最新研究成果

宇宙プラズマにおける様々な空間スケールの速度勾配層の構造

中村 琢磨 / 研究員

 

宇宙空間に存在する宇宙プラズマは、ほぼ無衝突であるため、性質の異なるプラズマの接する境界の物理は、我々になじみのある水や空気等の粘性流体とは大きく異なります。本研究では、速度の異なるプラズマの接する境界に形成される「速度勾配層」に注目し、プラズマならではの性質が速度勾配層の構造を支配する場合があることを突き止めました。
速度勾配層は、流体力学において最も有名な不安定の一つであるケルビン・ヘルムホルツ(KH)不安定、及び不安定の非線形発展による渦乱流を引き起こす源として注目されています。宇宙プラズマにおいても、例えば太陽風と地球磁気圏の接する境界領域には速度勾配層が形成されていることが知られており、そこでは連続的に発生するKH渦によると見られる周期的な変動が頻繁に観測されています。さらに近年では、NASAの水星探査衛星Messengerによって、水星の磁気圏境界においても準周期的な磁場変動が観測され(断定的な変動理由は未解明)、KH渦が惑星の磁気圏境界で普遍的に発生している可能性が示されました(Slavin et al., 2008)。

しかし、粘性のないプラズマガスの接する速度勾配層の構造がどのように保たれているのか、実は完全に理解されているわけではありません。本研究では、プラズマ粒子の運動効果が無視できない粒子スケール(水星の磁気圏境界に対応)から流体(MHD)スケール(地球の磁気圏境界に対応)まで様々なスケールの速度勾配層の構造を、個々の粒子の運動を直接計算する粒子シミュレーションを用いて調べました。ここで、プラズマを構成する粒子として水素イオン(以後イオンと表記)と電子を考えています。

 

図1: 水星・地球磁気圏における朝側・夕側の磁気圏境界に存在する速度勾配層の模式図。朝・夕で流体的回転の方向が異なり、それに伴い対流電場の方向が異なる。

 

本研究の鍵となるのが、2つの「回転」です(図1)。まず1つ目の回転は、「速度勾配層」そのものです。速度勾配層では境界を挟んで両側のプラズマの流体速度に差(速度シア)があります。つまり、流体速度に回転(rotV)があるわけです。速度勾配層から発生するKH渦はこの回転方向に巻き上がります。2つ目の回転は、荷電粒子が磁場によって回転する「ラーマー運動」です。この回転方向はイオンと電子で反対方向を向くことになります。また、回転半径が質量に依存するため、イオンが電子より遥かに大きな回転半径を持ちます。本研究ではイオンのラーマー運動が重要になる時空間スケールに注目します。また本研究では、磁場がプラズマの流れる面(シミュレーション面)に対して垂直成分のみを持つシンプルな場合を考えています。この場合、2つの回転は同じ面内で起こることになりますが、本研究では2つの回転の回転方向が同じになる場合と逆になる場合で大きく異なる結果になることを発見しました。ここで、2つの回転の方向が同じ場合は、水星や地球の磁気圏境界面では朝側、逆になる場合は夕側に対応しています(図1)。

 

図2: 境界に対して垂直方向に切った時の速度場のグラフ。粒子シミュレーションを約1ラーマー周期分時間発展した時点での結果。Case-1かつ朝側の場合のみ勾配層が分厚くなる。

 

図2は、朝側・夕側それぞれの場合についての、速度勾配層の構造を示したグラフです。この計算では初期に流体的な平衡条件の速度勾配層を設定しています。さらに、層の厚さをイオンのラーマー回転の半径(以後、ラーマー半径)と同じくらいの場合(case1:粒子スケール)、とラーマー半径より4倍程度厚い場合(case2:MHDスケール)で計算しています。すると、case2では計算を続けても流体的平衡状態からの変化は見られないのに対して、case1ではイオンがラーマー運動を1回転する間に朝側の場合に速度勾配層が顕著に分厚くなることが分かりました。

 

図3: 境界に対して垂直方向に切った時のポテンシャル構造の模式図。

 

