最新研究成果
その場観測を用いた磁気フラックスロープの三次元構造の再現
長谷川 洋 / 助教
磁気リコネクションは,太陽フレアや磁気圏サブストームにおける磁場エネルギー解放において重要な役割を担っており,ブラックホールや中性子星の近傍,太陽圏と星間空間との境界などでも起きていると考えられています.地球や惑星磁気圏の境界でも発生するこの物理過程は,太陽風のエネルギーやプラズマの磁気圏への輸送を支配しているとも言われています.磁気リコネクションは多くの場合,非定常に,または局所的に起きることが知られています(図1).磁気リコネクションの時空間スケールは,エネルギーや物質輸送の効率と直結しているので,磁気リコネクションやそれに伴って形成される構造(磁気フラックスロープなど)の時空間構造を知ることが,磁気圏ダイナミクスにおける磁気リコネクションの役割を理解するために必須となります.しかし,人工衛星一機,または数機による磁場やプラズマのその場観測から,多次元構造を把握することは容易ではありません.そこで我々は,二衛星観測から磁場の三次元構造を再現するデータ解析手法を開発しました(2011年11月の記事).ここでは,その画期的な手法を初めて衛星観測に利用した結果について報告します.
図1: 磁気圏前面での磁気リコネクションによって形成される磁束管や磁気フラックスロープのモデル(Paschmann et al., 2013).
手法では,マクスウェル方程式の一つ(磁束Bの保存を表す)と,全圧(P:プラズマ圧力と磁場圧力の和)の勾配力と磁気張力の釣り合いを表す以下の式を用いています(Sonnerup and Hasegawa, 2011).
, (1)
. (2)
二機の衛星軌道に沿って観測された磁場三成分とプラズマの密度,速度,温度の値が与えられれば,衛星軌道の周辺の三次元磁場構造を再現することができます.図2は,テミス衛星三機によって地球磁気圏の昼側前面で観測された磁場データと,三機のうちの二機(TH-CとTH-D)による観測データを用いて再現された磁場の三次元構造を示しています.TH-C衛星とTH-D衛星は,お互いから390 km離れていました.構造の全貌までは再現できていませんが,ループ状の磁力線があり,直径約3000 km程度の磁気フラックスロープの中をテミス衛星が通過していたことが判明しました.TH-E衛星は,TH-C衛星から1250 km離れたところを飛行しており,運よく再現空間の中に位置していました.図2(a)の時系列プロット中の点線は,三次元磁場の再現結果から予測される,TH-Eの場所での磁場変動を表しています.予測値が実測値とよく一致しており,手法が正常に機能していることが分かりました.
図2: (a)地球磁気圏の昼側境界でテミス衛星三機が磁気フラックスロープを通過した時の磁場観測(実線).青色の破線は,二機のプローブ(TH-CとTH-D)の磁場・プラズマ観測から再現された磁場の三次元空間分布(b)から予測される,TH-Eの場所での磁場変動.予測値(青色破線)が実測値(青色実線)をよく再現していることが分かる.白い矢印はその場所でのだいたいの磁場の向きを表す.
さて,観測された磁気フラックスロープの構造は三次元的だったのでしょうか? 図1が示すように,磁気リコネクションが局所的に起きた場合には,磁力管は曲率を持って三次元的になるので,磁気フラックスロープが二次元的か,三次元的かどうかの違いが,磁気フラックスロープの形成メカニズムを推測するための判断材料にもなります.再現された三次元磁場から,再現空間中の各所での磁場勾配の方向が分かるので,それを計算することにより実際に三次元構造を有していることが判明しました.また図3は,構造が二次元的であると仮定して,グラッド・シャフラノフ方程式を用いて再現された磁場構造(Hau and Sonnerup, 1999)と比較した結果を示しています.二次元と仮定するより,三次元と仮定した場合のほうが,TH-E衛星によって観測された磁場変動をより良く再現できることが分かりました.
図3: (a)二次元構造を仮定したグラッド・シャフラノフ法によって,TH-C衛星の観測から再現された磁気フラックスロープの構造.TH-E衛星の軌道上の磁場ベクトル(白い矢印)は,再現された磁力線(黒い曲線)に沿っておらず,予測精度が悪いことが分かる.(b)TH-E衛星軌道上の磁場の予測値と実測値の相関の度合いを表す係数.二次元構造を仮定した手法(グラッド・シャフラノフ法:Dimension 2)よりも,三次元構造を仮定した今回の手法(Dimension 3)のほうが,TH-E衛星による磁場観測をよく再現していることが分かる.
本研究は,新しいデータ解析手法を実際の衛星観測に利用できることを示すことが主な目的でしたが,再現された磁場やプラズマの三次元分布をさらに解析することにより,磁気リコネクションの三次元特性に関する知見が得られると期待しています.折しも,磁気リコネクションの本質的理解を目的とするNASAのMagnetospheric MultiScale(MMS)が,2015年3月に米国フロリダ州のケープ・カナベラルから打上げられます.MMSは同一四機の衛星からなり,磁気リコネクションのエンジンである磁場散逸領域などを詳細観測する予定です.本研究で適用されたものを含む新しいデータ解析手法が,磁気リコネクションなどの宇宙プラズマ素過程の理解の一助となることを期待しています.
以上の結果は,Annales Geophysicaeに出版されました.
Hasegawa, H., B. U. O. Sonnerup, S. Eriksson, T. K. M. Nakamura, and H. Kawano (2015), Dual-spacecraft reconstruction of a three-dimensional magnetic flux rope at the Earth's magnetopause, Ann. Geophys., 33, 169-184, doi:10.5194/angeo-33-169-2015.
参考文献:
Hau, L.-N., and B. U. O. Sonnerup (1999), Two-dimensional coherent structures in the magnetopause: Recovery of static equilibria from single-spacecraft data, J. Geophys. Res., 104(A4), 6899-6917, doi:10.1029/1999JA900002.
Paschmann, G., M. Oieroset, and T. Phan (2013), In-situ observations of reconnection in space, Space Sci. Rev., 47, 309-341, doi:10.1007/978-1-4899-7413-6_12.
Sonnerup, B. U. O., and H. Hasegawa (2011), Reconstruction of steady, three-dimensional, magnetohydrostatic field and plasma structures in space: Theory and benchmarking, J. Geophys. Res., 116, A09230, doi:10.1029/2011JA016675.