最新研究成果

最近10年間の地球磁気圏境界の研究

長谷川 洋 / 助教

 

太陽や太陽系外から地球近傍の宇宙空間に飛来しているあらゆる物質やエネルギーは,磁気圏の外側境界―磁気圏界面―を通過する.中性粒子や高エネルギーの宇宙線,波長の短い電磁波などは,磁気圏界面や磁気圏の影響をほとんど受けることなく地球近傍まで到達することができる.一方,太陽風を構成している比較的低エネルギーの荷電粒子(プラズマ)や電磁場は,磁気圏界面と強く相互作用し,その多くは反射され,一部は性質を変えて磁気圏に侵入している.

地球磁気圏にぶつかる太陽風プラズマのエネルギー量は,電磁波として地球に降り注ぐ太陽光のエネルギー量と比べれば微々たるものである.しかし,太陽風の変動は非常に激しく,磁気圏界面を横切って磁気圏に入り込んだ太陽起源のプラズマは,時に磁気嵐などの宇宙天気現象を引き起こす.これが,磁気圏界面で何が発生し,太陽風のプラズマやエネルギーがいかにして磁気圏に流入しているのかを解明しようと,磁気圏界面が,1963年のエクスプローラー12号による発見以来,約半世紀にわたって観測的に研究され続けている理由の一つである.

 

図1. クラスター衛星の観測から再現された磁気圏界面電流層の時間発展(Hasegawa et al., 2004).黒線は再現された磁力線を,背景の色は紙面垂直方向の磁場成分を示す.白い矢印は,実際に観測されたプラズマ速度ベクトル.約30秒の間に磁気リコネクションが発達し,薄い電流層(a)(クラスター1号機によって観測された)が,圏界面を貫く磁力線を含む厚い電流層(b)(3号機によって観測された)へと変化した.

 

私は,最近発刊されたオープンアクセス誌(MEEP)の論文中で,過去約10年間の磁気圏境界研究をレヴューする機会を与えられた.まず,この十数年の間には,観測方法やデータ解析手法という技術的な側面において,大きな進展があった.その一つは,クラスター衛星が2000年に,テミス衛星が2007年に打上げられ,4機以上の衛星による編隊(あるいは多点)観測によって,宇宙プラズマ現象の時間変動と空間構造を分離することができるようになったことである.これと同期して,衛星データの解析手法も進化していった.例えば,宇宙プラズマ/磁場構造の二・三次元像をその場観測から再現する手法が開発され,磁気圏境界層を可視化できるようになった(図1).

次に,科学的な観点から,磁気圏境界研究の最近10年の発展を簡潔にまとめると,以下のようになる.

1. 太陽風磁場が北向きの時に頻発する,高緯度磁気圏界面での磁気リコネクションの時間的ふるまいや太陽風プラズマ流入における重要性が明らかになった.

2. ケルビン・ヘルムホルツ不安定など,リコネクション以外の境界過程も実際に発動していることが判明し(図2),その無衝突プラズマ中,および太陽風と磁気圏の相互作用における役割を検証できるようになった.

 

図2. (a) ケルビン・ヘルムホルツ(KH)不安定によって発生する渦の模式図.黒線は渦の静止系でのプラズマ流線,背景の色は密度を示す.全圧(磁場圧とプラズマ圧の和)は,渦の中心で極小(低圧)となり,隣り合う渦と渦の間で極大(高圧)となる.(b-d) クラスター衛星1号機が磁気圏夕方側の境界層でKH渦列を観測した際に得られた,イオン密度,衛星の静止系でのイオン速度,全圧の時系列データ.模式図(a)から予想される通り,密度が急激に上昇した(衛星が磁気圏界面を横切って,磁気圏からシースへと出た)瞬間に,全圧が極大値をとっている(赤い点線).

 

こうした成果は,それ以前の主な研究対象が,南向きの太陽風磁場に伴って発生する現象や物理過程―特に,昼側低緯度磁気圏界面での磁気リコネクション―であった(Russell, 2000)ことと対照的である.これは,クラスターが極軌道衛星であり,低緯度だけでなく高緯度の磁気圏や境界層の観測を可能にしたことにも一因がある.磁気嵐や爆発的なオーロラを伴うサブストームなど,磁気圏の活動現象の多くは太陽風磁場が南向きの時に発生しているが,太陽風磁場が北向きの時の比較的静穏な磁気圏は,それらの活動現象が起こる下地となっていることを意識すべきである.その意味で,太陽風磁場が北向きの時の磁気圏境界層の様相が明らかになってきたことは,過去十数年間の大きな成果の一つであると言えるだろう.

論文では,他にも以下のような問題を扱った.興味がある方にとって,その一部でも参考になるようであれば幸いである.

・ なぜ磁気圏界面/境界層を研究するのか?

・ 磁気圏界面をいかに同定するか?

・ 磁気圏界面リコネクションは非定常過程か?(図3)

・ 磁気圏境界層ケルビン・ヘルムホルツ渦をいかに同定するか?

・ 磁気圏境界層ケルビン・ヘルムホルツ渦の役割は何か?

・ 磁気圏境界研究にはどのような未解決問題があるか?

 

図3. 太陽風磁場が南向きという条件下で3次元グローバル電磁流体シミュレーションによって再現された,磁気圏界面昼側電流層の時間発展(Raeder, 2006).太陽直下点の南側の境界層を朝側から見たもの(太陽は右側に位置している).黒線は磁力線,赤線はプラズマ流線を示し,背景の色はプラズマ流速の南北成分を示す.緑の太線は速度の南北成分がゼロとなっている場所を表す.リコネクション(X)ポイントが南へ移動し,その後,新しいリコネクションポイントが形成されている.

 

以上の結果は,Monogr. Environ. Earth Planets(MEEP)に出版されました.

Hasegawa, H. (2012), Structure and dynamics of the magnetopause and its boundary layers, Monogr. Environ. Earth Planets, 1, 71-119, doi:10.5047/meep.2012.00102.0071.

 

参考文献:

Hasegawa, H., B. U. O. Sonnerup, M. W. Dunlop, et al. (2004), Reconstruction of two-dimensional magnetopause structures from Cluster observations: verification of method, Ann. Geophys., 22, 1251-1266.

Raeder, J. (2006), Flux Transfer Events: 1. generation mechanism for strong southward IMF, Ann. Geophys., 24, 381-392.

Russell, C. T. (2000), The solar wind interaction with the Earth's magnetosphere: A tutorial, IEEE trans. Plasma Sci., 28(6), 1818-1830.