最新研究成果
電子検出素子(APD)の劣化を把握する
笠原 慧 / 助教
小学校低学年のころ,ビックリマンシールというのが流行っていました.チョコのお菓子やアイスについてくるシールを集める(特に,レアなホログラムやプリズムで彩られた「ヘッド」を「当てる」ことを狙う)という,芽生え始めた男の収集癖をくすぐる流行でした.
そのころ,通学路を学校に向かう途中,ビックリマンシールが道端に落ちていた光景を今でもくっきりと覚えています.特に,最初は鮮やかだったプリズムシールが日を追うごとに色褪せていく様子は,幼少期の私に「形あるものはいつか崩れる,色あるものはいつか褪せゆく」,という宇宙の真理を教えてくれました.同時に,この色褪せの原因は何だろうと色々考えを巡らせた事も記憶にあります.その原因として太陽から来る光を候補に挙げたのは何才になったときだったか,それはもう思い出せません.
かように,この世においてモノは劣化します.これは私達が扱う観測機器にも当然あてはまります.ここでは特に,私たちが放射線帯探査ミッションSPRINT-Bで使用する電子検出素子,APD(avalanche photodiode)の劣化について研究成果を報告します.APDの計測原理については過去の記事,論文をご覧ください[Kasahara et al., 2010, 2010年6月の記事].
図1: SPRINT-B衛星による放射線帯探査のためにデザインしたAPDの写真.中心の窓枠内に電子が入射すると信号が検出される.
図1に示したのが,SPRINT-B衛星に搭載予定のAPDの写真です.SPRINT-Bでは,世界で初めてAPDの本格的な長期間継続使用を試みるため,その性能が長期間の運用でどのように劣化するかを把握し,必要に応じて対策を施す事が極めて重要です.
図2: 今回の実験で利用した,イオンビームライン.普段は放射線がん治療に使われています.
SPRINT-B衛星のように地球軌道の場合,放射線帯における高エネルギー陽子の照射が,APDの性能に不可逆な劣化を引き起こすことが知られています. 一方,放射線帯での観測に限らず可逆な劣化を引き起こす要因としてはAPDの温度があります(一般に温度が低いほど高性能です).これらの効果を定量的に調べるため,私たちは260MeVの高エネルギー陽子ビームをAPDに照射する試験を行いました.図2は,使用した放射線医学研究所のビームラインの写真です.
図3: 高エネルギー陽子(260MeV)照射前(左)と照射後(右)の電子検出性能.上段が低温(摂氏5度),下段が高温(摂氏36度)での観測.
図3は,四つの異なる条件での電子検出性能を示しています(いくつかのエネルギーで電子を入射させ,それぞれ出力される信号の強さの分布をあらわしたもの).上段が低温(摂氏5度),下段が高温(摂氏36度)で,左の列が放射線照射前,右の列が放射線照射後です.横軸が電子照射時の信号の強さを表しており,左端の崖(閾値レベル)よりも十分高いレベルの信号が来ればその電子は検出されるというわけです.まず陽子照射前の図(左の2枚)を比べると,5 keVの電子が低温では検出されているのに対し,高温では閾値レベルに飲み込まれている(計測できなくなっている)ことがわかります.つまり低温では,計測エネルギーの下限が5 keVですが,高温ではその下限が6 keVになってしまいます.
このような計測エネルギー下限の劣化は,陽子照射後,さらに顕著になります.低温では6 keV電子まで検出できますが,高温では計測エネルギー下限は15 keV程度まで劣化することがわかりました(図3右の列2枚).
図4: 実験と理論をあわせて求めた計測エネルギー下限(minimum detectable energy, MDE)の線量(dose)-温度依存性.
さらに,実験で求まったパラメータを用いると,さまざまな温度・放射線照射量に対する計測エネルギー下限の変化を理論式から予想する事が可能です.その結果を図4に示します.SPRINT-Bのミッション中に予想される10 krad程度の放射線量に対してエネルギー下限 6 keV程度を維持するには,APDを摂氏10度程度に維持する必要があることがわかりました.
以上の結果は,NIM-Aから出版されました.
Kasahara, S., T. Takashima, and M. Hirahara, "Variability of the Minimum Detectable Energy of an APD as an Electron Detector", Nuclear Inst. and Methods in Physics Research, A., DOI:10.1016/j.nima.2011.11.033.
参考文献:
Kasahara, S., T. Takashima, K. Asamura, and T. Mitani, Development of an APD With Large Area and Thick Depletion Layer for Energetic Electron Measurements in Space, IEEE TRANSACTIONS ON NUCLEAR SCIENCE, VOL. 57, NO. 3, JUNE 2010.