磁気圏尾部観測衛星「GEOTAIL」
地球の尾っぽのプラズマ科学探査「GEOTAIL」
篠原育 (SHINOHARA, Iku)
写真: GEOTAIL衛星
GEOTAILプロジェクトの概要
磁気圏尾部観測衛星GEOTAILは、1992年7月24日に米国フロリダ州ケープカナベラルからデルタ-Uロケットで打ち上げられた日米共同プロジェクトの衛星です(図1)。当初の主要な研究目的は、地球磁気圏尾部の構造とダイナミクスおよび磁気圏の高温プラズマの起源と加熱・加速過程を明らかにすること、すなわち、
○磁気圏尾部ではどのように磁場のエネルギーが変換され、
イオンや電子の加速が行われているか?
○磁気圏尾部に存在する多様な波動はどう関わっているか?
○磁気圏尾部のプラズマはどのような起源をもち、どのように輸送されているか?
などでした。 この目的の達成のためにGEOTAILプロジェクトでは
○物理現象の起きている現場で直接観測を行う。
○地球周辺空間における巨視的な構造と微視的な物理過程を、
粒子分布関数、電場、磁場、波動など総合的な観測を行うことによって理解する。
図1:デルタ-IIロケットによる衛星の打ち上げ |
図2 GEOTAIL衛星の1992-1995年までの磁気圏遠尾部観測軌道 |
図3 GEOTAIL衛星の(左)1999年1-12月、(右)2007年1-6月、の近尾部観測軌道 軌道制御を行わなくなったために衛星が高緯度領域まで観測するようになった。 |
日本側が主任研究者の観測装置にも部分的に米国NASAから提供されたものも含まれているので、観測装置の約1/3が米国製、残りの2/3が日本製になります。さらに、日本製の観測装置にはヨーロッパ(ドイツ、ESA)提供のものも一部に含まれています。衛星の運用管制は宇宙科学研究本部が責任をもち、データ受信は日米双方で行われています。
GEOTAIL衛星は打ち上げ以降16年が経過しましたが、衛星や主な搭載観測機器の状態は良好で、日々の観測を続けています。GEOTAILプロジェクトは、これまでに幾多の大きな成果を挙げ、宇宙プラズマ物理学の研究進展に大きく貢献して来た事が世界的に高く評価されています。これまでに出版されたGEOTAIL関連の原著論文数は830編、総引用数は8,800を超えました。GEOTAILは、ISTP計画(太陽地球系物理学国際共同観測計画)において、米国のIMP-8、Wind、Polar、ロシアのInterball、欧州のCluster-IIとともに国際共同観測を実施してきましたが、2007年2月のTHEMIS衛星の打ち上げとともに迎えた本格的な多衛星による国際共同観測の時代に対して、打ち上げ16年を経過した現在でも、国際的な多衛星観測網の中での新しい役割を果たすことを、世界から期待されています。
GEOTAILによる科学成果
GEOTAIL衛星は、その注意深く設計された軌道によって磁気圏を探査し、高性能観測機器を組み合わせてプラズマ・ダイナミクスの「その場」観測を実施することで、磁気圏物理そのものの知見を深めただけでなく、新しい問題意識を生み出した。
その新しい視点は、世界初の編隊観測ミッションであるESAのCluster-IIに受け継がれ、編隊観測という新しい観測手段との相乗効果から宇宙プラズマ物理に新しい地平を切り拓きつつある。新しい視点は、観測と理論・シミュレーション研究とのシナジーも促進し、それに触発された大規模数値シミュレーションの結果に見られるプラズマの興味深い振る舞いは、我々に改めて宇宙プラズマの深遠さを思い知らせている。このような宇宙プラズマ研究の流れの中から、多点観測の重要性がより深く認識され、NASAのTHEMISミッションとの連携がGEOTAILの今後の最重要任務として挙げられている。また、現在検討中の将来計画SCOPE(Cross-Scale)において同時多点・多スケール観測を実施することが必須であること、そこでは「The Plasma Universe」という普遍性を意識しながら「その場」観測が可能な磁気圏というフィールドで宇宙プラズマの探求を進めるべきである、という認識も生まれた。
