最新研究成果

「かぐや」観測:月ウェイク最深部への太陽風イオン侵入の影響

西野 真木 / プロジェクト研究員

 

私たちのグループでは月周回衛星「かぐや」で観測されたプラズマのデータを用い、太陽風プラズマと月の相互作用を調べています。特に、月周辺での太陽風イオンの観測は過去にほとんど例がなく、「かぐや」によるイオン観測で多くの新しいことが分かってきたところです。昨年、私たちは月の夜側の低密度領域(ウェイク)の最深部へと太陽風イオンが侵入することを明らかにしましたが、今回はそのイオン侵入がウェイクのプラズマ環境に与える影響を調べました。

「かぐや」のイオン観測の成果の一つに、太陽風プロトンの昼側月面での反射・散乱の発見です[Saito et al., 2008]。月面に衝突した太陽風プロトンのうち、0.1〜1%程度がプロトンとして反射し、太陽風の電場によって加速されて再び宇宙空間に飛んでゆくことが明らかになりました(この加速過程はSelf-pickup加速と呼ばれます)。しかし、これらの反射プロトンの行き先は惑星間空間磁場の方向に依存しますが、場合によってはウェイクの最深部へと侵入することが明らかになりました[Nishino et al., 2009](2009年10月の記事)。このプロセスは「タイプ2侵入」と呼ばれており、主として磁場に垂直な方向の速度成分によって担われています。また、タイプ2侵入が発生するための条件には、惑星間空間磁場のBx(太陽方向成分)が小さく、By(朝夕方向成分)やBz(南北方向成分)が支配的であることが知られています。

さて、このタイプ2侵入によって太陽風プロトンがウェイクに入った場合、電気的中性を保つために電子を供給する必要があります。ところが、電子のジャイロ半径はプロトンより遙かに小さく、プロトンと同じ軌道ではウェイクに侵入できないはずです。したがって、電子はプロトンの侵入経路とは異なり、磁力線に沿って供給されることが予想されます。また、その磁力線の両端が太陽風に接続している場合には、両端から引き寄せられた電子の不安定性により波動が励起される可能性があります。これらを確かめるため、以下で「かぐや」が観測した粒子・磁場・波動のデータを比較します。

 

図1.

 

図1は2008年4月4日 12:00-18:00 UTに「かぐや」が観測したイオン・電子・磁場・プラズマ波動スペクトル(周波数ごとの電界成分の強度)のデータを示しています。軌道はほぼ昼夜子午面に沿っており、約2時間周期で昼側と夜側を交互に観測しました。この間にウェイクを3回通過しましたが、特に3回目のウェイクでタイプ2侵入のプロトンが顕著に観測されました。特に、16:55-17:00(UT)付近に、ウェイク最深部でプロトンが検出されていることが分かります(図1a)。磁場はBy成分が卓越しており、タイプ2侵入の発生条件に一致していました。このとき、プロトンの出現と同時に電子のフラックスも上昇し(図1b)、さらにプラズマ波動も検出されました(図1d)。このプラズマ波動は1 kHz(観測下限)から30 kHz程度までの広い周波数帯に及んでいますが、これはBEN(Broadband Electrostatic Noise、広帯域静電ノイズ)と呼ばれるものです。BENは地球磁気圏尾部などで観測される現象であり、電子の二流体不安定性によって励起された静電孤立波がBENの正体であることが知られています[Matsumoto et al. 1994]。そこで、電子の分布関数を調べてみることにします。

 

図2.

 

図2aは、プロトンのタイプ2侵入が観測された際の電子の分布関数をピッチ角(磁場に対する角度)ごとに示したものです。磁力線平行方向と反平行方向の成分が卓越しており、電子二流体不安定性によってBENが励起されるというシナリオと一致します。また、このとき電子は磁力線方向に1keV程度まで加速されており(図2b)、周囲の太陽風から引き込まれる際に加速を受けていることが分かります。これは、プロトン侵入領域でプラスの電荷が過剰になったために外向き電場が発生し、その電場によって太陽風の電子が加速されてウェイクに引き込まれたことを示しています。

 

図3.

 

今回の「かぐや」プラズマ観測による発見は、これまでのウェイク環境の常識を覆すものでした。すなわち、これまで「ウェイク最深部には太陽風プロトンは全く侵入できず、プラズマ波動の活動度は極めて低い」と考えられてきましたが、実際には「散乱プロトンが侵入することによって周囲の太陽風から電子を引き寄せ、BENを励起している」ことが分かりました(図3)。つまり、月のウェイク最深部でもプラズマのダイナミックな活動が発生していることが明らかになりました。今後は、波動のスペクトルデータに加えて詳細な波形データも用い、ウェイク最深部での静電孤立波の発生や崩壊の様子を調べたいと考えています。

以上の結果は、Geophysical Research Lettersに出版されました。

 

参考文献:

Saito, Y., S. Yokota, T. Tanaka, et al., Solar wind proton reflection at the lunar surface: Low energy ion measurement by MAP-PACE onboard SELENE (KAGUYA), Geophys. Res. Lett., 35, L24205, doi:10.1029/2008GL036077, 2008.

Nishino, M. N., M. Fujimoto, K. Maezawa, et al., Solar-wind proton access deep into the near-Moon wake, Geophys. Res. Lett., 36, L16103, doi:10.1029/2009GL039444, 2009b.

Matsumoto, H., H. Kojima, T. Miyatake, et al., Electrostatic solitary waves (ESW) in the magnetotail: BEN wave forms observed by GEOTAIL, Geophys. Res. Lett., 21, 2915-2918, 1994.