最新研究成果

新しい電子検出素子(APD)の開発

笠原 慧 / 研究員

 

標題にあるAPDというのは,Avalanche PhotoDiodeの略で,半導体検出器の一種です.世間一般では可視光や赤外線の受光素子として広く用いられており,また科学の分野でも天文衛星によるX線撮像に応用されたりしています.そして私たちは,このAPDを今後の磁気圏探査における電子計測に適用しようと考えています.

APDに電子が入射すると信号電荷Qを出力します.このQの大きさは,通常の半導体検出器と同様に,入射電子が素子中で失うエネルギーEにおよそ比例します.半導体中で電子がエネルギーを約3.7 eV(この値をεとおく)失うたびに電子-正孔対(電子電荷の大きさをqとする)をひとつ作り,その電荷が信号として取り出されるからです.この事を式で表すと

  Q=qE/ε--- (1)

となります.例えばE=37,000 eVの電子が入射すれば,(ε=3.7eVなので)約10,000個の電子が内部で生成され,電子10,000個分の電荷が出力されるということです.このため,出力Qを参照する事で,逆に入射エネルギーEを知る事ができます.上記の式は通常の半導体検出器の場合を想定していますが,APDの場合は信号が増幅されるので,増幅率をMとおくと上の関係式のAPD版は

  Q=MqE/ε---(2)

となります.このように信号の増幅によってS/N比を上げる(ノイズに対して信号を大きくする)のがAPDの特長です.

 

図1: 今回開発したAPDの写真.黒い部分が有感領域.

 

私たちのグループではAPDを宇宙空間の電子計測に適用すべく,これまで実験室における基礎実験やロケット実験を行ってきました(例えばOgasawara et al., 2008).ところが,これまで電子計測用に開発してきたAPDは,面積が小さく(直径3mm程度),私たちの観測要求を満たす感度を得るためにはより大きなAPDが必要です.そこで私たちは今回,10mm x 10mm (厚み30 um)のAPDを製作し(図1),その性能を実験室で確かめました(実験室の写真は図2).実験でチェックすべきポイントは,A)電子の入射エネルギーと出力がほぼ比例する事,そしてB)エネルギー分解能が十分よい事(電気雑音によるエネルギー分解能の劣化が理論的予想を大きくこえない事)です.

 

図2: 実験室(クリーンルーム)の様子.無塵衣とよばれる服を装着して入ります.中には真空槽や高圧電源が設置されているのが見えます.

 

図3に,試験結果を示します.図3の上段を見ると入射エネルギー(横軸)とAPD出力(縦軸)は大雑把にいって比例関係にあり,また図3の下段を見るとエネルギー分解能(ΔE/E)もほとんどのエネルギー範囲で十分に良い値を示しています(40%以下).しかしもう少し細かく見ると,入射エネルギーと出力電荷の関係は12keVのあたりで折れ曲がっています.また,エネルギー分解能も,理論予想(破線)に比べるとほとんどのエネルギー範囲で若干悪くなっています.ここに見られるような実験結果と単純な理論予想との不一致は,過去のAPD試験でも見られていました.そして,その原因はAPD内部の増倍率が(APDの深さによって)変化する(式(2)では増倍率を一定と仮定していた)事にあるのではないかと疑われていましたが,これまで定量的な考察はされていませんでした.

 

図3: (上段)入射エネルギーE(横軸)と出力電荷Q(縦軸)の関係.(下段)実験から求めたエネルギー分解能(縦軸ΔE/E,黒丸)と,電気的雑音を考慮すると理論的に予想される分解能(破線),そして実験値から電気的雑音の寄与を差し引いたもの(菱形).

 

そこで本研究では,APD内部での入射電子軌道を計算し,試験結果を説明可能な増倍率のプロファイルが存在しうるかどうかを確かめました.計算ではモンテカルロ法を用いて入射電子の散乱,エネルギー損失を求め,電子がエネルギーを全て失ったときに計算を終了します(Joy et al., 1991).こうして求められたAPD中の電子軌道と,求められた増倍率プロファイルを図4に示します.この計算の結果,図4下段のように深さ1μmまでの増倍率が比較的高く,深さ0.2μmに増倍率の落ちる領域が存在すれば実験結果と単純な理論予想の不一致(Q-E曲線の折れ曲がりとエネルギー分解能低下)を説明できる事が分かりました.図3の上段には,この増倍率プロファイルを仮定したシミュレーションから再現されるQ-E関係(グレイの帯)を書き込んであります.その12keV付近の折れ曲がりや帯の幅(エネルギー分解能:実験データのエラーバーに対応)が良く一致している事がわかります.

 

図4: (上段)電子の軌道(5, 15, 35 keV).1つの曲線が1つの入射電子に対応しており,各エネルギーで100軌道ずつ表示した.(下段)実験結果とシミュレーションを組み合わせて推定された増倍率のプロファイル.

 

以上の結果は,Kasahara et al. (2010)に,より詳しくまとめられています.今回の試験結果を受けて,私たちは内部磁気圏探査衛星ERG(http://www.isas.jaxa.jp/j/forefront/2006/miyoshi/03.shtml)に搭載する電子分析器全体(APDを含む)の設計に入りました.

 

参考文献:

Ogasawara et al., High-resolution detection of 100 keV electrons using avalanche photodiodes, Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A, vol. 594, pp. 50-55, Aug. 2008.

Joy, D. C., An introduction to Monte Carlo simulations, Scannning Microsc., vol. 5, pp. 329-337, 1991.

Kasahara, S., T. Takashima, K. Asamura, and T. Mitani, Development of an APD With Large Area and Thick Depletion Layer for Energetic Electron Measurements in Space,
IEEE Transactions on Nuclear Science, vol. 57, no. 3, June 2010.