以下に示すように、GEOTAIL衛星の軌道は磁気圏の様々な領域の探査を可能にすると同時に、その高性能観測は、それぞれの領域における素過程を解剖し、その本質的理解へと迫ることを可能にした。衝撃波、渦乱流、磁気リコネクションといった物理素過程は、宇宙プラズマにおいて普遍的に重要なものであり、「その場」プラズマ観測によってのみ手に入れることができる情報からそれらの本質へと迫るという手法が、これら素過程の根源的把握のためには必須であることを確信させるに至っている。
◇太陽系外現象と惑星間空間現象の観測.pdf
◇磁気圏境界での観測.pdf
◇内部磁気圏での観測.pdf
◇磁気圏近尾部のダイナミクス.pdf
◇磁気圏遠尾部での観測.pdf
◇大規模プラズマ輸送.pdf
◇波動粒子相互作用の観測.pdf
◇他衛星データ解析への積極的参加.pdf
◇GEOTAILの成果に刺激された理論・シミュレーション研究.pdf
Reference link : Geotail Publication List
図 地球磁気圏の概念図とGEOTAILの観測対象領域 |
GEOTAIL missonの幕開け
計画立ち上げ・衛星打ち上げ初期の逸話 − 長き栄光の歩み始め。
◎西田 篤弘 … GEOTAIL計画の構想から20年
◎向井 利典 … GEOTAILの日陰オベレーション
GEOTAIL計画の歩み
2015年1月に西田先生のご提案で、GEOTAIL衛星の開発・運用にご参加いただいた
方々にお集まりいただき「ジオテイル衛星チームの集い」が開催されました。
この集会の機会に、GEOTAILプロジェクトの計画段階から開発、飛翔前試験、
射場作業、運用に至る担当者の方々からの貴重な話を文集としてまとめました。
GEOTAIL衛星チームの集い(文集)
Geotail衛星の2008−2012年の観測計画
Geotailの運用延長期間においては、(1) 定評のある高性能観測を磁気圏の未観測領域において実施、(2) 一部観測機器の設定を変更し次世代観測に向けた高時間分解能観測に挑戦、(3) 定評のある高性能観測を2007年に打ち上げられたNASA・THEMISなどとの共同観測という枠組みで実施し、磁気圏ダイナミクスの多点観測を充実した形で実施する。特に、THEMISとの共同観測には、Geotailの軌道が真にTHEMIS編隊の観測を支援(あるいは、場合によっては逆の関係にもなる)する形にあるので、全世界の研究者からの強い期待が寄せられている。……詳細を読む(PDF file)
第一線の研究者の声
GEOTAIL計画に携わり第一線で活躍されてきた研究者の方々に
GEOTAIL衛星に関する逸話や思いを語っていただきました。
◇浅野 芳洋 … 宇宙・プラズマ・Geotail
◇今田 晋亮 … GEOTAILと出合って
◇桂華 邦裕 … Geotailと海外での共同研究
◇島田 延枝 … 磁気圏&宇宙プラズマの面白さとGEOTAIL
◇白井 仁人 … ジオテイル衛星と宇宙で宝探し
◇高田 拓 … Geotail衛星との出会いから現在まで・・・
◇堀 智昭 … Geotail衛星とのめぐり逢い
大学院生・学部生へ
GEOTAILを将来展望の文脈で捉える
藤本 正樹(GEOTAIL Project Scientist)
若手諸君にとっては、GEOTAILは15年以上も前に打ち上げられた長生き衛星で、データベースが充実しているのでモーメント値と磁場データを用いた統計解析を行うのに便利な衛星という、きわめて限定的な、一側面だけを捉えた印象があるのではないだろうか。もちろん、この側面、磁気圏ダイナミクスを観測の重ね合わせから可視化したいという欲求、あるいは、指標Aと指標Bの間にある相関を大量のデータから明示したいという欲求は、複雑に時空発展する磁気圏現象を扱う研究者にとっては自然なものであろう。しかし、磁気圏科学分野の最近10年を踏まえて今後の進展を考えるとき、このような「普通に」期待できる結果に加えて、GEOTAILの成果がもたらした衝撃、GEOTAILが分野にもたらしたダイナミズムということを正しく評価する必要がある。
