最新研究成果
宇宙プラズマ中に多数発生する大規模渦の合体成長過程
中村 琢磨 / 研究員
流体的不安定であるケルビン・ヘルムホルツ(KH)不安定は渦として発展することで、効率的な流体の混合・輸送を生み出すことが知られている。KH渦と思われる渦の巻き上がりは、我々に身近な流体である水や空気中だけでなく、地球近傍の宇宙空間でも観測されているが[Hasegawa et al., 2004]、無衝突で完全電離という特異な性質を持つ宇宙プラズマ中で具体的に渦がどのように発展するのか、また、発展することでどのような効果を生み出すのか、未だに多くの謎が残されている。近年、渦一つが発生する計算領域を確保した数値シミュレーション(電子・イオン共に流体と近似した2流体シミュレーション)により渦の成長に伴いその内部で発生する磁気リコネクションが渦の構造を支配し、さらには、渦の内部でプラズマの混合を生み出す可能性が示された[Nakamura et al., 2008]。しかし、観測される渦パターンは周期性があるため、渦は横並びに多数発生していると考えられている。そこで、本研究では、多数発生した渦同士の相互作用を「渦と磁気リコネクションの結合」という観点から調べた。
渦の成長と共に発生する磁気リコネクションには2種類ある[Nakamura et al., 2008]。一つは、速度勾配層が同時に電流層となっている場合(初期の磁場が速度勾配層を挟んで反平行の場合)に発生するタイプのリコネクション(type-Iリコネクション)で、KH渦が成長を始めると同時に電流層が揺らぎ、局所的に薄くなる領域が生まれることで発生する。もう一つは、渦が大きく巻き上がった場合に発生するタイプのリコネクション(type-IIリコネクション)で、渦の巻き上がりと共に巻き込まれた磁力線が大きくひねられ2次的に電流層が作られることで発生する。
本研究ではこれら2種類のリコネクションが渦合体過程にどのように影響するかを調べるため、渦が並んで8個発生する広い計算領域を確保し、「初期に電流層がある場合/ない場合」、「渦が大きく巻き上がる場合/巻き上がらない場合」の組み合わせで4つの場合の2流体シミュレーションを行った。
まず、「渦が大きく巻き上がる場合」の結果を紹介する。
図1は「初期に電流層がない場合」の結果である。8つの渦が巻き上がるがその内部でtype-IIリコネクションが起こるために崩壊してしまい、渦合体が起こらない。しかし、壊された渦が速度勾配層を渦の成長した分だけ均すため、分厚い速度勾配層が生まれそこで2次的にKH渦が発生する。均された速度勾配層の厚みは初期の4倍程度なため2次的な渦のサイズも初めに発生する渦の4倍程度になる。
図1. 「渦が大きく巻き上がる場合」かつ「初期に電流層がない場合」の計算結果。図は圧力のコンターで線は磁力線。
図2は初期に「電流層がある場合の結果」である。図1の場合と同様に8つの渦が巻き上がるが、局所的に薄くなった電流層でtype-Iリコネクションが発生するため、巻き込まれる磁力線がなくなりtype-IIリコネクションが起こらない。そのため、この場合は渦の崩壊が起こらずに渦合体が起こり、最終的に大きな一つの渦へと合体成長する。
図2. 「渦が大きく巻き上がる場合」かつ「初期に電流層がある場合」の計算結果。
次に、「渦が大きく巻き上がらない場合」の結果を紹介する。
まず、「初期に電流層がない場合」はtype-Iリコネクションもtype-IIリコネクションも起こらず、KH不安定により境界層が少し揺らぐだけで大きな構造の変化は起こらない。しかし、「初期に電流層がある場合」はtype-Iリコネクションが起こり、渦が磁気島として成長する(図3)。さらに、この場合もtype-IIリコネクションによる渦の崩壊は起こらないため、渦(磁気島)が合体成長する。
図3. 「渦が大きく巻き上がらない場合」かつ「初期に電流層がある場合」の計算結果。
以上のように、多数発生した渦同士の相互作用を考える上でも2種類の渦内磁気リコネクションは重要であることが分かった。「渦が大きく巻き上がる場合」では、type-IIリコネクションによる渦崩壊がtype-Iリコクションにより防がれるかどうかで渦合体が起こるかどうかが決まる。さらに、type-IIリコネクションが発生し渦合体が起こらない場合でも渦崩壊に伴い均された勾配層に反応し2次的な大渦が巻き上がるため、いずれにしても構造の大規模発展は起こる。また、「渦が大きく巻き上がらない場合」でもtype-Iリコネクションが起これば、渦は磁気島として大規模に発展することができる。
一方、地球磁気圏マグネトポーズのような2種類のプラズマの接する境界層は、2領域で磁場が違う方向を向いていることが多く、境界層が「速度勾配層」かつ「電流層」となることが多いため、図2、図3のようなtype-Iリコネクションが起こりやすいと考えられる。Type-Iリコネクションは2領域の磁力線が繋ぎ変わって起こるため、繋ぎ変わった磁力線上(つまり渦内部)でプラズマの混合が起こる。図2、図3で示されているように、Type-Iリコネクションが起こる場合は「渦の巻き上がり具合」に関係なく渦は合体成長して大規模発展するので、すなわち、渦内のプラズマ混合領域がどんどん拡大していくことになる。本研究のシミュレーションは磁気圏を模したものではなく基本的な設定の元で渦合体の基本物理を確かめたものであるが、本研究で考えられたtype-Iリコネクションによる渦内混合領域の拡大現象は、例えば、地球磁気圏マグネトポーズの内側の低緯度境界層(LLBL)のプラズマ混合領域の生成過程を解明できる可能性がある。また、本研究で得られた宇宙プラズマ中での渦合体過程の結果は地球磁気圏だけでなく、乱流的である宇宙プラズマの様々な領域に応用できる可能性がある。
参考文献:
Hasegawa. H., et al., Transport of solar wind into Earth's magnetosphere through rolled-up Kelvin-Helmholtz vortices, Nature, 430, 755, 2004.
Nakamura, T. K. M., et al., Structure of an MHD-scale Kelvin-Helmholtz vortex: Two-dimensional two-fluid simulations including finite electron inertial effects, J. Geophys. Res., 113, A09204, doi:10.1029/2007JA012803, 2008.
Nakamura, T. K. M., et al., Magnetic Effects on the Coalescence of Kelvin-Helmholtz Vortices, Phys. Rev. Lett., 101, 165002, 2008