最新研究成果 (To English version)
カッシーニVIMS画像から決定した土星北半球の赤外オーロラの位置
バッドマン沙羅 / JAXA国際研究員
土星オーロラの観測は、土星磁気圏のダイナミックなふるまいを遠くからとらえるユニークな手段です。ハッブル宇宙望遠鏡(HST)などによる南半球由来の紫外線(UV)放射の研究から、土星オーロラは極をほぼ中心とする緯度半径15°のオーバル(円環)状になっていることが明らかになりました。しかし、土星オーロラの形態、発光強度や場所は変化しやすく、磁気圏上流の太陽風や土星のキロメートル電波の脈動に依存したふるまいを示します(e.g. Clarke et al., 2005; Nichols et al., 2010)。
オーロラの光は、降下電子が上層大気に衝突する時にさまざまな相互作用を起こすことで、いくつかの波長帯にわたって発生します。もっとも強いUV放射は、水素原子のライマンαやH2のライマン帯やウェルナー帯の遷移に対応し、電子衝突により励起されます。一方、赤外線(IR)を放射するためには、電子はまず大気中のH2を電離することでH2+を生成し、このH2+がさらにH2と反応してH3+というイオン化分子を生成します。このH3+分子の回転−振動遷移から、観測されるIRオーロラの発光が生じます。IRオーロラとUVオーロラの大部分は、均一圏界面上空のほぼ同じ高度から放射されると考えられており、したがってその基本的なふるまいは一致することが予想されます。しかし、H3+の間接生成やIR放射の温度依存性などが要因で、この最初の仮定が成立しないかもしれません。例えばStallard et al.(2008)は、極域におけるIRオーロラの強い発光を同定し、極域IRオーロラは、大気温度の上昇した領域(IR放射は強まるが、UV放射は出ない)に由来する、あるいはオーロラにつながる磁気圏の磁力線や粒子の特性と関連があるのではないかと提案しました。したがって、UVオーロラとIRオーロラには多く類似点があると同時に、興味深い違いもあると言えます。本研究の目的は、IRオーロラの基本的な特徴の一つである発生位置を調査し、UVオーロラとの関係にある種の制約を与えることです。これは、土星のIRオーロラの位置に関する初めての解析であり、カッシーニ衛星のVIMS(Visual and Infrared Mapping Spectrometer)データを利用することで可能になりました。土星の北半球のオーロラは、土星が春分を通過して、最近になってやっと地球から見えるようになったばかりであり、詳細な研究はまだありません。そこでここでは、冬の北半球のオーバルオーロラの解析に焦点をあてます。
図1. カッシーニVIMSによって得られた、土星北半球の赤外オーロラ画像。画像は1 barの標準回転楕円体の上空1000 km高度に投影。下が太陽方向、左が朝側、右が夕方側である(パネル(j))。灰色の影をつけた部分はVIMSの視野外に対応する。黄色の格子線は午前午後の境界線と昼夜境界線、10度ごとの緯度線を示す。各画像中で、白い×印はオーロラの赤道側境界の場所を、白い円は最適フィッティングの結果を示している。
本研究では、2006年から2008年までにカッシーニVIMS観測器によって得られた、土星北半球のIRオーロラ画像12枚(図1)を用いました。これらの画像から、IRオーロラはその形状にも場所にも変化があることは明らかです。ディフューズな極域オーロラと同様、明るいアークオーロラは全地方時で観測されます。極域の発光は、点状の局在化したものから、極冠をうめるほどの大規模なものまで多様です。IR帯においては、オーバルオーロラの極側のほうが低緯度側よりも強く発光します。この極域の発光がオーバルオーロラとの関係の中でいかに発生するのか理解するには、さらなる解析が必要であり、現在進行中です。
図2. 各画像について最適フィッティングによって得られたオーロラ境界を示す円(灰色)と、その平均(黒)。灰色と黒の×印は、個々の円と平均円の中心を示す。
IRオーロラの典型的な大きさを決定するために、経度10°ごとに発光の赤道側の境界を同定しました。赤道側には、はっきりした境界が視野内に見られたからです。各画像について、境界点に最適フィットする円を導出しました。図1の各パネル中の白円がそれです。図2では、これらすべての最適フィット円を、灰色で重ね合わせて表示しています。各円の中心は灰色の×印で示されています。最適フィット円の平均は、半径16.4 ± 0.2°の円で、その中心は反太陽方向に1.6°、朝側に0.3°ずれていることが分かりました。平均円と中心は図2に黒で示されています。半径の標準偏差はたったの0.8°で、オーロラの赤道側境界がかなり安定したものであることが判明しました。オーロラの極側の境界は開いた磁力線と閉じた磁力線の境界にあることが知られており、したがってその緯度は太陽風との相互作用に依存して大きく変化します。一方で、赤道側境界は磁気圏の奥深く、最新のモデルによると環電流領域の外側境界の近くにマップし、長時間安定しています(e.g. Badman et al., 2006)。北半球のIRオーロラオーバルは、おそらく昼側の太陽風動圧の影響で、典型的には約1.6°真夜中側にずれています。つまり、平均的な赤道側境界は、昼側では約15°の余緯度に位置することになります。
Nichols et al.(2009)は同様の手法を用いて、2009年の初期に撮られたHST画像から、土星の北半球のUVオーロラの赤道側境界の平均的な位置を決定しました。平均円の半径は16.3 ± 0.6°であり、標準誤差の範囲内では、ここで導出したIRオーロラの半径と一致します。IRオーロラとUVオーロラの典型的位置が一対一対応するということは、両者が共通のプロセスによって駆動されていることを示唆します。異なる放射過程であるにも関わらず、両者は同じ磁力線直下の電離層で発生しているということかもしれません。
以上の結果は、Journal of Geophysical Research-Space Physicsに出版されました。
Badman, S. V., N. Achilleos, K. H. Baines, R. H. Brown, E. J. Bunce, M. K. Dougherty, H. Melin, J. D. Nichols, and T. Stallard (2011), Location of Saturn's northern infrared aurora determined from Cassini VIMS images, Geophys. Res. Lett., 38, L03102, doi:10.1029/2010GL046193.
参考文献:
Clarke, J. T. et al. (2005), Morphological differences between Saturn's ultraviolet aurorae and those of Earth and Jupiter, Nature, 433(7027), 717-719.
Nichols, J. D. et al. (2010), Variation of Saturn's UV aurora with SKR phase, Geophys. Res. Lett., 37, L15102, doi:10.1029/2010GL044057.
Stallard, T. et al. (2008), Complex structure within Saturn's infrared aurora, Nature, 456(7219), 214-217.
Badman, S.V. et al. (2006), A statistical analysis of the location and width of Saturn's southern auroras, Ann. Geophys., 24.
Nichols, J. D. et al. (2009), Saturn's equinoctial auroras, Geophys. Res. Lett., 36, L24102, doi:10.1029/2009GL041491.
<和訳: 長谷川 洋>