最新研究成果

かぐや衛星による月起源イオンの観測

横田 勝一郎 / 助教

 

かぐや衛星は日本の月探査衛星で、2007年9月14日に種子島宇宙センターから打ち上げられ、2009年6月10日まで科学観測を行いました。この衛星に搭載されているプラズマ観測装置(MAP-PACE)は、月から放出されたイオンの直接観測を初めて行うことに成功しました。地上からの望遠鏡による観測では、月はナトリウム(Na)とカリウム(K)の非常に薄い大気を持っていることが分かっていました。今回の観測ではナトリウム(Na)とカリウム(K)の大気が太陽光によって電離してイオンとなったものに加えて、ヘリウム(He)、炭素(C)、酸素(O)のイオンも捕えました。これによって、月はHe、C、O、もしくはCとOの化合物の大気も持っていることが明らかになりました。

かぐや衛星は常時月起源イオンを検出していますが、典型的な例として2008年6月2日の観測を図1に示します。この時かぐや衛星と月は太陽風に晒されていました。この図では2keV/qの太陽風プロトン(H+)と4keV/qのアルファ粒子(He++)が顕著に現れています。低エネルギー側に延びるH+は、月面で反跳した太陽風H+によるものです。白い矩形で囲まれた部分の低エネルギーイオンが月起源と思われるもので、それらの飛行時間(TOF)プロットを下図に示します。ここでは少なくとも、He+、C+、O+、Na+、K+の存在を確認することができます。He+のエネルギーは太陽風の反跳H+のエネルギーに比べて低く、他のイオンと同程度であるため、太陽風のHe++の反跳によるものではないようです。おそらくその起源としては、月内部から湧き出たか、あるいは一旦月面に吸収された太陽風He++がやがて放出されたと考えるのが適当です。

 

図1. (上)かぐや衛星搭載のイオンエネルギー質量分析器によるエネルギー−飛行時間(Energy-TOF)のプロット。重いイオンほど同一距離に掛かる飛行時間が長いため、飛行時間はイオンの質量に相当します。(下)上の白矩形で囲まれた領域のイオンのTOFプロット。細い曲線は較正データを示します。

 

この月起源とされるイオンは衛星が月の北半球にいる時に観測されました。これに対応して、観測時の周囲の電場は北向きでした。またこの月起源イオンのエネルギーは、観測時の月表面−衛星間の電位差と非常に良く一致しました。この二つの事実は、月表面付近で発生したイオンが周囲の電場によって加速を受けて衛星に飛び込んだということの確かな証拠になります。

以上かぐや衛星によって月から放出されたHe+、C+、O+、Na+、K+が観測されたことを示しましたが、図1を良く見ると他のイオンも存在する可能性に気づきます。例えばO+とNa+のピークの間TOF=250のあたりには水(H2O)に関連した分子イオンが、TOF=300にはアルミニウム(Al)イオンがそれぞれピークを作っているようにも見えます。またK+のピークには質量がほぼ等しいアルゴン(Ar)イオンが含まれている可能性もあります。K+より重いイオンもどうやらありそうに見えます。今回は比較的大きなピークのみに言及しましたが、今後の解析によって他のイオンの存在についても調べたいと思います。

最後に月起源イオンの観測からどのようなことが分かるかを二つ紹介します。月面からやってくるイオンは月表面の情報を持っています。かぐや衛星で月起源イオン観測を行うことで、月の表面を構成する物質の組成が分かるかもしれません。これは実験室で用いられる2次イオン質量分析法(SIMS)と類似しています。イオンビームの役割を太陽風イオンが担い、ターゲットが月面になります。もう一つは月大気の連続観測です。地上からの望遠鏡による観測は天候などの制約を受けますが、衛星では常時観測することができます。月大気の太陽風中や地球磁気圏内での状態を比べたり、流星群などとの対応を取ったりすることで、月大気の生成・消失についてさらに詳しく調べることができると期待しています。

 

参考文献:

[1] Yokota S., Y. Saito, K. Asamura, T. Tanaka, M. N. Nishino, H. Tsunakawa, H. Shibuya, M. Matsushima, H. Shimizu, F. Takahashi, M. Fujimoto, T. Mukai and T. Terasawa, First direct detection of ions 1 originating from the Moon by MAP-PACE IMA onboard SELENE(KAGUYA), Geophys. Res. Lett., 36, doi:10.1029/2009GL038185, 2009.

[2] Yokota S., Y. Saito, K. Asamura, and T. Mukai, Development of an ion energy mass spectrometerfor application on board three-axis stabilized spacecraft, Rev. Sci. Instrum., 76, 014501-1-014501-8, 2005.

[3] Saito Y., S. Yokota, K. Asamura, T. Tanaka, R. Akiba, M. Fujimoto, H. Hasegawa, H. Hayakawa, M. Hirahara, M. Hoshino, S. Machida, T. Mukai, T. Nagai, T. Nagatsuma, M. Nakamura, K. Oyama, E. Sagawa, S. Sasaki, K. Seki, T. Terasawa, Low energy charged particle measurement by MAP-PACE onboard SELENE, Earth Planets and Space, 60, 4, 375-386, 2008.