最新研究成果
「かぐや」観測:月の夜側への太陽風イオンの侵入
西野 真木 / 研究員
月周回衛星「かぐや」の科学目標の一つに、太陽風プラズマと月の相互作用を調べることが挙げられます。特に、月周辺での太陽風イオンの観測は過去にほとんど例がないため、「かぐや」によるイオン観測には大きな期待が寄せられてきました。今回、私たちのグループでは、「かぐや」イオン観測データを用いて、月の夜側の低密度領域(ウェイク)へ太陽風イオンが侵入する様子を捉えることに成功しました。
過去の研究によって、月周辺での太陽風の電子の振る舞いは比較的よく理解されています。特に、太陽風の電子は太陽風流速と比較して熱速度が速いために、その一部が夜側の月面付近に侵入できることが知られてきました。それに対して、太陽風のイオンは熱速度が遅いため、夜側にはなかなか侵入することができないと考えられています。すなわち、月の夜側は電子のほうが過剰な状態になっており、そのため内向きの電場が形成されます。この電場によって太陽風イオンが徐々に内側へと引き込まれる様子が実際に観測されています[Ogilvie et al., 1996]。ただし、このイオン観測は月から10000 km程度離れた場所で行われたもので、高度100 kmの月周回軌道でのイオンの振る舞いは知られていません。
図1は、「かぐや」搭載PACE-IMA(月面側に半球状の視野を持つ観測器)によるイオンのエネルギー・時刻スペクトログラム(E-t図)と、LMAGによる磁場観測データを示しています。「かぐや」の軌道は北極と南極を通過する極軌道であり、高度は約100 kmで、約2時間で月を1周します。この日の軌道はほぼ昼夜子午面に沿っており、12:00(世界時)付近に北極付近にいた衛星は昼間側を南下し、12:55(世界時)頃に南極付近に達しました。その後、夜側(ウェイク)を北上して13:55(世界時)頃に北極に到達しました。残りの2時間も同様に飛行しました。
図1.
実際にイオンのE-t図を調べてみます。まず、南極と北極付近で観測されている粒子(図では赤色)は、イオン観測器IMAの視野に入ってきた太陽風です。ウェイクの時間帯に着目すると、太陽風が南半球では加速されながらウェイクに流入し、逆に北半球では減速されながら流入する様子が分かります(図の上側に赤色と青色のバーで示しました)。この現象は「かぐや」によって初めて捉えられました。磁場は、この期間はBx(太陽方向成分)が比較的小さく、Byが正の値(朝方から夕方へ向く方向)になっていました。
また、他の期間のデータと比較したところ、このエネルギー増加・減少が出現する地点は、月周辺の惑星間空間磁場(IMF)の向きに依存することが分かりました。即ち、Byが正の値のときには今回と同様に南半球で加速・北半球で減速が起こり、Byが負の値のときには南半球で減速・北半球で加速が起こります。これらの様子が顕著に観測されるのは、衛星の軌道が昼夜子午面に近い場合です。
今回発見した太陽風プロトン流入のメカニズムを解明するために、モデル計算を行いました。ウェイク境界付近の電場が重要だと考えられるため、ウェイク境界に300 Vの電位差に対応する電場を仮定しました(図2a)。この電位差は、過去に観測された典型的な値に近いものを用いています[Ogilvie et al., 1996]。磁場はBy成分(紙面垂直方向)のみを仮定しています。衛星を南極から北極まで仮想的な軌道に沿って飛行させ、そのときに各地点で観測される太陽風プロトンを求めます。その結果を図2bと2cに示します。まず、図2bはウェイク境界の電場を含めない計算結果であり、加速も減速も観測されません。それに対して、図2cはウェイク境界の電場を含めた計算結果であり、南半球での加速、北半球での減速を再現することができました。つまり、ウェイク付近に存在する内向き電場によって、太陽風プロトンが磁場垂直方向に加速・減速を受けながらウェイクに侵入することが確かめられました。
図2.
これまで、太陽風のイオンは、月の夜側のかなり下流側(月から10000 km程度離れた場所)で惑星間空間磁場(IMF)に沿って加速・減速を受けると考えられてきました。それに対して、今回の発見は、月のごく近く(100km高度)で太陽風プロトンがIMFに対して垂直な方向の運動によってウェイクに流入することを示しています。磁場垂直方向の流入と平行方向の流入の効果の違いは、今後のシミュレーション計算やARTEMISミッションなどで解明されてゆくと考えています。
以上の結果は、Geophysical Research Lettersにて誌上発表しました。
参考文献:
Nishino, M. N., et al., Pairwise energy gain-loss feature of solar wind protons in the near-Moon wake, Geophys. Res. Lett., 36, L12108, doi:10.1029/2009GL039049, 2009.
Ogilvie, K. W., J. T. Steinberg, R. J. Fitzenreiter, et al., Observations of the lunar plasma wake from the WIND spacecraft on December 27, 1994, Geophys. Res. Lett., 23(10), 1255-1258, 1996.