最新研究成果

アルフヴェン・マッハ数が低いときの地球磁気圏周辺の宇宙プラズマ流

西野 真木 / 研究員

 

地球付近の典型的な太陽風密度は数個/ccであるが、時折1 /cc以下に減少することがある。1999年6月30日から7月1日にかけて、密度0.5 /cc前後の低密度太陽風が地球近傍で観測された。通常の太陽風ではアルフヴェン・マッハ数(MA)は5〜20程度であるが、この低密度太陽風イベントではMA〜2程度にまで低下した。

このとき、磁気圏観測衛星ジオテイルは朝側から昼側にかけてのマグネトシース領域(バウショックの下流)のほぼ黄道面付近に滞在していた(図1)。通常の太陽風は、磁気圏の太陽直下点付近で朝夕方向に流れが分かれるため、ジオテイルの場所では朝方へと流れるはずである。ところが、このときジオテイルが観測したプラズマ流は、通常とは逆の夕方向きの流れであった(図2, Vyが正の値である)。この「異常な流れ」は磁気圏境界付近だけでなくバウショック付近まで連続的に観測されたため、太陽風が衝撃波面で大きく曲げられることで作り出されたと考えられる。

図1. ジオテイル衛星が「異常な流れ」を観測した際の、北から見た衛星軌道を示す。観測された磁気圏境界の位置は通常の位置(モデル)よりも太陽側にあり、磁気圏の前面が大きく広がっていたことを示している。

 

図2. 実際の観測データ(磁場・プラズマ)を示す。水色のハッチ部分が「異常な流れ」の時間帯に相当する。ピンク色のハッチ部分は表1の観測値の時間帯である。

 

このことをランキン・ユゴニオ(R-H)関係式を用いて確かめよう。R-H関係式はプラズマ流体における保存則を意味しており、これを地球前面のバウショックに適用することで、上流側の物理量から下流側の物理量を決定することができる。バウショック上流側でWind衛星によって観測された物理量を用いると、ジオテイル付近のバウショックで通常とは向きが異なるプラズマ流が発生することが確かめられた(式は複雑なので結果のみ表1に示す)。物理的には、磁場がショック面で大きく曲げられている際の磁気張力によってプラズマ流が大きく曲げられることを意味している。

表1. 左側は、NASAのWind衛星によるショック上流側の観測値から、R-H関係式によって求めた下流側の理論値である。右側はジオテイルによる実際の観測値。3割程度の誤差はあるものの、傾向としてはよく一致しており、「異常な流れ」の方向も合っている。

 

以上のことから、磁場効果によってショック面で太陽風が大きく曲げられていることが分かったが、この「異常な流れ」が磁気圏全体の形状に与える影響を調べるためにグローバル・シミュレーション(MHD計算)をおこなった。計算はNASAのCCMCの大型計算機で実施し、コードはBATSRUSを用いた。単純化のために、太陽風は理想的なパーカー・スパイラル磁場(斜め45度、南北成分なし)を仮定し、密度のみ通常の10%程度の値とする。

上流側の値
磁場 B=(-5, 5, 0) nT
速度 V=(-432, 0, 0) km/s
密度 N=0.5 /cc
温度 T=10 eV

これらの値は上流側で実際に観測されたものに近く、アルフヴェン・マッハ数も観測値と等しい(MA=2.0)。このグローバル計算の結果を図3に示す。計算結果の特徴として大きく分けて次の3点が挙げられる。

(1) 大きく傾いたバウショック
(2) 磁気圏の前面での朝夕非対称な(夕方向きの)「異常な流れ」
(3) 朝側へ傾いた磁気圏尾部

図3. MHD計算の結果を示す。色は密度の大小を表し、曲線はプラズマの流線、小さな矢印は磁場を示している。

 

バウショックの傾きは衛星の1点観測では分かり得ず、計算によってのみ示されるものであるが、傾くこと自体はChapman et al. (2004)の計算結果と一致している。また、ジオテイルが観測した「異常な流れ」は、傾いたバウショックのいたるところで作られている。さらに、バウショックと磁気圏尾部の傾きが互いに逆向きであるため、マグネトシースは朝方側で狭く、夕方側で広がっている。以上のことから、低MA太陽風は単に磁気圏前面で「異常な流れ」を作るだけでなく、磁気圏全体にも大きな影響を与えていることが分かる。

本研究から明らかになったように、MAが低いという条件下では、中性流体とは異なったプラズマ流の性質が顕著に現れる。低MA太陽風は、今回のような密度の減少以外にもCME(Coronal Mass Ejection)に伴う磁場の増大によっても起きるため、CMEの際には磁気圏周辺で「異常な流れ」が起きている可能性が高い。また、低MA環境は水星磁気圏や恒星間空間で起こりやすく、そのような場所でも磁場効果によって「異常な流れ」が発生しているはずである。

本研究の成果は、米国物理学会誌Physical Review Lettersに掲載された。

参考文献: 

Chapman, J. F., et al., MHD simulations of Earth's bow shock: Interplanetary magnetic field orientation effects on shape and position, J. Geophys. Res., 109, A04215, doi:10.1029/2003JA010235 (2004).

Nishino, M. N., et al., Anomalous Flow Deflection at Earth's Low-Alfven-Mach-Number Bow Shock, Phys. Rev. Lett., 101, 065003, DOI:10.1103/PhysRevLett.101.065003 (2008).

参考記事: 
CCMC利用インプレッション