元プロットです。図は上から順番に、電子密度、磁場3成分、イオンフローL成分、電子フローL成分、電場N成分です。特徴は、(1) 電子密度ディップがSP側MPで形成され (青線)、(2) MP内イオンアウトフローのピークがSPにシフトして (緑線)、(3) ENのバイポール型ピークが電子密度ディップ近傍に発生している (赤線)、(4) BMに2こぶピークがあり、磁場反転領域 (黒線) よりもSP側のBMの方が小さい。

 

図3. 図2の点線に沿った1次元プロット。(上から順に) 電子密度、磁場3成分、イオンフローL成分、電子フローL成分、電場N成分。

 

2. 観測との比較:微視的構造

以上のように、マクロ構造については十分に再現が出来ましたが、さらに突っ込んで所で電子そのもののダイナミクスまで十分に再現できているでしょうか? それをチェックするために、観測結果で得られた電子エネルギースペクトルをまずは眺めてみましょう (図4)。この電子スペクトルは、MPとSP境界に存在するSRでサンプルされた物です。図中、赤線 (青線) は磁場と平行 (反平行) 方向の電子エネルギースペクトルを表します。この図では特徴的なプロファイルが描かれています。まずは低エネルギー側に反平行ビームのピーク、そして高エネルギー側に平行ビームのピーク、の2カ所エネルギー帯に電子が集中していることが分かります。さて、この2つのピークが計算結果に現れるでしょうか?

 

図4. SP側MPのSRでサンプルされた電子スペクトル。赤線 (青線) は磁場と平行 (反平行) 方向のスペクトル。

 

実はこの2つのピークは、シミュレーションとの比較によって、(1) SHからMPへ突っ込むビーム、(2) MPからSPへ飛び出すビーム、の2つのビームが混合していることが分かったのです!! シミュレーションから得られた電子速度分布関数を図5に示しています。図中左、右の電子分布関数はXN=-1.5、-1.7で取得された物です。この2つのビームが得られた場所は、電子慣性長程度しか離れていない、狭い範囲にそれぞれ存在していることが分かります。衛星観測ではこのような狭い範囲での空間分離が出来なく、結果的に2こぶのピークが同時 (同一サンプリング時間内) に見えてしまっていた、と言うことです。

 

図5. XN=-1.5 (左) 、-1.7 (右) で取得された電子速度分布関数。

 

3. シミュレーションからの予測: X-lineでの構造

ここまで観測との素晴らしい一致を見ましたが、では他の領域ではどのような構造的特徴が見えるのでしょうか? シミュレーションによる予測を見ていきましょう。RXにとってX-lineの構造は特筆に値する領域ですので、そこでの1次元カットを観察しましょう (図6)。この図の中で最も重要な部分は、MP中心のすぐSPに鋭い密度勾配が形成されていることです。このような鋭い密度勾配が形成されると、3次元空間内ではLower-hybrid drift instability (LHDI)が励起されることが知られています。LHDIは非常に成長率が高く、LHDIの非線形段階では電流層構造を素早く変化させ、RXの素早い発達に大きく寄与することが知られています。今回のシミュレーションは2次元計算なのでLHDIの励起は再現されませんが、この解析によって3次元MPでのRXがLHDIによって素早く発生することが暗示されます。

 

図6. X-line上での1次元プロファイル。フォーマットは図3と同じ。

 

この記事の内容は現在Annales Geophisicaeに投稿中です。

参考文献

Retino, A., et al. (2006), Structure of the separatrix region close to a magnetic reconnection X-line: Cluster observations, Geophys. Res. Lett., 33, L06101, doi:10.1029/2005GL024650.