なぜ、case1の朝側の速度勾配層だけが分厚くなったのでしょうか。鍵となるのは、プラズマの流体速度による対流電場の作るポテンシャル構造です。境界層を横切る方向を横軸としてポテンシャル構造を考えると(図3)、夕側の場合は境界層に近づく方向の対流電場により「谷」構造となります。対して朝側は「山」構造となります。ここで、粒子はラーマー運動をしているので、境界付近の粒子(境界をまたいで行き来するイオン)は、夕側では谷の中心に落ちようとし、朝側では山の頂上から下ろうとします。その結果、夕側ではラーマー半径が小さくなり、朝側ではラーマー半径が大きくなります。すると、夕側では谷構造が埋まり谷底が高くなり、朝側では山構造が削られ山が低くなります。このことは、すなわち境界層が分厚くなることを意味しています。このような境界層の厚みの変化は、境界層の厚みに対してラーマー半径が大きい場合にのみ顕著に起こり、また、ポテンシャル構造が不安定な山構造をしている朝側の方が夕側より顕著に起こります。なので、case1の朝側の場合に顕著に速度勾配層が分厚くなるわけです。

 

図4: 最大成長波長のKH不安定1波長分のシミュレーション領域で行った粒子シミュレーション結果。渦が巻き上がった同じ成長段階における密度コンター。

 

さらにこの結果は、速度勾配層から発生するKH不安定の成長にも大きな影響を及ぼします。なぜなら、KH不安定の成長の時空間スケールは速度勾配層の厚みに比例するからです。図4は、case1,case2の朝側・夕側の場合の最大成長波長不安定の最も速く成長する波長)のKH不安定一波長入る領域で計算を行ったシミュレーション結果です。Case1では、速度勾配層の厚さが朝側・夕側で変化しないため、KH不安定の最大成長波長も朝夕で変わりません。また、KH不安定及び不安定起源で巻き上がるKH渦の成長する時間スケールも朝夕で変わりません。一方、case2では元々速度勾配層がcase1より薄いため朝夕共にcase1よりも最大成長波長は短いです。しかし、朝側の勾配層は夕側より分厚くなっているので、最大成長波長もKH渦の成長の時間スケールも長くなります。これら結果を、2つの「回転」という視点で見ると、2つの回転方向が一致する朝側では、2つの回転半径に大きな差がない場合、2つの回転が相互に影響し合い結果として2つの回転半径が両方とも大きくなっていることになります。

以上の結果より、地球のようなMHDスケールの速度勾配層を有する磁気圏境界ではKH渦の時空間スケールサイズに朝夕非対称はないことが予想され、この予想はGeotail衛星等のその場観測から得られた統計結果(Hasegawa et al., 2006)と矛盾しません。一方、粒子スケールの速度勾配層を有すると予想されている水星の磁気圏境界では、顕著な朝夕非対称性が現れることが予想されます。実際にMessenger衛星の磁場観測では、夕側の境界層付近で本研究で予想される範囲内の波長の準周期的な変動を観測しています。今後、Messenger及びJAXA-ESAの水星探査計画BepiColomboによって朝側・夕側両方の磁場及びプラズマ観測も行われるようになれば本研究で見られるようなKH渦の朝夕非対称性が実証される可能性があります。

このように電磁場に大きく影響されるプラズマの粒子性を考慮するとプラズマの境界物理は流体力学とは大きく異なるということが本研究により示されました。以上の結果は、Nakamura et al. (2010)にまとめられています。

 

参考文献:

[1] J. A. Slavin, et al., Mercury's Magnetosphere after Messenger's first flyby, Science 321, 85-89 (2008).

[2] H. Hasegawa et al., Single-spacecraft detection of rolled-up Kelvin-Helmholtz vortices at the flank magnetopause, J. Geophys. Res. 111, A09203 (2006).

[3] Nakamura, T.K.M., H. Hasegawa, and I. Shinohara, Kinetic effects on the Kelvin-Helmholtz instability in ion-to-MHD scale transverse velocity shear layers: particle simulations, Physics of Plasmas , 17, 042119 (2010).