成果を具体的に、ひとつひとつ丁寧に列挙する真面目な研究者からの批判を覚悟して敢えて断言すれば、GEOTAILがもたらした最大の衝撃は、磁気圏「その場」観測を通じた宇宙プラズマ物理研究の可能性を明確にしたことにある。
宇宙プラズマ物理の醍醐味は、その無衝突性にある。地上の常識が通用しないこの性質を実感しながら研究を進める、さらには、宇宙プラズマの根源的理解へと進むには、粒子が電磁場を感じて飛びまわっていること、その結果、速度空間である分布ができ、その積分としての電流密度が電磁場の時間発展に寄与していること、これらのことを「可視化」したい。GEOTAILに搭載されたプラズマ低エネルギー粒子観測器(LEP)は、その高感度特性を活かし、速度空間におけるイオン・電子の分布関数形状を、まさに、鮮やかに描き出したのだった。その分布関数形状は、無衝突性が故にマクスウエル分布からは程遠いものである。特に、磁気リコネクション領域近傍では、電流層中心へとローブから入りつつあるイオン成分と既に加速を受けて噴出する成分の重ね合わせが明確に捉えられたこと、加速され磁力線に沿って噴出す高エネルギー電子とは反対に磁気リコネクション領域へと吸い込まれる低エネルギー電子が検出されたことを、特に挙げることができよう。これらは、磁気リコネクション領域周辺で、イオン・スケールダイナミクスが発動していることの実証的根拠である。この実証は、「その場」で粒子が飛びまわっている様相を明らかにしたからこそ、可能なのである。
ところで、この最大の成果は事前に計画されていたことだったのだろうか。おそらくは違うだろう。GEOTAILが最終準備段階にあって私がまだ大学院生だった頃、「高感度観測を如何に活かすべきか」という質問を、何かの説明資料作成のために受けた記憶がある。当時、ちょうど粒子計算で博士号を取得しつつあったので、きわめて自然に、つまり、計算結果を解析するように自然データも解析したいという感覚で、「分布関数形状」と答えた。このような理論的背景とは、ある程度独立して、観測器屋は「とにかく何か新しい観測を」と考えて高感度にしたのだと思う。そして、GEOTAILチームでは、この二成分が化学反応を起こして、大きな成果を生むに至ったのである。
GEOTAILが起動した磁気圏観測の新しい動きは、日本人研究者が少なからず参加していることもあって、世界初の衛星編隊観測計画・クラスター(ESA)に引き継がれている。そこでは、4衛星の磁場観測から電流密度を推定するという編隊観測ならではの価値が付加される一方で、それを担う電子の分布関数を確定する、といった「鍵となる局所では分布関数レベルで精査する」という研究戦略が実施されている。
これは、THEMISにおいても同様であるべきだ。THEMISでは、多点での磁場・モーメント値から、MHD的な大規模様相を把握することがイメージされていると思うが、大規模様相の把握とは文脈がわかるということである、あるいは、敢えて言えば、それだけに過ぎない。文脈が把握されたのであれば、なおさら、「鍵となる局所」へのズーム・イン欲求が、少なくともGEOTAILerを名乗るのであれば、高まって然るべきである。「双極子−尾部遷移領域でのダイポーラリゼーションにおける電子加速」という問題に関して、そのようなアプローチから面白い結果が出つつあることを、特に指摘したい。
GEOTAILerという学閥で薫陶を受け、CL・THMで、この価値観に則って、そして、さらには新しい視点を加えながら経験を積むことは、SCOPEの成功に必須である。また、ベッピ・コロンボ(水星:矮小磁気圏)、SCOPE(地球:衛星編隊による同時マルチスケール観測)、ラプラス(木星:巨大磁気圏)をつなげて、「プラズマ宇宙」というひとつの目標へと向かう「黄金20年」計画は、GEOTAILにおいてそうであったように、いくつかの異なる興味を出発点とする研究者の集団に、多様性を内包しながら全体として整合的な方向性を与えるものである。与えられた舞台で踊ること以上に、新しい舞台を作っていくことの充実感を経験させてくれたのがGEOTAILであり、この意味での経験こそが将来計画において活かされるべきであると思うのである。