研究プロジェクト

かぐや搭載のプラズマ観測装置 (PACE)

月を周回するかぐや衛星には磁場、プラズマ環境を観測するMAP (MAgnetic field and Plasma experiment) が観測器の一つとして搭載されている。MAPは、磁場観測装置 (LMAG:Lunar MAGnetometer) とプラズマ観測装置 (PACE:Plasma energy Angle and Composition Experiment) の二つから構成されている。PACEは私たちのグループで90年代後半から開発した観測器で、約10年の開発期間の中では何人かの大学院生も参加して重要な役割を担ってくれた。ここでは、このPACEについて簡単に紹介する。
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(図: かぐやの軌道 クリックして拡大)

PACEは、月のまわりの電子を計測する電子分析器2台 (ESA [Electron Spectrum Analyzer]-S1とESA-S2)、太陽風(*) イオンを計測するイオン分析器1台 (IEA [Ion Energy Analyzer]-S)、そして月周辺のイオンを計測するイオン質量分析器1台 (IMA [Ion Mass Analyzer]-S)で構成されている (図1)。なお、IMAにはLEF-TOF型質量分析器が備えられている ( LEF-TOF型質量分析器の測定原理 を参照)。
(*太陽風: 太陽から噴き出され、太陽磁場を伴いながら高速で高温なプラズマな流れ。太陽系全体に亘る。)
ESA-S IEA-S IMA-S
(図1. 左: 月周辺の電子計測器 ESA、中: 太陽風イオン計測器IEA、右: 月周辺イオン計測器 IMA。クリックして拡大。)

PACEの各センサは静電分析器と呼ばれるもので、センサ内部にある球殻状の電極間に電圧をかけることで、測定する電子、イオンのエネルギーを選別している (静電分析器については、 静電プラズマエネルギー分析器の原理 を参照のこと)。これらの機器は、かぐやに飛来してくるイオン・電子を全方向から観測している。IEA-S、IMA-Sには電気的に感度を変える機能があり、さらにIMA-Sにはイオンの質量を測定するための質量分析器が取り付けられている。分析器に飛来する電子やイオンのエネルギーを選別して1個ずつ計数することで、月周辺に存在する電子やイオンの密度、速度、温度を測定することができる。

PACEによる月周辺プラズマ宇宙の徹底解剖

月の大気は一体どうやって作られ,どんな成分なのか?

月周辺でのイオン観測はこれまでに例が無く、かぐやによる観測が世界でも初の機会となる。最近の地上からの光学観測によって月の大気にナトリウム、カリウムなどの元素がかなりの量で含まれていることが明らかとなっており、これらの大気が光電離 (*) したものを検出することが最大の目標の一つである。
(* 光電離: 光が原子・分子に照射されることによって、元の原子・分子がイオン化されること。)

これらの大気は月表面を起源とするものと考えられているが、その成因はまだよく分かっていない。PACEの2台のイオン分析器IEA-SとIMA-Sは、月周辺空間でイオンのエネルギーや質量を測定することでこれらの成因を明らかにすると同時に、起源となっている月表面のナトリウム、カリウムなどのアルカリ物質の分布を調べることを目標としている。

月面ミニ磁気圏・極域における水存在・月の夜側ボイド/ウェイク領域探査

さらなる観測目標としては、電子反射法 (*) による月表面の磁気異常の観測、月と太陽風の相互作用、月と地球磁気圏の相互作用、月軌道での地球磁気圏の観測がある。LMAGの観測データと併せて、磁場、電子、イオンの観測データが揃うことで、大きな成果が期待出来る。
(* 電子反射法: 月表面に局所的に存在する磁場構造 (磁気異常) がある.この磁気異常によって反射されてくる電子を計測し,異常磁場強度を求める方法。)

磁気異常によってその周辺のイオンは太陽風からの直接的暴露が防がれる事が期待される。磁気異常によって形成された空間は、地球磁気圏の類推から、「ミニ磁気圏」と呼ばれることもある。極域での水(氷)の存在に関しては、現在なお議論の余地があり、かぐやによる水の存在の同定が待たれる所である。月周辺におけるイオン種の決定的測定はかぐやによる探査が世界初になり、月周辺の昼間側・夜側など様々な領域での測定を通じて、新たな研究テーマの開拓の一翼を担うと期待される。

PACEは2007年12月の初めに高圧を投入し、観測を開始している。大きなトラブルも無く全て順調に観測データを得ている。現在では20名がPACEの共同研究者としてデータの解析を行っており、順次学会等での発表する予定である。そのうちの半数は大学院生で、修士・博士論文のテーマとして取り組んでいる。

もっと知るには・・・
EPS誌に掲載予定のSaito el al.による"Low energy charged particle measurement by MAP-PACE onboard SELENE", Earth Planets Space, Vol. 60 (No. 4), pp. 375-385, 2008には、観測目標、性能、観測モードについて詳細に記述されている。

<横田 勝一郎 / 編集: 田中 健太郎>