最新研究成果

「かぐや」観測:月ウェイク領域の最深部への太陽風イオンの侵入

西野 真木 / 研究員

 

私たちのグループでは月周回衛星「かぐや」で観測されたプラズマのデータを用い、太陽風プラズマと月の相互作用を調べています。特に、月周辺での太陽風イオンの観測は過去にほとんど例がなく、「かぐや」によるイオン観測で多くの新しいことが分かってきたところです。今回、私たちは月の夜側の低密度領域(ウェイク)の最深部へと太陽風イオンが侵入することを明らかにしました。

「かぐや」のイオン観測の成果の一つに、太陽風プロトンの夜側への侵入の発見が挙げられます(2009年8月の記事)。月の夜側には太陽風プロトンが侵入しにくいと思われていましたが、「かぐや」の飛行する100 kmという低高度(つまり月のごく近くの夜側領域)であっても太陽天頂角(太陽直下点からの角度)150度付近まではプロトンが侵入しうることが示されました[Nishino et al., 2009a]。これをタイプ1侵入と呼びますが、この侵入メカニズムでは太陽天頂角150度を越えて太陽風プロトンが侵入することはできません。

さて、「かぐや」のイオン観測のもう一つの大きな成果は、太陽風プロトンの昼側月面での反射・散乱の発見です[Saito et al., 2008]。月面に衝突した太陽風プロトンのうち、0.1〜1%程度がプロトンとして反射し、太陽風の電場によって加速されて再び宇宙空間に飛んでゆくことが明らかになりました。しかし、これらの反射プロトンの行き先は不明でした。

さて、今回観測された実際のデータを見てみましょう。図1aと1bは、「かぐや」搭載PACE-IMA(月面側に半球状の視野を持つ観測器)によるイオンのエネルギー・時刻スペクトログラム(E-t図)と、LMAGによる磁場観測データを示しています。「かぐや」の軌道は北極と南極を通過する極軌道であり、高度は約100 kmで、約2時間で月を1周します。この日の軌道はほぼ昼夜子午面に沿っており、09:10(世界時)付近に太陽直下点付近にいた衛星は昼間側を北上し、09:37(世界時)頃に北極付近に達しました。その後、夜側(ウェイク)を南下して10:36(世界時)頃に南極に到達し、再び昼間側を北上しました。

 

図1.

 

次に、イオン(プロトン)のE-t図を調べてみます(図1a)。まず、昼間側では、月面で反射してきたプロトンを観測しています。また、南極と北極付近では、イオン観測器IMAの視野に太陽風が入射していることが分かります。ウェイクの時間帯に着目すると、北半球ではほとんどプロトンは観測されませんが、赤道から南半球にかけてプロトンが検出されています。太陽天頂角は168度程度(つまりほぼ真夜中の赤道付近)であり、タイプ1侵入では説明不可能です。また、プロトン侵入が観測された期間の磁場はBx(太陽方向成分)が比較的小さく、Byが負の値(夕方から朝方へ向く方向)になっていました(図1b)。

ところで、E-t図では、昼側の月面で反射したプロトンの一部が加速されてウェイクの最深部へ侵入しているように見えます。そこで私たちは、昼側月面で反射したプロトンが太陽風の電場で再加速され、磁場垂直方向の回転運動によって夜側へ侵入するというモデルを考えました。その真偽を確かめるために、昼側の月面で反射したプロトンの軌道を計算します。計算では、磁場はBy成分(紙面垂直方向)のみを仮定し、昼側の広い領域でプロトンを様々な方向に反射させます。そして、衛星が昼夜子午面内を一周(太陽直下点から北極・ウェイク・南極を経て太陽直下点に戻る軌道に沿って飛行)したときに、各地点で観測される反射プロトンを求めます。この計算の結果を図1(c)に示します。反射したプロトンの一部が加速されて夜側の最深部へと飛び込んでゆく様子が分かります。また、実際に観測されたプロトンのE-t図ともよく似ていることも、私たちのモデルが正しいことを示しています。

今回発見したウェイク最深部へのプロトン侵入は「タイプ2侵入」と名付けられました。これまで、月の夜側の環境は太陽風の電子によって決定されると考えられてきましたが、「タイプ2侵入」の存在はプロトンもウェイク最深部の環境を支配しうることを意味します。また私たちは、ジャイロ半径の大きなプロトンが夜側に先に入り、電気的中性を保つために太陽風電子が夜側に引き込まれるのだと予想しています(図2)。今後は、プロトンに加えて電子データや波動データも詳細に解析し、夜側のプラズマ環境を明らかにしたいと考えています。

 

図2.

 

以上の結果は、Geophysical Research Lettersにて誌上発表しました(Nishino et al., 2009b)。

 

参考文献:

Saito, Y., S. Yokota, T. Tanaka, et al., Solar wind proton reflection at the lunar surface: Low energy ion measurement by MAP-PACE onboard SELENE (KAGUYA), Geophys. Res. Lett., 35, L24205, doi:10.1029/2008GL036077, 2008.

Nishino, M. N., K. Maezawa, M. Fujimoto, et al., Pairwise energy gain-loss feature of solar wind protons in the near-Moon wake, Geophys. Res. Lett., 36, L12108, doi:10.1029/2009GL039049, 2009a.

Nishino, M. N., M. Fujimoto, K. Maezawa, et al., Solar-wind proton access deep into the near-Moon wake, Geophys. Res. Lett., 36, L16103, doi:10.1029/2009GL039444, 2009b.