最新研究成果
中間エネルギーイオン分析器の開発
笠原 慧 / 博士課程
宇宙プラズマ粒子観測は変革の時を迎えています。従来のような低エネルギー(40 keV以下)の粒子観測で満足する時代は終わりつつあります。
地球磁気圏およびその近傍においては、プラズマの典型的なエネルギーは数eV以下(電離圏)から数keV(太陽風、プラズマシートなど)がほとんどで、MHD的な場の解析のためには30 keV/q程度までイオン/電子(=低エネルギー粒子)を計測すれば重要な情報のほとんどが得られる、というのが従来の考え方/やり方でした。
これはおおむね正しいのですが…
図1はGeotail衛星が低エネルギーイオン観測器(LEP-i)で観測したリコネクション領域近傍のイオンのデータです(横軸:時間、縦軸:エネルギー、色:カウントレート)。このように、加速領域では40 keV/q程度の観測エネルギー上限は簡単に振り切られてしまい、それ以上のエネルギーを持つ粒子の詳細はわからず、加速機構を議論する事は困難でした。
図1: Geotail衛星の観測したリコネクション領域近傍のイオンの
データ。文献[1]より転載。
Geotailに40 keV以上のイオンを観測する機器が搭載されていなかったわけではありません。10-200 keV(中間エネルギー)を受け持つSTICSと、60-3000 keV(高エネルギー帯)のプロトンに対して感度を持つICSが搭載されていました。しかし実際には、感度の低さ・視野の狭さ・検出効率の不確定性といった技術的問題や、ときには開発国の違いに起因するデータアクセスのしにくさといった政治的問題などにより、低エネルギー粒子の延長として使われることはほとんどありませんでした。
2007年に打ち上げられたTHEMIS衛星による観測は、夜側地球近傍(< 15 Re)での磁場双極子化に伴ってイオンがいとも簡単に低エネルギー粒子観測器の観測上限エネルギーを振り切ってしまう様子をみせつけています(図2)。
図2: THMEIS衛星のデータ。見方は図1と同様。上から2段がイオン,下の2段が電子。磁場の双極子化に伴って粒子のエネルギーも上がる(http://themis.ssl.berkeley.edu/)。
ただ、THEMIS衛星の素晴らしい点は、半導体検出型の高感度高エネルギーイオン分析器(SST)を搭載しており、しかも、低エネルギー側と連続的なスペクトルを実現している事です。このような観測は、われわれの近尾部観測における視点を高エネルギー側へと拡張し始めています。
さらに磁気圏の地球近傍に視野を移すと、リングカレント領域(8 Re以内くらい)があります。ここでは、典型的なイオンのエネルギーは数10 keV以上であり、もはや低エネルギーイオン観測器のみでは静穏時ですらプラズマ圧を正しく計測する事ができません。また、磁気嵐時には酸素イオンのプラズマ圧が卓越することもよく知られており、THEMIS衛星搭載SSTのような質量分析機能のないセンサーでは十分な観測が行えません。このような内部磁気圏の探査では、過去、いくつかの中間エネルギーイオン分析器が開発・搭載されましたが、いずれも視野・感度が十分なものではなく、3次元の分布関数を評価できるような結果は得られませんでした。
そこで私が開発したのが:
3次元速度分布関数の観測が可能な中間エネルギーイオン分析器(図3)です。
図3: 中間エネルギーイオン質量分析器.文献[2]より転載。
図3は概念を示す簡単な絵ですが、実際のモデルは図4のように複雑かつ美しいものです。
図4: 中間エネルギーイオン質量分析器3次元断面(ワイエスデザイン製作)。
低エネルギーイオンのエネルギー分析にしばしば用いられる静電分析器は、その原理上、計測エネルギーの上限が高くなるほどサイズが大きくなってしまう傾向があります。従って、静電分析器を中間エネルギーイオン分析器に応用する場合、サイズを抑えるために何らかのトレードオフが必要であり、過去の分析器では感度や視野が犠牲になってきました。ただし、その際には必要以上の高エネルギー分解能や高角度分解能といった「無駄遣い」がありました。
そこで私は、全く新しい形状の静電分析器(図3の上段部分)を開発し、「ちょうどよい」エネルギー分解能/角度分解能を保ったまま、これまでにない高感度と広視野を実現しました(文献[3])。
静電分析器はイオンのエネルギー電荷比(E/q)を計測することができます。そこで、図3にもあるように、静電分析部の後段で速度計測(vを計測)を行うことによって、質量電荷比(m/q)を算出することができます(m/q = 2E/q/v^2)。これがToF型質量分析の原理です(cf., http://sprg.isas.jaxa.jp/researchTeam/spacePlasma/projects/leftof/leftof.html)。
今回私は、その静電分析部につづく質量分析部を開発し、実験室での試験によって設計どおりの性能を確かめました(図5)。この質量分析部は、360度の視野のほとんどを網羅するよう設計されているため、衛星のスピンを利用して全立体角の視野を得ることが出来ます。
図5: 実験室における質量分析の結果と数値計算の比較。文献[2]より転載。
この分析器は、ERG衛星に搭載されて内部磁気圏ダイナミクスの解明を促進し、また、SCOPE衛星群母衛星に搭載されてリコネクション領域やバウショック、マグネトポーズといった、乱流場、境界層におけるイオンの加速/輸送を明らかにする事になります。
(cf., http://sprg.isas.jaxa.jp/researchTeam/spacePlasma/mission.html)
あとがき: 革新的な科学成果を生み出す衛星搭載機器をゼロから設計するという作業は、科学する楽しみと同時に、芸術的な、創造する悦びを与えてくれます。工学的制約を満たしながら美しいフォルムを描いていくという作業は、ある意味、建築家の仕事に似ているかもしれません。
参考文献:
[1] Nagai, T., M. Fujimoto, Y. Saito, S. Machida, T. Terasawa, R. Nakamura, T. Yamamoto, T. Mukai, A. Nishida, and S. Kokubun (1998), “Structure and dynamics of magnetic reconnection for substorm onsets with Geotail observations”, J. Geophys. Res., 103(A3), 4419--4440.
[2] Kasahara. S, K. Asamura, T. Takashima, T. Mitani, Y. Saito, M. Hirahara, K. Ogasawara, and T. Mukai, “Medium Energy Ion Mass Spectrometer Capable of Measurements of Three Dimensional Distribution Functions in Space”, IEEE Transactions on Plasma Science, accepted.
[3] Kasahara. S, K. Asamura, Y. Saito, T. Takashima, M. Hirahara and T. Mukai, “Cusp type electrostatic analyzer for measurements of medium energy charged particles”, Review of Scientific Instruments, 77, 123303, 2006.