最新研究成果

バルーニング不安定がサブストーム開始のトリガーか?

齋藤 実穂 / 博士課程

 

磁気圏は、太陽風からエネルギーを取り込み、それを間欠的かつ急激に放出する性質を持っている。この一連の過程はサブストームと呼ばれ、この中で起きる突発的な状態遷移がサブストームの開始と呼ばれる。 サブストームの開始は、 オーロラを発達させ、地上や磁気圏での磁場の乱れ、粒子加熱、粒子加速、プラズマ放出など活発で多様な現象を引き起こす。このような突発的なエネルギー放出を担うプラズマの物理は何だろうか? サブストーム開始を誘引(トリガー)する候補の一つにバルーニング不安定が提案されている。

バルーニング不安定とは、圧力勾配があるときの不安定で、レイリー・テイラー不安定の類推から理解できる(図1)。レイリー・テイラー不安定は、軽いものの上に重いものがのっているときに起こる流体不安定で、バルーニング不安定は、重力のかわりに、プラズマにかかる遠心力で引き起こされる。サブストームの開始前、磁気圏尾部の磁力線は引き伸ばされ大きな曲率を持つ状態になる。このような特殊な状況が、サブストームの爆発的な擾乱の原因にならないだろうか?

 

図1. レイリー・テイラー不安定とバルーニング不安定。

 

オーロラ画像の解析からも、磁気圏でバルーニング不安定が起こっていることが推測されている [e.g., Elphinstone et al., 1995]。オーロラの発光の強弱や模様は、磁気圏でおこっているダイナミクスを写すスクリーンと捉えることができる。サブストーム開始の直前、オーロラアークに東西方向に波数ベクトルをもつ構造が現れる。この東西方向のオーロラ構造は、バルーニングモードから予想される波構造とおおむね一致する。しかし、バルーニング不安定は、理論的な安定性の予測が難しく、磁気圏では安定であるという主張もある。さらに観測的には、バルーニング不安定は磁気圏内で存在するのか、という点も疑問視されているのが現状で、その存在すら一般的に受け入れられていない。しかも、サブストーム開始を説明するメカニズムは他にも数多くあり、バルーニングモードの波の存在を示す観測的な証拠が必要である。

そこで、磁気圏探査衛星Geotailの観測を用いて、サブストーム開始前に、バルーニングモードの波が同定されるか調べた。まず、磁気圏でバルーニング不安定がおこると、図2のように磁力線が変形 するだろう、と考えた。その様子を捉えるため、Geitail衛星が磁気赤道面近くを 観測したデータを解析した。 10年以上のGeotail観測から、6例のサブストームを見つけることができた。 そのうちの4イベントで、図2から予想される磁場変動がサブストームの開始前に見られ、バルーニングモードの波が発生していることが分かった。

 

図2. バルーニング不安定による磁場の変化。

 

また磁場だけでなく、プラズマ速度も合わせて解析することで、バルーニングモードの波長を導出することができた[Saito et al., 2008]。その結果、バルーニングモードの波長は、イオンのラーモア半径程度であることがわかった [図3]。MHD流体不安定では、波長が小さいほうがより不安定な傾向がある。しかし、イオンのラーモア半径より小さくなると力学的な効果から反対に安定化する傾向を持つ。そのため、ちょうどイオンのラーモア半径程度の波長で不安定が現れると予想される。そして観測は、まさにそのとおりの波長を示した。

 

図3. 同定されたバルーニングモードの波長。

本研究から、サブストーム開始の数分前に磁気圏内でバルーニング不安定が発生している強い証拠を得ることができた。では、バルーニング不安定がサブストーム開始のトリガーといえるだろうか? その問いに答えるためには、バルーニング不安定のサブストーム開始メカニズムに対する役割を、観測的かつ理論的に示すことが必要で、今後の課題である。

(追記)

本研究成果 [Saito et al., 2008]はジャーナル(Geophysical Research Letters)のハイライトとして紹介された。
http://www.agu.org/journals/scripts/highlight.php?pid=2008GL033269
論文内では、宇宙天気、予報、とは、一言も触れていなかったにもかかわらず、ハイライトの紹介文からは、「宇宙天気予報」の観点からもサブストーム研究に対する 需要と期待があることがうかがえる。「宇宙天気」が荒れると、極地方の電力会社、人工衛星、ナビゲイションシステムなどへの不具合、といった様々な問題が生ずる。サブストームに関する知識基盤は、宇宙天気予報のシステムを作るためのアルゴリズムに深く関わってくる。これからは「宇宙プラズマ現象の根源的理解」だけでなく、「宇宙天気への貢献」も考え、ちょっとだけ襟を正して研究しようと思う。

 

参考文献:

Elphinstone, R. D., et al. (1995), Observations in the Vicinity of Substorm Onset: Implications for the Substorm Process, J. Geophys. Res., 100(A5), 7937?7969.

Saito, M. H., Y. Miyashita, M. Fujimoto, I. Shinohara, Y. Saito, K. Liou, and T. Mukai (2008), Ballooning mode waves prior to substorm-associated dipolarizations: Geotail observations, Geophys. Res. Lett., 35, L07103, doi:10.1029/2008GL033269.