最新研究成果
Sawtooth eventにおけるサブストーム現象の広がり
笠原 慧 / 研究員
表題にあるsawtoothというのは,鋸(のこぎり)の歯のことです.従ってsawtooth eventを日本語に訳すと鋸歯事象,鋸歯イベントなどとなりますが,そういった訳はあまり一般的でなく,ふつう日本人研究者でもソウトゥース イベントと発します.
図1. LANL衛星の観測した高エネルギーイオン(上から2段),電子(中間3段),そして磁気嵐の指標であるsym-H(下段).
図1は,2007年11月20日にLANL衛星が観測した高エネルギーイオン(上段)と電子(中段)のフラックスです.このように,静止軌道付近においてまるで鋸の歯のような周期的なフラックス変動が見られる現象を,sawtooth eventと呼びます.Sawtooth eventにおける高エネルギー粒子フラックス変動の周期はおおよそ2-3時間であり,磁気嵐の最中によく起こることが知られています.実際,図1の下段にあるsym-H指数は,このsawtooth eventが磁気嵐の主相に起こった事を示しています.さらに,sawtooth eventの歯のひとつひとつは,磁気圏サブストームに対応している(=sawtooth eventは連続して周期的に起こるサブストームに他ならない)という事が様々な研究により示唆されています(例えば,Henderson et al., 2006).そして,sawtooth eventを担うサブストームでは,通常の孤立したサブストームに比べ,電磁場擾乱や高エネルギー粒子増加が経度方向に非常に広い範囲で見られるということがよく知られています.そこで気になるのは,「動径方向の擾乱も通常のサブストームに比べて異様な広がりを見せるのか?」という事ですが,その点についてはこれまでほとんどアプローチされませんでした.というのも,過去の研究は主に静止軌道衛星の観測データに基づいていたからです.そこで私たちは,上記の2007年11月20日のsawtooth event(の最初のサブストーム)について,静止軌道衛星(LANL,GOES)に加えてTHEMIS衛星のデータを用いることで,高エネルギー粒子増加や電磁場擾乱の動径方向の広がりを解析しました.この日の衛星の配置は図2に示してあります.
図2. THEMIS衛星と静止軌道(L=LANL, G=GOES)の配置.
図3a-cは最初のサブストーム開始直前から45分間にわたって各衛星で得られた磁場のelevation(磁気赤道面に対する角度)を表しており,0907:30 UTのサブストームオンセット(黒点線)あるいはその前からGOES11やTHEMIS-C, D, Eなどでelevationの増加が見て取れます.一方で,LANL89はサブストームの中心経度(オーロラ・地上磁場データによれば〜22 h MLT)により近いにもかかわらず,elevation増加の開始がオンセットから一分ほど遅れています.これは,磁場の双極子化(elevation増加)が最初はLANL89よりも尾部側で起こっていたことを示しており,通常のサブストームでも見られることです.従って,sawtooth eventにおける磁場双極子化領域の内端は通常のサブストームに比して特に地球側に張り出しているわけではない,といえます.
図3. 磁場と電子の衛星データ.
図3dをみると0913 UT以降の高エネルギー電子(30 keV)増加が目につきます.このような高エネルギー電子は,磁場ドリフトにより朝側へ(図2でTHEMIS-Cから反時計回りに)移動しますので,THEMIS-Cで顕著な電子増加はその後THEMIS-DとEでも見られています(図3e, f).そして,その強度はC->E->Dの順に弱くなっています.この順序はちょうど地球からの距離に対応していることが,図2と見比べるとわかります.従って,高エネルギー電子増加領域はおおよそ10 REくらいに外側境界を持つといえます.このような外側境界の位置は,数値シミュレーションによる通常のサブストームに対する予想(Birn et al., 1998)とさほど変わりません.
これらの観測から,経度方向に異常な広がりを見せるsawtooth eventの磁気圏擾乱(高エネルギー粒子増加や磁場双極子化)も,動径方向の広がりは通常のサブストームと大きく変わらないという事が示唆されました.また,以上述べた事の他にも地上のオーロラ・磁場観測やTHEMIS衛星での波動観測から,sawtooth eventの発生要因を考える上で制約を与える結果が得られました(詳しくはKasahara et al., 2009を参照).
参考文献:
Birn, J., M. F. Thomsen, J. E. Borovsky, G. D. Reeves, D. J. McComas, R. D. Belian, and M. Hesse, Substorm electron injections: Geosynchronous observations and test particle simulations, J. Geophys. Res., 103(A5), 9235-9248, 1998.
Henderson, M. G., R. Skoug, E. Donovan, M. F. Thomsen, G. D. Reeves, M. H. Denton, H. J. Singer, R. L., McPherron, S. B. Mende, T. J. Immel, J. B. Sigwarth, and L A. Frank, Substorms during the 10-11 August 2000 sawtooth event, J. Geophys. Res., 111, A06206, doi:10.1029/2005JA011366, 2006.
Kasahara, S., Y. Miyashita, T. Takada, M. Fujimoto, V. Angelopoulos, H. U. Frey, J. Bonnell, J. P. McFadden, D. Larson, K. H. Glassmeier, H. U. Auster, W. Magnes, and I. Mann, Spatial distributions of electromagnetic field variations and injection regions during the 20 November 2007 sawtooth event, Ann. Geophys., 27, 3825-3840, 2009.