最新研究成果
「かぐや」搭載プラズマ観測装置が発見した太陽風月面反射/散乱現象
齋藤 義文 / 准教授
「かぐや」衛星は2007年9月に種子島宇宙センターより打ち上げられた月周回衛星で、月高度100kmの極軌道衛星です。「かぐや」には14の観測装置が搭載されていますが、ここで紹介するのはその中のプラズマ観測装置(MAP-PACE: Magnetic field and Plasma experiment-Plasma energy Angle and Composition Experiment)の観測結果の一つです。
プラズマ観測装置MAP-PACEは15keV以下の電子のエネルギーと量を計測する2台の電子観測装置ESA(Electron Spectrum Analyzer)-S1, ESA-S2と28keV/q以下のイオンのエネルギーと量を計測するIEA(Ion Energy Analyzer)、IEAの機能に加えてイオンの質量も計測できるIMA(Ion Mass Analyzer)の4つのセンサーで構成されています。「かぐや」衛星は、衛星の特定の面を常に月面に向けた状態で月の周りを飛行しますが、どの方向から飛来する電子、イオンでも計測できるように、ESA-S1とIMAは月面方向の半球面の観測視野、ESA-S2とIEAは反月面方向の半球面の観測視野を持っています。
月周辺の荷電粒子は1960年代から1970年代にかけて月周回衛星や、月面上に設置されたプラズマ観測装置により精力的に研究がなされました。しかしながら、その後月を訪れた衛星の殆どは、月面のイメージングを目的としており月周辺プララズマに関する新しいデータは長期間にわたって得られていませんでした。特に、月高度100kmの周回軌道でこれまでにイオンの質量分析が行われた例は無く、MAP-PACEは世界で初めて月周辺イオンの分布を明らかにしました。
図1は、MAP-PACEが観測したイオンのE-tダイアグラムと呼ばれるもので、横軸は時間、縦軸はイオンのエネルギーでイオンの量が色で表されています。IEAのデータを見ると約2時間毎に、強いイオン流が観測されていますが、これは「かぐや」衛星が月の周りを約2時間かけて1周することに対応しています。IEA, IMAの観測視野と、このデータを観測した時の「かぐや」衛星の位置を図2に示します。月は地球の周りの地球半径の約60倍のところを公転しています。図2には地球磁気圏が模式的に描かれていますが、図1のデータは月が地球磁気圏の外の惑星間空間にあった時に得られました。太陽からは太陽風と呼ばれるプラズマが絶え間なく吹き出していますが、IEAで観測された強いイオンの流れはこの太陽風です。図を見るとわかるようにこの日、太陽風は750eV程度のエネルギーを持っていました。太陽風の主成分はプロトン(H+)ですので、その速さは、約380km/sになります。
図1. MAP-PACEが観測したイオンのE-tダイアグラム。
図2. IEA, IMAの観測視野と、2008年2月27日の「かぐや」衛星の位置。
MAP-PACEが初めて発見した太陽風の月面反射/散乱現象を示すデータを図3に示します。IEAが太陽風を観測している時、IMAのデータには太陽風よりは弱いのですが、イオンが観測されています。このイオンのエネルギーを見てみると、IEAで観測された太陽風のエネルギーよりも低い事がわかります。IMAは月面側の半球面の視野を持っていますので、これらのイオンは、月から飛んで来たものであるということが言えます。これと同じようなデータが他の日にも観測されていますが、常に太陽風より少し低いエネルギーで観測されていることなどから、このイオンは太陽風が月面で反射/散乱されたものであると結論することができます。これまで、月面に衝突した太陽風イオンは月面で吸収されると考えられてきましたので、観測できるほどの量のイオンが月面から戻ってくるという事には非常に驚きました。どのくらいの量のイオンが月面で反射/散乱されるのかを調べたところ、入射する太陽風の約0.1%〜1%程度であることがわかりました。
図3. IEAが観測した太陽風と、IMAが観測した太陽風の月面反射/散乱。
IMAは質量分析器ですので、観測されたイオンの質量種の情報も得る事ができます。それによると、IMAの観測したイオンはプロトン(H+)であることがわかりました。太陽風の中には、プロトンの次に多いイオンとして、アルファ粒子と呼ばれるヘリウムの2価イオン(He++)が含まれています。この日の太陽風中にもアルファ粒子が含まれていましたが、月から飛来したイオンにはアルファ粒子は全く観測されていません。何故元々太陽風の中に含まれていたアルファ粒子が月面で反射/散乱されたイオンに含まれていないかまだはっきりと説明できませんが、イオンと物質が衝突する際のイオン化率の差がその原因であると推測しています。月面で反射/散乱された太陽風は、月面の何らかの情報を持っていると考えられます。ですので、反射/散乱されたイオンと月面の反射/散乱地点との対応をつける事で、太陽風を用いた月面の遠隔探査ができるのではないかと期待しています。
今回紹介した太陽風イオンの月面反射/散乱現象は、月だけに限定された現象ではなく、大気や強い固有磁場を持たない天体の周辺空間に共通に存在する現象であるはずです。このような、広く宇宙空間に存在する普遍的なプロセスを新たにMAP-PACEは月で発見することができました。今回のMAP-PACEの観測を通して、新しい観測を行えば、必ず新しい現象の発見につながるということを強く実感しました。
参考文献:
[1] Yokota S., Y. Saito, K. Asamura, and T. Mukai, Development of an ion energy mass spectrometerfor application on board three-axis stabilized spacecraft, Rev. Sci. Instrum., 76, 014501-1-014501-8, 2005.
[2] Saito Y., S. Yokota, K. Asamura, T. Tanaka, R. Akiba, M. Fujimoto, H. Hasegawa, H. Hayakawa, M. Hirahara, M. Hoshino, S. Machida, T. Mukai, T. Nagai, T. Nagatsuma, M. Nakamura, K. Oyama, E. Sagawa, S. Sasaki, K. Seki, T. Terasawa, Low energy charged particle measurement by MAP-PACE onboard SELENE, Earth Planets and Space, 60, 4, 375-386, 2008.
[3] Saito Y., S. Yokota, T. Tanaka, K. Asamura, M. N. Nishino, M. Fujimoto, H. Tsunakawa, H. Shibuya, M. Matsushima, H. Shimizu, F. Takahashi, T. Mukai, and T. Terasawa, Solar wind proton reflection at the lunar surface: Low energy ion measurement by MAP-PACE onboard SELENE (KAGUYA), Geophys. Res. Lett., 35, L24205, doi:10.1029/2008GL036077, 2008.